209 死体に乗り移って自分の肉体とする能力
「は? 手遅れ?」
ウェヒカポはユージの言葉に耳を疑う。
手遅れ……だと?
いったい何をしくじったと言うのか?
奴は心へと侵入した事実が詰みにつながるとは思えない。
ユージはいま、魂だけの存在だ。
出来ることは限られている。
ウェヒカポには分からない。
ユージが余裕でいられる理由。
勝ち誇っていられる理由が。
「ああ……もうお前はおしまいだ」
「はっ、おしまいだって?
ふざけるんじゃないよ!
あたしの心を覗き見たくらいで、
勝った気になるなんておこがましいよ!」
「確かに……そうかもしれないな」
ユージはゆっくりと歩き始める。
教室だったはずのその場所は姿を変えて別の風景へと変わる。
そこは墓場だった。
適当に並べられた墓石。
枯れた木にとまるカラス。
紫色によどんだ空。
絵に描いたようなありきたりな風景。
まるでお化け屋敷にでも来たみたいだ。
「なんだいここは?
イスレイにもこんな墓場はないよ!
子供だましにもほどがある!」
「ああ、俺が即興で作った墓場だからな。
でもまぁ……お前にはお似合いだろ。
最後の瞬間を迎えるにはピッタリだ」
「最後だって⁉ ふざけんなっ!
あたしはまだ負けてないよ!」
「いや、負けたんだよ、お前は」
ユージは真顔で言う。
「負けた? あたしが? いつ!」
「俺がお前の体内に入った瞬間に、
お前の負けが確定したんだ」
「へぇ! そいつぁ面白いね!
どうしてそれが負けになるのか、
教えてもらおうじゃないか!」
ウェヒカポは声を荒げる。
止まったはずの心臓がバクバクと早鐘を打っている。
そんな感覚に陥った。
ユージはやれやれと肩をすくめた。
「じゃぁ、教えてやるよ。
俺にはある能力があるんだ。
それは、死体に乗り移って、
自分の肉体とする能力。
この世界へ来た時に貰ったんだ」
「…………」
確か……この世界へ来る前に。
神様が何か特別な力をくれるって言っていた。
だが、ウェヒカポは話をまともに聞いておらず、なんの力を貰ったのか覚えていない。
人間にしないで欲しいとお願いしていたので、それどころではなかったのだ。
「この能力を使えば、
どんな死体にも乗り移ることができる。
人間の死体はもちろん、オークやエルフ。
ドラゴンや魔王にだってなれる。
そう……例外なく、どんな死体にでも」
「それが……どうしたって言うんだい?」
「まだ分からないのか?」
ユージはまっすぐにこっちを見据えている。
鋭く突き刺さるような視線。
それがまっすぐにウェヒカポへ――
「はっ⁉ まさか‼」
「そうだよ、そのまさかだ。
俺はな、あらゆる死体に乗り移れる。
それは……お前たちアンデッドの身体も、
例外じゃないんだよ」
「じゃぁ……あたしの身体を……」
「そうだ、乗っ取らせてもらう。
いまこの瞬間から、この身体は俺のものだ。
さっさと出て行ってもらおうか」
ユージはこちらへと歩み寄って来る。
慌てて逃げようとするウェヒカポだが、金縛りになったように全身が動かない。この空間の支配権は既にユージの手にあるというのか⁉
「やっ……やめて! 許して!」
「ダメだ、もう遅い。
俺はお前を敵とみなす。
最後のチャンスをふいにしたのを、
せいぜい後悔するんだな」
「この身体を追い出されたら、
あたしゃ、どうなるんだい⁉」
「知らん。
霊体になって世界をさ迷うんじゃないか?
今までの悪巧みも全てパぁ!
おめでとう!」
「いっ……いやだあああああああ!」
ユージはウェヒカポの身体を抱きしめる。
彼の身体はボロボロと崩れて骨だけになり、足元から何本もの骨の腕が生えてきた。
ウェヒカポは全身を完全に骨に覆われてしまう。
「いやだ、いやだ、いやだ!
死にたくない! 死にたくない!
世界をアンデッドで埋め尽くして、
静謐なる世界の秩序を取り戻すんだ!
