207 奪還
「アナロワ! プゥリ! お前らは左右に回れ!
トゥエは敵の真上へ!
俺は正面からぶつかりに行く!
フェルは一緒に来い!」
「「「「おおっ!!!」」」」
ノインの掛け声と共に駆け出していく一同。
セレンは彼らの背中を見送り、微妙に距離を置きながら敵へと近づく。
先ず、アナロワとプゥリが敵に接近し、左側と右側に分かれて回り込む。
レッドイーターは捕食しようと触手を伸ばすが、アナロワは隙間を掻い潜って回避。プゥリは高速で走り回り、敵の攻撃を寄せ付けない。
二人はレッドイーターと微妙な距離を保ちつつ、敵の注意を引き付ける。
トゥエは敵の頭上でグルグルと回って敵をかく乱。
こちらも触手での攻撃を受けるが、捕まることなく逃げ切っていた。
「うおおおおおおおっ!」
正面から突っ込んだノインは触手を巨大な肉切り包丁で切り払う。
一振りで数本の触手を切り捨てる威力がある。
……しかし。
なんど切断されようが、次から次へと触手が生えてくる。切り離された部位も本体の所へ行って融合。全くダメージを受けていない。
だが目的は敵の撃破ではない。
触手での攻撃を誘発して、敵の体積を分散させるのが目的。
見たところ、敵は四方に触手を伸ばし、中央部分が微妙に薄くなっているように見える。今ならセレンの必殺技で貫けるかもしれない。
フェルはまだパチンコを放たない。
敵の位置を把握できていないのだろう。
まだかまだかと待ち構えていると気が急いて困る。
失敗するかもしれない。
攻撃が成功したとしても、ウェヒカポには当たらないかもしれない。
もし奴を逃がせば、ハーデッドが殺される。
そんなことになったら――
フェルからの指示はまだない。
何をしているのかと苛立ちが募る。
早く――
パン。
フェルがパチンコを放った。
真っ赤なレッドイーターの身体に、青い塗料が付着する。
あそこを貫けば――!
「うおおおおおおおっ!」
セレンはセイントクラッシュを発動。
敵に向かって勢いよく突進していく。
レッドイーターは危機を察したのか、無数の触手を伸ばして防御をする。
だが、もう遅い。
狙いは完全に定まっている。
聖属性のオーラは触手を全て破壊し、青い塗料の付着した部位を勢いよく貫通。レッドイーターの身体に巨大な穴が穿たれる。
「なんてことだい⁉ このあたしがぁぁぁっ!」
露出した体内に、ウェヒカポの姿が見えた。
上半身の右側が大きく削り取られている。
頭部は無傷で残っているが、あの状態ではまともに戦えまい。
セレンは勝利を確信した……その時だ。
どすっ。
鈍い音とともに、身体が急に重くなる。
腹部に強烈な違和感を覚え、下を見ると――
大きな棘が身体に刺さっていた。
「……え? なに……これ?」
腹部が急に熱くなる。
足を伝って流れ落ちる液体が血液であると気づく。
全身から熱が失われ、意識が薄れていく。
「ぬおおおおおおお……」
悲鳴を上げるレッドイーター。
大きく身体を震わせながら、周囲に棘をばらまいている。
不幸にもあの無差別攻撃がセレンの身体を捉えてしまったのだ。
「どうしよう……ハーデッド……。
僕は……もうだめみたいだ」
はばたく気力も残されておらず、セレンはゆっくりと地面へ落下していく。
「キヒヒヒヒ! ざまぁないね!
あたしに酷いことをするからだよ!
そのまま死んでしまえ!」
勝ち誇るウェヒカポの声が聞こえる。
奴に対する憎しみすらわかない。
もう何もかもがどうでもいい。
気が遠くなって、現実感が喪失する。
目に映る全てが幻のように思えて、夢の中へと落ちていくかのような気分だ。
「しっかりするであります!
死んじゃだめであります!」
遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえる。
それが誰なのかも分からない。
視界がぼやけて、闇が広がっていく。
そんな中で、確かに彼は目撃した。
ウェヒカポが持っていた瓶が砕けちるのを。
「あぎゃあああああああ⁉
何するんだい! どこの誰が!
なんてことをやってくれたんだい!」
焦るウェヒカポ。
奴は大慌てで砕けた瓶の破片を拾おうとするが、無駄なことだ。
「やった! やりましたよ!」
「でかしたぞフェル!」
どうやら攻撃を成功させたのはフェルのようだ。
彼は最高にいい仕事をしてくれた。
僕の犠牲は無駄にならない。
そう思えたら気が楽になった。
これで……ハーデッドは助かる。
本当に……良かった……。
なんだいこれは⁉
なんなんだいこれは⁉
ウェヒカポは砕け散った瓶を見下ろし、思わず頭を掻きむしる。
右半身は完全に消失しているので、動かせるのは左手だけ。
レッドイーターさえいれば、絶対に安全だと疑いもしなかった。その過信がウェヒカポを追い詰め、危険な状況へと追い込んでしまった。
だが……まだ大丈夫。
ユージの魂が手元を離れたからと言って、奴が直ぐに復活するとは思えない。湖は完全に凍っているので、水底の死体に憑依しても外へは出られないはず。
ミィを止めるのには、まだまだ時間がかかる。
アレが暴れているうちに安全な場所へと退避して、立て直しを図るのがベストだろう。
損壊した肉体の修復には時間がかかるが、不可能なわけじゃない。
すぐにでもここから逃れて……。
「どこへ行くと言うんだ?」
「知らないよ! とにかく安全な……うん?」
誰かの声が聞こえる。
いつも聞こえる悪口とは違う。
明確に意思疎通を図ろうとするその声には、きちんとした人の意志が込められていた。
「これは幻聴、これは幻聴、これは幻聴。
なにも聞こえない、なにも聞こえない、なにも……」
「幻聴じゃないぞ、ちゃんと良く聞け。俺はユージだ」
「そんなバカな⁉」
思わず反応してしまった。
いつもは幻聴に返事なんてしないのに……。
「どこだい⁉ 何処にいるんだい!
さっさと出てきて……あれ?」
気づくと真っ暗闇の空間にいた。
辺りを見渡しても何も見えない。
しかし、自然と自分の身体は確認できる。
ここはいったい……。
「ここはお前の心象風景だ。
俺の心と交じって何も見えない状態だがな」
声のする方を向く。
そこには……。
「よぉ、初めまして……とでもいうべきかな。
この姿で誰かに会うのは初めてだ」
くたびれたスーツ姿のおっさんが立っていた。




