221 私と、アナタです
魔王の話が終わり、その場は解散になった。
みんな微妙な表情のままゾロゾロと部屋を出て、微妙な空気のまま帰っていく。
話が長引いたせいですっかり遅い時間になってしまった。
アンデッドの俺は腹も減らん。
どんなに時間が遅くなったとしても苦痛を感じることはあまりない。
しかし……他の皆はそうもいかない。
会議が長引けばそれだけ苦痛も増える。
できるだけ短い時間で済ますよう心掛けるべきだ。
次はもっと気をつけないとな。
俺はシロを連れて自分の部屋へと戻ろうとした。
すると、ある人物が俺を呼び止める。
「おい、ユージ」
「クロコド様?」
俺を呼び止めたのはクロコドだった。
「貴様に話がある。少し付き合え」
「かしこまりました。
ですが先にシロを……」
「その子も一緒で構わん。付いて来い」
そう言って歩き出すクロコド。
俺は黙って彼の後に続く。
「…………」
シロは黙って俺の隣を歩いている。
クロコドの背中をじっと見つめたまま、物憂げな表情でトコトコと。
彼女の歩幅に合わせていると、どうしてもクロコドと距離が開いてしまう。少しして前を歩く彼がこちらを振り返って言う。
「その子はわしが抱えてやろう」
「え? でも……」
「構わん。大して重荷にもならんからな」
そう言ってシロを抱きかかえるクロコド。
特に嫌がる様子を見せなかったので俺は彼女を任せることにした。
「なぁ……ユージよ」
「なんでしょうか?」
「先ほどの魔王様の話だが……」
やはりクロコドも気にかかっていたらしい。
「あれは閣下の正直な意見だったのでは?
私の部下が揉めていたのを知って、
アドバイスが必要だとお考えになったのでしょう」
「わしにはそう思えんのだ。
あれは……魔王様の願いではないのか?
立場を捨て、自由になりたいという願望。
わしにはそう思えてならんのだ」
まぁ……そう思うのも無理はない。
立場が上の人から、俺は逃げられないけど、お前らは逃げても良いよと言われたら、なんか不安になる。
ただ――
「私にはそう思えませんね。
閣下は敵を前にして逃げるような男ではありません。
あれは、あくまで私の部下に対しての、
ねぎらいの言葉だと解釈しています」
「ねぎらい? アレが?」
クロコドは首をかしげる。
「魔王としての立場を自覚されているからこそ、
逃げても構わないと言ったのでは?」
「しかし……」
「クロコド様は閣下が信じられないと?」
「正直に言うと……そうだ」
あれま。
何とも素直なことで。
クロコドの顔には、明らかに迷いが浮かんでいる。
自分の上司を信じられなくなると、こんな風に落ち込んでしまうものなのか。
「ご安心ください、クロコドさま。
閣下は決して逃げたりはしません」
「だが、配下の者が逃げてしまったら、
国が成り立たんではないか。
わしは魔王様のお言葉を受け入れられん」
「仮に我々、全員が逃げたとしても、
閣下は最後まで戦場に残って戦うでしょう。
魔王としての役割を全うする為にね」
「貴様はわしが魔王様を置いて逃げるというのか?」
クロコドの言葉が固くなる。
「いえ、そう言うつもりはありません。
もしもの話をしたまででございます。
誤解を招くような表現をしてしまい、
申し訳ありませんでした」
「ふん! まぁ……いいだろう。
魔王様が逃げないというのは、わしも同感だ。
あのお方は最後まで戦い続けるだろう。
だが……」
「部下たちには逃げろと言ってしまう……と?」
「……そうだ」
割といい上司だとは思うのだが、武人となると話は別か。
「では、疑うべきは閣下ではなく、
配下たちの方ですね。
レオンハルトさまが逃げろと命じたとして、
戦場を離れてしまう者がいたとしたら……。
それは魔王に仕える価値のない存在です。
ともに戦場に残って最後まで戦う気概を持った、
優秀な者を幹部に選出すべきでしょう」
「そのことなのだが……」
クロコドは急に不安そうな顔になった。
ここからが本題か?