そうすりゃ……もう声になんて……」
「往生際が悪いぞ! ウェヒカポ!
この身体から出ていけええええええ!」
「あぎゃあああああああああああああ!」
空間の全てが崩壊。
何もかもが砕け散って完全なる暗闇になった。
光が見える。
遠くに現れた光の点が身体を勢いよく吸い寄せ始める。ウェヒカポは必死に抵抗するが、あまりに力が強すぎて無駄。
このまま吸い込まれてしまったら間違いなくすべてが終わる。
どうしようもない。
諦めかけたその時。
ふと、ある言葉を思い出した。
『お前にはこの特別な力をやろう……』
それはこの世界へ転生する前に神が力を与えてくれた時の言葉。
『この力を使えば……』
奴は何と言っていたのか。
『どんな時にでも、好きなタイミングで……』
今更、思い出したところでもう遅い。
『肉体の一部を魂と共に切り離せるのじゃ』
神は言った。
「うおおおおおおっ! 緊急脱出っっっ!」
「え? 何が起こったの⁉」
混乱するフェル。
ユージが閉じ込められていた瓶は破壊したものの、ウェヒカポの身体は完全には消滅していない。
とどめを刺そうとしたところで、なんの前触れもなく奴の左腕が吹っ飛び、叫び声をあげたのだ。
「うひいいいいいいっ!
天は我に味方したね!
こんな素晴らしい力が眠っていたなんて、
あたしゃ知らなかったよ!
ひゃっはああああああああああ!」
腕が叫んでいる。
一部が裂けて口のように動いて、言葉を発しているようだ。
「おっ、おい……何がどうなってる⁉」
「私に聞かれても分かりませんよ、ノイン殿!」
「腕が喋ったのだ!」
一同はその状況に困惑し、どうすればいいのか決めかねていた。
そんな中……。
「アイツはウェヒカポだ! 早く捕まえろ!」
ウェヒカポがそう言った。
「は? なに言ってんだお前?」
「ノイン! 俺だ! ユージだ!
俺はコイツの身体を乗っ取ったんだ!」
「んなはずねーだろ……俺を騙そうったって……」
「お前の好物はノロノロウナギ!
アレのさばき方を教えたのは俺だ!」
「え? いや……確かにそうだが……」
「そしてフェル!」
「……え?」
今度はフェルに話しかけて来た。
「先月の月末に、物品を紛失しただろう!
アレを見つけたのは俺だったよな⁉
中身は錆びた釘100本!」
「あー、確かにそうだったけど……」
「それとアナロワ! お前の嫁の名前はダダンゴレンだ!」
「えっ……はい」
どうやらウェヒカポの身体は、本当にユージが乗っ取ったようだ。
「何なのだ⁉ 本物のユージなのか?」
「そうだプゥリ!
お前はヴァルゴとトレードして俺の部下になった!」
「うん……確かにそうなのだ」
全員を納得させたユージだが、こんなことをしている間にも、本物のウェヒカポははるか遠くまで逃げている。
「早く! あいつを捕まえろ!
逃がしたらとんでもないことになるぞ!」
「おっ……おお!」
慌ててウェヒカポの腕を追いかける一同。
しかし……。
「ざっぱあああああああああん!」
「あぎゃああああああああ!」
氷を突き破って現れた怪魚が、ウェヒカポの腕を一飲みにしてしまった。
炎でも溶けないくらいに厚くなっていた氷だが、魔法が切れてだんだんと薄くなっていたらしい。
「しまった! 逃がした!」
地団駄を踏むウェヒカポの身体を乗っ取ったユージ。
薄くなっていた氷にひびが入る。
「いや、あれじゃ助からねぇだろ」
「何を言ってるノイン!
奴はそんなんで死ぬたまじゃない!」
「アンデッドだからもう死んでるって」
「そう言う冗談を言ってる場合じゃ……」
「ユージさま!
そんなことはどうでもいいのであります!
今は他にやるべきことがあるであります!」
トゥエが叫ぶ。
「早くあの化け物を止めるであります!
でないとハーデッドさまが……」
「……え?」




