22 死体置き場の管理人
アジトの接収の件は蹴りが付いた。次は……。
「ねぇ、どこへ行くの?」
俺の首を抱えたミィが問う。
とりあえず、俺は身体を復活させる必要がある。マティスに完全に破壊されてしまったので、代わりを手に入れなければならない。
「近くに人骨を保管してある場所がある。
そこへ行くぞ」
「ねぇ、死体ならなんにでも乗り移れるんだよね?」
「ああ、そうだが」
「ゾンビにもなれるの?」
確かにゾンビにもなれるが……。
「肉が腐って臭くなるから嫌だな。
骨なら匂わないし、色々と楽なんだよ」
「ふぅん……そうなんだ」
つまらなそうに言うミィ。そんなにゾンビになって欲しいか?
「どうして残念そうにしてるんだ?」
「人間の身体のユージとなら、
もっと仲良くできるかなって」
「骨の状態でも十分仲良くしてると思うが?」
「骨だと……できないことって沢山あるじゃん?」
死体の俺と何をするつもりだ、この子は。まさかネクロフィリアとかじゃないだろうな?
そんな下らないやり取りをしていたら目的の場所に到着していた。
そこは死体置き場。俺の私有地だ。
ここには数体の白骨死体が保管してある。
奴隷の死体で良い感じのものを見繕い、肉と内臓を完全に溶かした後、処理を施して匂いを消しておいたものだ。
どんな死体に乗り移れるとは言え、ちゃんとした身体でないと直ぐに壊れる。骨密度がしっかりした若い白骨でないと満足に身体を動かせない。
施設はそこそこ大きなもので、肉を溶かすためのプールや、白骨死体を保管する部屋もある。
管理人もいる。勿論、俺が雇った。
「おおい、ゲブゲブはいるか?」
「はいよぉ! ここにいますよぉ」
俺が呼びかけると中から腹巻をした小太りのおっさんが出て来た。
「え? この人……」
戸惑うミィ。それもそのはず。この人は正真正銘、人間なのだ。
「ありゃりゃ? ユージさん?
その甲冑のお方は?」
「ああ、この子は俺が作った機械生物だよ」
「機械生物。こりゃまた珍しい」
「ほら、挨拶をして」
俺に言われて慌てて頭を下げるミィ。
「行儀のよいことで、あっはっは」
「そう言えば腹のスライムの調子はどうだ?」
「ええ、この通り元気にしてますよ」
そう言って腹巻をたくし上げるゲブゲブ。
彼の腹には大きな穴が開いていて、その中からゲル状の物体がドルンと流れ出す。物体には眼球が備わっており、ぎょろりと俺たちを睨みつける。
ミィは驚いて身体を震わせた。
そりゃぁ、驚くだろうな。
このおっさん、腹の中にスライムを寄生させた、半分人間、半分スライムの、微妙な存在なのだ。
ゲブゲブがこうなったのには理由がある。
彼は山の中で暮らしていたのだが、ある時、崖から落ちて大けがをしてしまう。腹が裂けて死を待つだけだった彼は近くにいたスライムで傷口を塞ごうとした。
すると、スライムに内臓を食われてしまい人間としての生命を終える。
……はずだった。
スライムに内臓の大半を食われた彼だったが、そのまま体内に住みつかれてしまい、どういうわけか死なずに生き延びたのだ。
以来、彼は体内の半分がスライム、外側の身体と頭が人間という、なんとも中途半端な存在になってしまった。
そんな彼が人間界で生きていくことはできない。仕方なく魔族の領域まで逃げてきて、職を探しているところで俺と出会ったのだ。
身体に寄生させているからか、彼にはスライムを使役する力が備わっている。死体を食わせて白骨化させるのもゲブゲブの重要な役割である。
ちなみに名前の由来だが、スライムが物を食う時に出る音からきている。
……らしい。
「スライムの調子も良いようだな」
「ええ、コイツが死んだらあっしもお陀仏なんで。
元気になるよう、うまいもんを食わせてます。
それでですね……ユージさま。
スライムの糞からこんなものを……」
腹巻から紫色のボールを取り出すゲブゲブ。
「なんだそれは?」
「スライムの排せつ物の匂いをためて作った、
通称“悪臭玉”です。どうですか?」
「どう……とは?」
「え? いりませんか?」
いらねーよ。
なんでそんなもん必要だと思うんだ。
「これを使えばどんなモンスターもいちころですぜ」
「ならハンターにでも売ってこい。俺はいらん」
「そんなぁ……。
半径数メートルを強烈な匂いで満たして、
ゲロが止まらなくなる強力な道具なのに……」
「そんな危険なもの、不用意に作るな!」
ゲブゲブは基本的にいいやつだが、何を考えているのかよく分からん変人だ。
「ねぇ……ユージ。この人って変わり者?」
「ああ……かなりのな。
魔族の国に馴染むようにふるまっていたら、
いろいろと頭があれになったんだ」
「……大変なんだね」
しみじみとミィが言う。
「それで今日はどんな用事で?」
「見て分からないか?