「わしの部下にはなぁ……。
命を捨ててまでこの国の為に戦うという、
強い信念を持った者がおらぬのだ。
どいつも、こいつも、金の話ばかり。
金がなくなれば、みんな離れて行ってしまう」
なるほど。
クロコドも部下の育成に頭を悩ませていたわけか。
上の立場に立つ者として激しく彼に共感するぞ。
「それに引き換え、貴様の部下は……。
リッチに誘拐された貴様を、
必死に取り戻そうとしていたと聞く。
どうすれば忠誠心を持った部下を、
育てることができるのだ?」
「それは……」
忠誠心?
そんなもん、あいつらが持ってるか?
確かに、みんなは俺を助けようと必死になって戦ってくれた。
ノインもフェルもサナトもアナロワもエイネリも。真っ先に戦場に駆けつけてくれた。出会って間もないトゥエやプゥリも一緒になって戦ってくれた。
だがそれは、彼らが俺に忠義を感じているからではなく、俺が彼らにとって都合がいい存在だからだ。
俺は彼らを都合のいい駒として利用している。
彼らもまた俺のことを、都合のいい上司として利用している。
ギブアンドテイクの関係を構築したに過ぎないのだ。
もちろん、ただの利害関係だけで結ばれているわけではない。互いに良好な関係が構築できるよう俺も常々配慮している。
何か困ったことがあれば相談に乗るし、祝い事があれば真っ先に挨拶に向かう。そう言った細かい配慮の積み重ねが、後々、大きな力となって影響を及ぼすのだ。
「クロコドさま、難しく考える必要はありません。
もっと単純に考えてみましょう。
あなたの配下は、あなたを必要としている。
だから一緒に戦い、一緒に行動する。
あなたは彼らに最大限の配慮をして、
出来るだけ長く付き合えるように心がける。
そうすれば……。
自然と強固な信頼関係が出来上がるのです」
「なるほどな……そうかもしれん。
だが……」
クロコドは足を止めて俺をじっと見つめる。
月明かりが彼の横顔を照らしていた。
「魔王様はどうだ?
あの方を心の底から尊敬し、
命をなげうってでも守ろうとする存在が、
この国にいると思うか?」
「ええ、ここにいます。
私と、アナタです」
「…………」
俺が即答すると、彼は黙った。
「貴様がそこまでわしを買っているとは思わなんだ」
「……当然ではありませんか?
この国の幹部の中で、唯一と言っても良いほど、
閣下に対して強い忠誠心を抱いている。
この国を支える柱となるのは、
あなた以外にあり得ません」
「買い被りだ。わしにそのような心意気はない」
そう言うと、彼はまたゆっくりと歩き始める。
「そうでしょうか?
会議の場では常に矢面に立ち、
獣人たちの意見を代弁しているのは、
ほかならぬクロコドさまでしょう」
「たまたまわしがその立場に収まっただけだ。
他に適任者がいたらその者に譲る」
「私には他に相応しい者がいるとは思えませんね」
「勝手にそう思っていろ……この下級アンデッドが」
いつものように憎まれ口をたたくクロコドだが、その口調はあまりに弱弱しかった。
「ところで、お話と言うのは?」
「実は本題は別にあってな。
貴様に見せたいものがあるのだ」
見せたいもの?
なんだろうか。
クロコドは俺を地下の倉庫へと連れて行った。
ここは俺に部下たちが管理していない、全く手の及んでいない場所だ。
「……ここは?」
「わしの家系が代々受け継いできたヒミツの場所でな。
何か不思議な力を持ったアイテムなどを、
秘密裏に収集している」
「それで……私に見せたいものがあると?」
「うむ。わしの手には負えんのでな。
どうすべきか決めかねていた。
貴様から意見を聞きたい」
ううむ……。
それならサナトを連れてくるべきだったな。
俺が見ても、どうすればいいのか分からんぞ。
まぁ……とりあえず話を聞いてみるか。
俺はクロコドの後に続いて、倉庫の中へと入っていく。
そこで見たのは――




