218 誘拐計画
人気のない裏路地。
太陽の光が当たらないこの場所で、セレンは人を待っていた。
「よぉ……」
向こうから誰かが手を上げて歩みよって来る。
それが獣の皮を被ったマティスだと直ぐに分かった。
「来たんだ」
「ったりめーだろ。
つーか、呼び出したのはテメーだろうが。
来たんだ、じゃねーだろ」
マティスは顔を覆っていた皮をめくり、素顔をあらわにする。
肌には獣の血を塗る二段構え。
獣人たちの鼻でも彼の正体を見破れない。
「で、なんの用だよ?」
「実は……報告があって……」
「昨日の出来事か?」
「知ってたの?」
意外そうにマティスを見るセレン。
「当然だろ、俺を誰だと思ってやがる」
マティスは面倒くさそうに頭をかいた。
だからどうしたと、言わんばかりの態度。
「どこまで知っているの?」
「おおむね……な。
お前らが湖でウェヒカポって奴と戦って、
なんかよく分からねぇ化け物が現れて、
ハーデッドをボッコボコにしてたってのは、
俺らでも仕入れられた情報だ。
だけどその化け物の正体が分からねぇ。
お前、何か知ってるか?」
マティスはぬっと顔を近づけて尋ねる。
質問に答える前に確認しておくべきことがある。
「一応聞いておくけど、
聞きたい化け物の正体って言うのは、
レッドイーターの方じゃないよね?」
「レッドイーター? なんだその名前?
お前が戦ってた肉の塊のことか?」
「うん、そうだよ」
「そっちはどうでもいい。
あの手の化け物とは何度かやり合ってるからな。
俺たちでも簡単に倒せる。
けど……もう一方の人型の化け物。
あれはちょっと勝てる気がしねぇ」
「だろうね」
ハーデッドが足元にも及ばないほどの強さ。
そんな化け物を相手に戦って勝てる勇者がいるとは思えない。
仮にあの化け物が人間界に現れたとしたら、大きな混乱が起こるだろう。
「で? 何か知ってるか?」
「いや、何も……」
セレンは首を横に振る。
あの化け物がどこから来たのか想像もつかない。
「なぁ……何か隠してるんじゃねぇよな?」
「そんなまさか……」
「別にいいけどよ。
あの化け物について何か分かったら教えてくれ。
ゼノの連中も調べてるだろうし、
俺も何かしら情報が手に入ったら伝える」
「ねぇ……さっきから気になってたんだけど……。
どうやって君たちは情報を集めたの?
遠くから見てたの?」
「はっ」
セレンが言うと、マティスは鼻で笑う。
「獣人やオークの中に、協力者がいるんだよ。
ウェヒカポがあの骨野郎をさらったってんで、
大騒ぎになって大勢の兵士が集められただろ?
その中に、俺の協力者がいたわけさ」
「へぇ……そうなんだ」
「敵の中に味方を作っておくのは基本だぞ。
何年、勇者やってるんだ、お前」
マティスは馬鹿にしたように言う。
セレンは勇者として過ごした期間は長いものの、魔族の領域で活動したことはほとんどない。マティスのように魔王討伐ガチ勢とは考え方や戦い方が根本的に異なる。
「こういうと失礼になるかもしれないけど。
君たちって本当に勇者っぽくないよね。
まるで盗賊とか、山賊とか、
悪い事ことをしている人たちみたい」
「あながち間違ってはねぇな。
俺たちの目的は魔王の討伐。
魔族の領域に潜入して奴らを倒すとしたら、
正攻法じゃまともに戦えねぇ。
せこい手段を使わざるを得ないんだよ」
マティスは全く怒ったりせず、すんなりとセレンの評価を受け入れた。
もともと自覚はあったのかもしれない。
「だからよぉ……。
お前がハーデッドのやろうと、
ネンゴロな関係になってるのを既に知ってる。
まさかとは思ったが……上手くやったな」
マティスはそう言ってニカリと笑った。
規則正しく並んだ白い歯がまぶしい。
「別に僕は、そんなつもりは……」
「またまたぁ、嘘をいうなよ。
狙ってハーデッドを惚れさせたんだろ?
