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200 湖畔にて

 ハーデッドはサナト、エイネリ、フェル、そして天使の少年を引き連れて湖へと向かう。


 巨大な怪魚が生息しているとクロコドが言っていた。

 どれほどの脅威になりうるのかは不明。


「サナト、周囲の魔力残渣をフェルとともに調べろ。

 ウェヒカポの痕跡が見つかるかもしれぬ」

「でも、消されているのでは?」

「優秀な術者であっても、必ずどこかに綻びが生じる。

 貴様ならどんなに些細な魔力でも見逃すまい。

 期待しているぞ」

「……はい」


 サナトとフェルは湖周辺の捜索を開始。

 巨大な湖なので時間がかかるだろう。


「ハーデッド様、わたくしは?」

「湖に潜って魚とりでもしていろ」

「酷いですの! あんまりですの!」

「何をわめいている。

 これから余が湖に潜ろうと言うのだ。

 怪魚を始末して危険を減らすのが貴様の役目であろう」

「そういうことなら……ですの!」


 エイネリは湖に飛び込んだ。

 もう上がってこなくていいと、心の底から思う。


「さて……少年」

「え? 何? まさか……ここで⁉」


 股間を抑える少年。


「バカを言うな。

 先ほど顔を見せたミィという少女を探せ。

 ついでにマムニールとその従者も。

 彼女たちを死なせたくないのだ」

「分かった……そう言うことなら、任せて」


 少年は空高く飛び上がり、周囲の捜索を開始。


「ふぅ……」


 ハーデッドはその場に腰かけ、湖を一望する。


 周囲を丘陵に囲まれたその湖には水鳥の姿がない。

 暗くよどんだ水が風に揺られ、湖岸に小さな波を作っている。


 もしこの中に奴がいたとすれば、水中で正面からぶつかることになる。


 以前に戦った時はなかなか手強く苦戦した。

 ウェヒカポは改造アンデッドを使役する厄介な敵。

 これから奴とタイマンで戦うが、果たして一人で勝てるだろうか?


 サナトとエイネリの二人だけでは心もとない。

 フェルという白兎族は戦力にならない。

 頼りになるのは――


 ハーデッドは空を見上げる。

 暗くなり始めた空の中に、白い羽を広げた少年の姿があった。

 アンデッドが相手なら彼の力が役に立つ。


 ハーデッドは心の中で苦笑する。


 不死王が天使と共闘。

 先代が聞いたらきっと呆れる。


「ハーデッド様っ!」


 箒に乗ったサナトが戻って来た。

 後ろにはフェルも乗っている。


「見つけました!

 湖畔にわずかではありますが、

 魔法を使った痕跡があります!」

「こっちも見つけたですの!」


 エイネリが戻って来た。

 両手に大量の魚を抱えている。


「この湖には沢山の怪魚が泳いでますの!

 でも、決して危険な存在ではないですの!

 普通に泳いでも問題ないですの!」

「うむ……そうか」


 エイネリの報告はどうでも良い。

 少年の方は……。


「向こうの方に三人。

 猫の獣人の女と、その奴隷従者。

 湖のほとりで様子を見てるみたい。

 ミィって人の姿は見えないな。

 もしかしたら先に潜ったのかも」

「そうか……もう、既に」


 ここで呑気に待っているわけにもいかない。

 さっさと彼女を追いかけよう。


「感謝するぞ、少年。

 さて……どうやら敵は湖の中にいるらしい。

 早速、敵を探しに行きたいが……」

「おひとりでは危険ですの!

 わたくしも付いて行きますの!」

「いや、待て。余にいい考えがあるのだ」

「いい考え……ですの?」


 キョトンとした顔で首をかしげるエイネリ。


「敵の狙いはユージではなく、余だ。

 余を見つければ捕まえようと追ってくる。

 敵を湖畔までおびき寄せるので、

 姿を現したら一気に叩いてくれ」

「心配ですの……やっぱりわたくしも……」

「貴様がいると、かえって動きにくくなる。

 頼むから一人で行かせてくれ」

「ひどいですの! あんまりですの!」


 エイネリが一緒に来たところで状況は変わらない。

 やはり一人で行くべきだろう。


 水中で戦ったことは一度もない。

 それは敵も同じはずだが、間違いなく罠を仕かけている。

 無策のまま行けば窮地に立たされる。


 何かあったらその時に悩めばいい。

 とりあえず今は、敵の誘いに乗ってやろう。


「ハーデッド……本当に一人で大丈夫なの?」


 少年が心配して声をかけて来た。


「多少は危険だが、なんとかなる。

 すぐに戻って来るから安心しろ。

 それと……なんだ。

 ちょっとこっちへ来い」


 ちょいちょいと手招きをして少年を呼び寄せる。


「……なに?」

「行ってきますの挨拶だ」

「んっ、分かった」


 少年は目を閉じる。

 ハーデッドは口づけをして、彼を抱きしめる。


 彼の身体は暖かい。

 血が通った、生者のぬくもり。

 それに対して、ハーデッドの身体は死人のように冷たい。


 アンデッドなので、死人のようなものだが、身体の中には血が巡っている。

 歩く死体とは違うのだ。


 彼はこの身体を抱きしめて、冷たいと思っただろうか?


 お互いの身体の感触を十分に堪能すると、二人は名残惜しそうに身体を離す。


「ねぇ……ハーデッド。

 僕の名前、まだ教えてなかったよね」

「そう言えばそうだな……。

 まぁ、それは帰ってから聞くとしよう。

 必ず生きて戻るから、その時に教えてくれ」


 そんなことをして不幸な結果にならないか。

 誰もがそう思ったことだろう。


 実はハーデッドも同じように思った。

 大切なことを後回しにすると死亡する陳腐なお約束があるのを知っている。


 それでも、名前は聞かない。

 別にこだわりがあるわけではない。

 ただそうしたかったから。

 彼の名前を聞くのはもっと後でもいい。


「謝らなくちゃいけないことがあるんだ。

 初めて君に会った時、偽物だと思ったんだよ」


 冷静に考えればそうなるか。

 見知らぬ人物が魔王だと名乗ったところで、誰が信じるだろうか。


「ならば、余が本物であると、今から証明してみせよう。

 本物の魔王の実力、とくと見よ」


 ハーデッドは湖へと飛び込んだ。

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