215 残酷だなって
ヌルとムゥリエンナの親父と別れて散策を続ける。
「あ、ユージさぁん」
「うん? イミテ?」
声のした方を見るとイミテが出店を開いていた。
彼女は地面に布を広げて小物系の商品を並べている。
ノインたちがやっている屋台とは違い、随分と貧相な見た目のお店だが……フリーマーケットみたいで面白い。
このレベルなら、誰だってお店が開けるな。
「おお、お前も店をだしたのか」
「はい。テキトーに並べただけですけどねー」
「売れ行きはどうだ?」
「これがサッパリ、あんまりですねー」
「そうか……残念だ」
「いえいえ、繁盛して困るのは私なんでー。
このまま、まったりいきたいですねー」
イミテは気だるげに言う。
彼女にとって忙しくなるのは死ぬことと同じくらい嫌なのだ。
このまま呑気にダラダラと働いてほしい。
「そう言えばこれ、シャミが作ったんですよー」
「え? これを?」
イミテは並べられていた商品のうち、一番小さなマスコットを指さした。
それは小さな猫のマスコットだった。
完成度はあまり高くないが、それなりに見れる状態に仕上がっている。
シャミがイミテの所で働き出したのは、ついこの間。
短い期間でここまで成長したのは本当にすごいと思う。
「シャミも頑張ってるんだなぁ」
「ええ、彼女は頑張り屋さんですよー。
ここ数日、ハーデッドさまのことで忙しくて、
全然会えてないんですけどー。
彼女、どうしてるんです?」
「ああ、シャミは……」
俺はシャミが何をしていたのかを伝えた。
「へぇー。ハーデッドさまのお世話をぉ……」
「ああ、マムニール婦人に働きを認められて、
あの人の身の回りの世話をする役に抜擢されたんだ。
だがそれを面白く思わない奴がいるみたいで……」
「そうなんですかー」
ぼんやりとした返事をするイミテ。
あまり気にしてないように見えるが、彼女なりに心配しているのだろう。
「なんなら……ずっと私の所にいればいいのに」
ポツリと、イミテが言った。
「彼女を手元に置いておきたいのか?」
「何か勘違いしてるみたいですけどー。
私はシャミを奴隷として扱いたいんじゃなくてー。
ただ一緒にいたいというかー」
「あの子と友達になりたいのか?」
「そんな感じですねー」
イミテはシャミを気に入ったらしい。
「どうしてそう思った?」
「なんとなく……ですねー。
これと言った切っ掛けがあったわけじゃなくて、
一緒に仕事してて楽しいなーって」
「そうか……シャミも喜ぶと思う。
直接、伝えてやったらどうだ?」
「それは……ダメですね」
イミテの顔が曇る。
「なぜだ?」
「あの子、戦争に行くんでしょう?
もう二度と帰ってこないかもしれないのに、
必要以上に関わるのもどうなのかなって」
俺は彼女の言葉にドキリとした。
シャミは戦場へと向かう。
自由を勝ち取るために。
当然、危険に見舞われるわけで、死んでしまう可能性だってある。
本人はそれをきちんと理解していると思うが……。
「ああ……そうだ。だが、それは……」
「自由になるために……ですよねー。
知ってますよ、何度も聞かされたんで」
「そうなのか?」
「ええ、あの子、私に何度も言うんですよー。
戦って自由を勝ち取るんだって。
嬉しそうに何度も話すんで、
なんか聞き入っちゃって……」
「それで、お前はどう思ったんだ?」
「…………」
イミテは俺を見て、なんとも言えない表情を浮かべる。
苛立っているような、それでいて悲しそうな。
彼女は感情を上手く表現しきれていない。
「私は……いえ、なんでもないです」
「いや、ちゃんと言えよ。
俺はお前の本心が聞きたい」
「言っても怒りません?」
「ああ」
「じゃぁ……」
イミテはおもむろに口を開いた。
「残酷だなって……」
「何がだ?」
「ユージさまと、マムニールさまが」
「……そうか」
確かに、残酷かもしれん。
自由という名の餌をちらつかせ、年端もいかぬ少女に戦うことを強要する。
割と残酷な行為かもな。
「シャミに同情しているのか?」
「はい……自分が彼女の立場だったらと思うと、
ちょっとブルーな気分になっちゃいますねー」
「俺を軽蔑するか?」
「別にそこまでは……でも、シャミは別かも。
あの子は二人を恨んでいるかもしれません」
シャミが俺たちを恨もうと、彼女の運命は変わらない。
この国には獣人と人間奴隷の間に生まれた、名もなきケモミミハーフたちが大勢いる。彼らは例外なく奴隷として死ぬまで馬車馬のように働かされる。
もし俺が奴隷制を廃止しようとしても、全ての国民が素直に従うとは思えん。
奴隷商人たちは地下に潜って商いを続けるだろう。
「ねぇ……ユージさま。
どうしても彼女が戦わなくちゃだめですか?」
「ああ、でないと自由になれないからな」
「他に方法は?」
「…………」
ないわけではない。
やりようはいくらでもあるだろう。
しかし、俺はこの方法を選んだ。
マムニールもそれを承諾した。
彼女たちの運命は俺の手の中にある。それをシャミがどう思おうとも構わん。仮に戦場で彼女が命を落とそうとも、運命に抗いきれなかっただけの話。
「ユージさま……こんなことを言ってすみません。
けど、どうしても心配なんです。
あの子が戦いの中で命を落としたらと思うと……」
「であれば、祈ってやれ。
シャミが元気に帰ってくるようにな」
「……はい」
気落ちしてうなだれるイミテ。
大切な人の帰りを待つ者にできるのは、ただひたすらに祈り続けることのみ。
自らの手で戦わない限り、誰かを自分の手で救うことはできないのだ。