あの骨野郎の暗殺もグッとやりやすくなったな」
マティスはユージの暗殺を諦めていない。
本当のことを言うと、これ以上、面倒ごとを増やしたくない。
ウェヒカポの一件で力を使い果たし、しばらくの間は戦いたくないと思っている。
それに……。
「いや……僕は……その」
「なんだ? 何か問題でも?」
「実は……」
セレンは正直に告げる。
「は? ハーデッドの血を?」
「うん……それしか助かる方法が無くて……」
ハーデッドの血を体内に取り込むことで、セレンはなんとか生きながらえた。
しかし、その影響からなのか、彼は浄化魔法や光魔法などの強力な攻撃手段を失ってしまったのである。
「ってーと、お前はもう魔法を使えないのか?」
「いや、もう一度、習得しなおせば使えると思う。
けど……今の状態で戦っても……」
「まぁ、浄化魔法が使えねぇって言うんなら、
あの骨野郎の暗殺は無理かもしれねぇなぁ」
マティスはしみじみと言う。
浄化魔法はかなりの習得難易度をほこり、使い手は限られている。
高位の僧侶や神官くらいしか使えず、勇者とパーティーを組むエリート冒険者の中でも習得者はごくわずか。
セレンのような若い肉体を持つ浄化魔法の使い手は、ほぼ存在しないと言っていい。
ユージが今まで討伐されていなかったのは、浄化魔法の使い手が限られることにある。
「ハーデッドの血を取り込んだってことは……。
本当ならヴァンパイアになるってことだよな?
でも……お前は特に今までのお前と変わらねぇ。
アンデッドには……なってねぇんだよな?」
セレンの身体を、下から上へと舐めるように見渡してマティスが尋ねる。
「うん……今まで通り、
僕は天使の血を引く人間のままだよ。
どうやら僕の持つ特殊な力が、
彼女の血の力と相殺されたみたいなんだ。
もう一度、血を流し込まれたら、
次はどうなるか分からないけどね」
「まぁ……お前が望まなければ大丈夫だろ。
向こうも無理やり眷属にしようとは、
これっぽっちも思ってないみたいだしよ。
ハーデッドとは上手くやってるんだよな?」
「うん……それなりには」
ハーデッドとどのような関係になっているのか、セレン自身よく理解していない。
身体の関係を持ってしまってはいるが、恋人になったとは言い難い。
それでも……彼女との関係は嫌いではなく、むしろずっと一緒にいたいとさえ思っている。
「なら安心だな。
ハーデッドの寵愛を受けたお前は、
実質、魔族みたいな存在になれたわけだ。
ゼノの連中もやたらに手出ししねぇだろう。
そこで……だ。
お前に頼みたいことがある」
マティスはセレンの両肩に手を乗せる。
「頼みって?」
「あの骨野郎を呼び出してほしい。
人気のない所へ奴を連れ込んで、
俺たちで叩く」
「え? でも……あいつを倒しても……」
「ああ、多分だが……いや、間違いなく。
奴はまた復活するだろうよ。
そこで……だ」
マティスは粗末な頭陀袋を取り出す。
「これに奴の頭を入れて誘拐するんだ。
あいつを襲った時のことは覚えてるか?」
「……うん」
「頭蓋骨だけになった状態で、
トカゲ野郎に指示を出してただろ。
んで、自分の身体を破壊させた上で霊体化して、
俺たちから逃げようとした」
「確かに……そうだったね」
セレンは霊体化したユージを取り逃がしている。
そのことについては、マティスにも報告済み。
「ということは……だ。
あいつを頭部だけの状態にしてしまえば、
復活させずに捕まえられるってわけだ。
自分で自分の身体は壊せない筈だから、
頭を手に入れればこっちのもんだ」
「えっと……つまり……」
「骨野郎を誘拐するんだよ、俺たちで。
浄化魔法が使えなくたって関係ねぇ。
奴を連れ帰って始末すれば、
この国の軍隊はただの脳筋集団に成り下がる。
戦争をおっぱじめても、簡単に倒せるってわけさ」
マティスは口元を釣り上げて言う。
そんな彼が、いつも以上に不気味に見えた。