新しい身体を取りに来たんだ」
「でしょうね……へへへ」
そう言って奥の部屋へと向かい、こちらへ手招きして見せるゲブゲブ。
「ほら、彼に付いて行って」
「あっ、うん」
慌ててミィも歩き出した。慣れない相手に戸惑っているのだろう。
「今度はどういう身体にします?」
「そうだなぁ……できるだけ若い奴で頼む」
「そう言うと思って、色々と用意しておきました。
成人男性の健康体で出来るだけ若い骸骨!
きっと気に入ると思いますよぉ」
棺桶の中には様々な白骨死体。どれもこれも健康そうな骨ばかりだ。
俺はミィに頭を掲げてもらい、棺に収まった骨を一体ずつ確認する。
「うーん……迷うなぁ」
「ねぇ、どれも同じじゃないの?」
「全然違うぞ、見て分からないか?」
「私には違いが分からないよぉ。
どれも全部、同じ骨じゃない?」
違うよ、全然違うよ。
まぁ、彼女からしたら全部同じに見えるのだろう。初めは俺もそうだった。
俺にとって骨選びは重要だ。この世には二つとして同じ白骨死体は存在しない。人骨にはそれぞれ違った個性があり、動かした時に違いが分かるのだ。
なので、適当には選べない。じっくりと時間をかけて吟味する必要がある。
「そうだなぁ……これ……でもない。
あれ……でもない」
「ねぇ、まだぁ?」
「もうちょっと待っててね」
「早くぅ」
待てないのかミィがモジモジしだす。もしかしてトイレか?
いったん外へ出るように言うと、彼女は俺を抱えて小走りで出口へと向かう。この様子、やはりトイレか。
「ミィ、お前は機械生物と言うことにしてある。
誰かに見られたら面倒になるから、
人気のない所へ行って、こっそりと済ませて来い」
「あっ、ありがとう」
俺のことを小屋の入り口に置いて小走りで走り去っていくミィ。そこへゲブゲブが来て……。
「ねぇ……あの子、人間なんでしょう?」
彼は入り口の傍にもたれ掛かりながらそう言った。
「やはりお見通しだったか」
「ええ、これでも一応、元人間ですからね。
他の連中は上手く誤魔化せているんですか?」
「まぁ、なんとか……」
「魔族ってのは馬鹿が多いって言いますけどね。
中には頭の切れる奴もいるんで、
慎重になった方が良いと思いますよ」
「……そうだな」
俺も完全に誤魔化せるとは思えない。サナトやノインは気づいてるかもな。
でもまぁ……ミィの正体が人間だと分かっても、受け入れてくれると思うんだよなぁ。そう言う信頼感が彼らにはある。
しばらくしてミィが戻ってきた。
死体選びを再開する。
あれこれと迷った末にようやくピンとくる一体が見つかった。
それでは早速……。
「よし。俺を粉々に砕くんだ!」
「ええ⁉」
俺は頭蓋骨を完全に喪失しない限り新しい身体に憑依できないのだ。
「ユージを砕くなんて……そんな」
「なに言ってる!
こんなのはただの骨だ!
俺の本質じゃない!
さぁ、一思いにやってくれ!」
「ううん……ちょっと自信ないなぁ」
「なにを言っているんだ! 頑張れ!」
俺が言ってもミィはやろうとしない。
軽く剣を振り下ろすだけで簡単に終わるのに。
「はははっ、仲のよろしいことで」
俺たちのそんなやり取りを見てゲブゲブはにこやかに笑った。




