21 白兎族
マティスを倒した俺たちは小一時間ほどさ迷ってなんとか脱出に成功。
勇者たちの拠点は非常に複雑な構造で、まるでダンジョンのよう。あちこちにトラップが仕掛けてあり、解除するのに時間がかかった。
敵地にこんな施設を作るなんてなぁ。魔王討伐にかける思いがガチすぎて引く。
「それにしても解せんな。
どうして奴らはサタニタスなど……」
討伐目標が自分でなかったことに憤慨し、レオンハルトはぶつくさと文句を言っている。
自分の領地を通り道にされた挙句、中継地点と利用され腹を立てているようだ。そりゃ、プライドが傷つくよな。
でも俺はこれで良いと思う。討伐隊対象にされたら仕事が無駄に増える。できれば勇者たちには今まで通り、サタニタスの討伐に精を出してもらいたい。
心からのお願いです。
「それにしても、その機械生物は優秀だな。
まさか勇者と対等に戦うとは……」
「この私が精を尽くして創り上げた自信作ですので」
「ふむ……大した奴だ。やはり天才か」
天才だなんてそんなぁ。適当な事を言って誤魔化してるだけですよぉ。
「そいつの名前はなんと言う?」
「名前……ですか?
そうですね……ミケと呼んで下さい」
「ミケ? 可愛らしい名前だな」
「ええ、昔私が飼っていた猫の名前です」
「猫……だと?」
目を細めるレオンハルト。猫は……まずかったかな。
「ええ……猫です」
「ううむ、まぁいいだろう」
そう言いながらもレオンハルトはどこか不機嫌そうにしている。
「とにかく、ここをなんとかしなければならないな」
「はい、直ぐに城の者に言って封鎖させます」
「頼んだぞ。俺は帰って休むことにする」
「はっ、お任せ下さいませ。
あの……ひとつ、お願いが」
「なんだ?」
俺は心の中で腰を低くして懇願する。
「休暇をもう一日伸ばしていただけないかと」
「なんだ、そんなことか。別に構わんぞ」
「ありがとうございます。感謝の極みです」
「うむ、後は頼んだ」
魔王は肩をもみながら去って行った。
アジトの出口は魔王城の割とすぐ近くにあり、歩いて帰れる場所。彼の背中を見送りながら、俺はこれからのことについて考える。
「なぁ……ミィ。大丈夫か?」
俺が尋ねるとミィは……。
「うん、平気」
短くそう答えた。
黒騎士の正体はミィだった。まぁ……すぐに気づいたが。
彼女は置いてあった甲冑を身に着け、黒騎士としてマティスに戦いを挑んだのだ。あの状況で機転を利かせてよく戦ってくれた。
「とりあえず戻るかぁ」
「でもあの部屋へは帰れないんでしょ?」
「そうだなぁ……」
ヌルは既に工事を始めている。
黒い甲冑を纏ったミィなら部屋へは入れる。しかし……食事や排せつなど、諸々の事情を考慮すると、工事が終わるまであの部屋で過ごすのは難しい。
「よし、しばらく別の場所で君を匿ってもらおう」
「そんなところあるの?」
「ああ、勿論だ。だが……」
準備が必要になるが大したことはしなくて大丈夫だ。問題はミィが馴染めるかどうかだな。
とりあえずは魔王に言われたとおりアジトの接収を済ませる。誰か仕事のできる部下に任せるとしよう。こういう時、うってつけの奴がいるのだ。
「……と言うことで、頼む」
「あの、その前に……
何があったか教えてもらえますか?
どうして首だけなんですか?
その黒い甲冑の騎士は何者ですか?」
首だけになった俺を前に戸惑う白髪ウサギ耳の少年。
タンクトップに短パンという非常にラフな格好。寒い季節も短パンで過ごす。動きやすい服装を好むのだ。
彼は白兎族と呼ばれる種族。
獣人とは違い、ウサギ耳が付いている以外は容姿は人間とあまり変わらない。
特筆すべき特徴として成長しても容姿が幼いままと言うのがある。年をとっても背は伸びないし、髭もすね毛も腕毛も胸毛も生えない。
更にもう一つ。
白兎族には雌雄の区別が存在しない。誰もがオスであり、メスでもあるのだ。
基本的に容姿は少年に近いが、中には若干女の子っぽい顔立ちの子もいる。性器は両方備わっており、仲の良い個体がそれぞれ夫と妻を設定し、つがいを作るのだ。
ちなみにだが……ウサギだけあって性欲がすごいらしい。
「色々あってだな。説明すると長くなる」
「その甲冑の方からは人間の匂いがしますが……。
本当に人間じゃないんですよね?」
「ああ、安心しろフェル。
コイツはお前に危害を加えたりはしない」
「本当……ですか?」
「ああ、本当だ」
「ううん……」
俺がそう言っても、フェルは不安そうだ。上目遣いで黒い甲冑を纏ったミィを見ている。
白兎族はその容姿や身体的特徴もあり、人間から性的な意味で迫害されやすい。
フェルが住んでいた里は人間に襲われ、彼は生き残った仲間とこの国へ逃れてきた。同胞が酷い目にあわされる様子を目撃して以来、人間を恐れている。
「もしお前に酷いことをするような奴が現れたら、
この黒騎士がぶっ殺してくれるぞ」
「味方……なんですよね?」
「さっきからそう言ってるだろ」
「それなら良いんですけどぉ……」
もじもじするフェル。やはり人間が苦手なようだ。
俺はフェルに勇者のアジトのことを伝える。
「……と言うことで。
人間たちの使っていたアジトの接収をお願いしたい」
「ええっ、そんな危険なところへ行くんですか?」
「大丈夫だ。もう人間は排除した。
護衛にオークを連れていけ。
サナトに頼めば何人か回してくれる」
「……分かりました」
しぶしぶ依頼を受けるフェル。やはり嫌か。
彼は魔王城の雑務を担う部署の責任者。獣人はものぐさなので細かい仕事は人任せ。代わりに白兎族が、清掃や洗濯などの雑用を行っている。日常的に使う消耗品の在庫管理も彼らの担当。
魔道具なんかの管理はサナトに任せているが、人間の使う道具は専門外だろうから、彼にお願いしようと思ったのだ。
「接収した品は自由に売却して構わん。
エルフやドワーフの連中なら、
買い取ってくれるかもしれん」
「あの人たち、苦手なんですよねぇ。
エルフは何考えてるか分からないし、
ドワーフは乱暴だし……」
「交渉に自信がないなら、厨房のノインを連れていけ。
あいつならフォローしてくれる」
「ううん……分かりました」
面倒なことを押し付けている感があるがフェルはこう見えて有能なのだ。
言われた仕事は問題なくこなす。ただちょっと臆病で、自分に自信がないだけ。
ノインも彼の頼みなら邪険にしないだろう。
あいつはそう言う奴だしな。