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208 こんな風に受け止めてくれたのなら

「よぉ……ウェヒカポ。またあえて嬉しいぜ」


 サラリーマン風のおっさんがウェヒカポの方へ歩み寄ってくる。


 口周りに生えた無精ひげに、ぼさぼさの頭。

 よれよれのスーツに汚い靴。

 半分ホームレスのような見た目だった。


「誰だい⁉」

「さっき言っただろ、ユージだよ」

「あんたが⁉ 全然見た目が違うじゃないか!」

「そう言うお前もな」


 言われてようやく気付く。

 転生する前の少女の身体になっていた。


「結構、可愛い顔してるじゃないか。

 普段のお前からは想像もつかないよ」

「ふんっ、余計なお世話だよ!

 それよりここはどこだい⁉」

「ここはお前の心の中さ。

 少しずつ元の形を取り戻すはずだ」


 今一度、自らの心の中を眺めてみる。


 何も見えない真っ暗な空間が終わりなく延々と続いているだけだ。


 しばらくすると少しずつ闇に形が現れた。

 四角い物体が現れたかと思うと、それに四本の足が生える。

 これは……机?


 学生が勉強するのに使う机だ。

 学校に沢山置いてあるやつ。

 それと、小さな背もたれ付きの椅子。

 これも学生が使う、ありふれたもの。


 それが規則正しく並んで無数に現れる。

 奥の方には黒板が出現し、次第に教室のような空間が出来上がっていく。


 ここは……学校?

 なんでこんな場所に?


 ウェヒカポは警戒しながら周囲を見渡す。


 教室の隅で何人かの女子生徒が固まり、こちらを見てヒソヒソと話している。

 きっと悪口を言っているのだ。


 きもい、うざい、ぶす、しね。


 その言葉が聞こえたとたんに、締め付けられるような痛みを胸に感じる。

 動悸が激しくなって息苦しい。


「落ち受けよ、ウェヒカポ。

 これはお前の心が作り出した幻影だ。

 実際に悪口を言われてるわけじゃない」

「うるさいよ!

 アンタに言われなくたって分かってる!

 これはあたしの昔の記憶だよ!

 本当に悪口を言われてるわけじゃない!

 でも、聞こえちまうんだよ! 声が!」


 ウェヒカポは両手で耳を塞いだ。

 それでも悪口は聞こえてくる。


「これがお前の心の闇か……。

 割と辛い人生を送ってきたんだなぁ」


 ユージは机に腰かけ、呑気に言う。


「ああ……辛かったさ。

 辛すぎて自分で命を絶っちまった。

 でも、後悔はしてないよ。

 それしか手段がなかったからね」

「だろうな……。

 俺にもどう解決をつければいいか分からん。

 だが、同情はしないぞ。

 俺も負けず劣らず辛い思いをしたからな」

「へぇ……どんなだい?」


 ユージは机から降りて、頭をかきむしる。


「この俺の姿を見れば察せるだろ。

 俺はいわゆる社畜ってやつだ」

「……だろうね。

 働くのが嫌になって死んじまったのかい?」

「ああ、自殺じゃねぇけどな」


 ユージがそう言うと、ウェヒカポはため息をつく。


「似たような体験をしている奴がいるもんだ。

 この世界へ転生してくる人間てのは全て、

 何かしらのカルマを背負っているのかもね」

「ああ、お前も……俺も……ここにいない誰かも。

 みんな何かと戦って、精いっぱい足掻いた。

 戦って、戦って、戦い抜いた結果。

 最悪の結末になったとしても、

 誰にも責める権利なんてない」

「……そうだね」


 同じアンデッドだからだろうか。

 話を聞いていると不思議と安堵してしまう。

 出会う場所が違ったのなら、彼は最大の理解者になったかもしれない。


「なぁ……ウェヒカポ。

 どうしてお前はせっかく生まれ変わったのに、

 別の人生を歩もうとしなかったんだ?」

「声が邪魔したからさ。

 この世界には、陰口が大好きな奴が大勢いて、

 皆してあたしの悪く言うのさ。

 あそこの連中みたいにね」


 そう言って、女生徒たちを指さすウェヒカポ。


「バカだな、よく見てみろ。

 あいつらはお前のことなんて見てない。

 ネットに夢中になってるだけだ」


 ユージが言う。

 よく見てみると……彼女たちは端末を片手に、じーっとその画面を眺めていた。


「どうせあたしの悪口を……」

「確かめたのか?」

「いや、確かめなくたって分かる。

 あいつらが何をしてるかなんて、お見通しさ。

 ほら……これをご覧」


 ウェヒカポはポケットには電子端末が入っていた。

 その画面をユージへと見せる。


 それは誰もが知るSNS。

 複数のアカウントが悪口を書き込んでいる。


「へぇ……確かに。

 けど、これは本当にあいつらが書いたのか?

 別の誰かじゃないのか?」

「逆に聞くけど、あいつらじゃなかったら、

 誰だって言うんだい?」

「そうだな……お前を知っている誰か。

 地球に存在していた一個人だろう」

「えらく話が大げさになったね。

 一個人だろうが、なんだろうが、

 あたしを悪く言う奴が、

 間違いなくどこかにいるんだ」


 ユージは深々と頷く。


「そうだな。確かにそうだ。

 けど、それはアイツらじゃないかもしれない」

「どうして言い切れるんだい?」

「証拠がないからだ。

 これを書き込んだ人間が複数存在する証拠もない。

 誰かひとりが自作自演をしているだけかもしれない。

 あるいは、お前の情報をつかんだ無関係の第三者が、

 お前を貶める目的で書いた、でたらめかも」

「そんなはず……」

「ないって言うのか?」


 ユージはかがみこんでウェヒカポの顔を覗き込み、そっと電子端末の画面を目の前に差し出す。


「よく見てみろ、これを。

 これは声なんかじゃない。

 これはお前を殺したりしない。

 身体に傷一つ負わせることもできない。

 ただの文章なんだよ」


 電子端末にはSNSの画面が映されている。

 そこにはウェヒカポの悪口が書かれていた。


 きもい、うざい、ぶす、しね。


 小学生が言うような陳腐な内容の悪口が、規則正しく並んでいるだけだった。


「ふふふっ……。

 あたしはいったい何をしていたんだろうね。

 こんな下らない言葉に心を痛めて、

 首をくくっちまうなんてさ……。

 我ながら、馬鹿なことをしたよ」


 しみじみとそう言うウェヒカポは今までの人生を振り返る。


 ぞっとするくらいに冗長で退屈だった人生は、声との戦いに明け暮れて終わった。人としての喜びは全て捨てて、こんな身体になってしまった。


 もし……もしも、誰かが……こんな風に受け止めてくれたのなら……もっと違った人生を歩めただろう。


 ――だが。


「でも、もう手遅れなんだよ。

 あたしゃ、リッチになっちまった。

 今更、別の生き方なんてできない」

「またあやまちを繰り返すのか?」

「過ち? バカ言っちゃいけないよ。

 あたしゃね、この戦いに全てを賭けてるんだよ。

 後に引くなんて真似は絶対にできない。

 悪いけど、最後まで戦わせてもらうからね」


 ウェヒカポは立ち上がりユージを睨みつける。

 すると彼は口元を釣り上げて不敵に笑った。


「何を笑ってんだい⁉

 早く、あたしの身体から出ていきな!

 ここはあたしの場所なんだよ!」

「なぁ……ウェヒカポ。

 気づくのが遅くないか?

 お前はもう、手遅れなんだよ」


 ユージはそう言った。

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