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214 足りないもの

「うおおおおおおおおっ!」

「うわぁ、びっくりした!」


 新しい身体に乗り移った俺は叫び声を上げて身体を起こした。


「すまないな、驚かせて」

「へへへ、ユージさま。お戻りになったんですね」


 ゲブゲブは両手をこすり合わせながら言う。


「ああ、なんとかな」

「ユージさまが捕まったと聞いた時は、

 これからどうしようかと困り果てましたよぉ。

 ですけど、戻って来てくれて本当に安心しました」


 心底ほっとした様子のゲブゲブ。

 これはきっと彼の本心なのだろう。


 俺がいなくなったらコイツは行き場を失う。

 この国で生きていくのは難しい。

 だからこそ、彼は心の底から安堵するのだ。


「心配かけて悪かった。

 まさか俺も囚われるとは思ってなくてな。

 完全に予想外だったよ」

「でもこうして、無事に戻って来てくれました。

 運命の女神が味方しているのかもしれませんね」

「バカを言うな……」


 運命の女神なんてものがいるのなら、俺は心底そいつを恨む。

 こんな身体にされて何を感謝しろと言うのだ。


 だがまぁ……今回ばかりは感謝してもいいのかもしれない。


「ユージさま、これからどこか行くんですか?」

「ああ……ハーデッドの所へな」

「まだあの人の面倒をみるんですかぁ。

 ユージさまも大変ですねぇ」


 ゲブゲブはあっけらかんとした口調で言う。


 そうは言うけど、今回の件で俺を取り戻そうと尽力してくれたのは確かだ。

 彼女の働きには報いらなければならない。


「ユージさま、あまり無理をなさらないで」

「ああ……分かっている」


 ゲブゲブは玄関まで来て、俺を見送ってくれた。

 決しておべっかを使っているからではなく、自らの身を案じての切実な思いからくる行動だ。


 俺は彼を軽蔑したりしない。

 自分の運命を握っている相手を丁重に扱うのは当然のことだ。


 そう考えると……俺は彼にとっての運命の女神になるのかな。

 できるだけ残酷な運命をもたらすことは止めよう。

 改めてそう思う。






 ぶらぶらと街の様子を眺めて散策する。


 祭りの準備はほぼ完了している。

 大通りには骨でできたオブジェや花の飾りが並べられていた。


 ヌルやエイネリの生徒たちが頑張ったのだろう。

 なんとか本番までに間に合わせてくれた。


 つっても、そんな大層な物ではない。

 テキトーに作ったオブジェを、テキトーに並べただけ。

 クオリティも文化祭レベル。


 それでも、この短い期間で、よくもここまで準備できたと感心する。

 彼らは実にいい仕事をしてくれた。


 屋台もそれなりの数が並んでいて、祭りっぽい雰囲気が漂っている。

 住人達も明日のことに期待を寄せているのか、妙な盛り上がりを見せていた。


 普段のゲンクリーフンとは違う、不思議な活気を見せている。

 やはりイベントは人の心を高揚させる。

 この空気感は、正直嫌いじゃない。


 ふと、ある人物を見かけた足を止めた。

 それは……。


「え?」

「あ?」


 そこにいたのは、ムゥリエンナの父親だった。

 彼は土で蛇のオブジェを作っていた。


「何してるんですか?」

「見てわからないか? 明日の準備だよ」

「えっ、なんであなたが?」

「娘に頼まれたんだよ。

 間に合わないから助けてーって」


 彼はへらを手に土を固めて蛇の形にしている。


 割と精巧な作りで、ディティールの作りこみが半端ない。

 本物……とまでは行かないが、それなりに完成度の高いオブジェに仕上がっていた。


「すごいですね……こんな風にできるなんて」

「娘の頼みだからな。手は抜けねぇよ」


 そう言って彼はぺたぺたと土をいじる。

 こんな才能があったら一生食っていけそうだ。


「でも、意外でした。

 お父様が手伝ってくれるなんて」

「だから言ってんだろ。娘の頼みだって。

 別にお前たちに協力してるつもりはねぇよ。

 けどまぁ、やってるうちに楽しくなってな。

 仲間にも声をかけて一緒にやろうって誘ったんだ。

 明日までには仕上げてやるから期待してろよ」

「はい……お願いします」


 通りのあちこちでラミアの男性が土くれでオブジェを作っている。


 ラミア族はこういう細かい作業が得意なんだな。

 商才もあるし、優秀な種族だ。


「おおっ! ユージさま!」


 ヌルが声をかけて来た。

 彼は手下のオークを数人、引き連れている。


「進捗はどうだ?」

「見てのとおりですよ!

 明日までにはなんとか間に合います。

 けれど……まだ何か足りない気がするんです。

 どうすればいいでしょうかね?」


 そんなこと聞かれても、俺には分からん。

 今のままで十分な気もするが……。


「サナトが花火を打ち上げて、

 通りを軍隊が行進すれば、

 それなりに形っぽくなるはずだ。

 飾りつけは十分だと思うぞ」

「いえ、そう言うことではなくて……。

 なんかこう……楽しみが足りないと言うか」

「楽しみ?」

「もうひとつ、街の皆を楽しませるような、

 大きなイベントがあってもいいのかなぁと」


 んなもん、急に思いつくか。

 俺にはどうしようもない。


「うーん……どうすればいいのか分からないな。

 お前の言う、足りない何かの正体も分からん」

「俺にも分からないんですけどね。

 あともう一つ、何かあれば、

 祭りも形になると思ったんで、

 お伝えしただけですよ」


 伝えられたところでなぁ。

 ヌルの言う、足りない何かの正体。

 俺には皆目見当もつかない。


 気にしても仕方がないので、忘れることにしよう。


「なぁ……話を聞いてて思ったんだが……。

 お前が歌でも歌ったらどうだ?」


 ムゥリエンナの父が言った。


「え? 私が……ですか?」

「お前、この国の幹部で、

 魔王様からも信頼されてるんだろ?

 だったら、何かして注目を集めてみろよ」

「そんなことを言われましても……。

 それに、私は歌なんてとても……」

「はぁ、お前がそんな弱気でどうするんだ?

 人生は常に攻めの姿勢が必要だぞ」


 そもそも攻めの姿勢ってなんだよ。

 俺が出しゃばってどうするんだ?


 この国は獣人の国だ。

 アンデッドの俺が出張ったところで、誰も喜ばねぇっての。


「検討はしますけど……あまり期待はしないで下さい」

「そんな守りの姿勢じゃぁ、俺の娘はやれんな。

 ムゥリエンナのことは諦めろ」


 そもそも嫁に貰うつもりはねぇっての。

 彼女とはあくまで部下と上司の関係だ。


「はぁ……また女に手を出したんですか。

 ユージさまは見境ないですねぇ」


 ヌルがそんなことを言う。


 見境ないとは聞き捨てならん。

 俺がいつ女に手を出したというのか。


「おい、今のはどういう意味だ?」


 お父さんが早速、反応する。

 誤解を解くのに時間がかかった。


 ヌルよ、頼むから適当なことを言わないでくれ

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