20 黒騎士
「なんだテメェ……」
「…………」
突然、現れた黒騎士。
漆黒の鎧を身にまとい、同じく黒い刀身の剣を携えている。その正体は不明。
彼の目的やいかに。
「なんか言えよ、この野郎!」
「マティス! 離れて!」
アリサが魔法を発動する。
「魔を滅する光の弾丸よ!
かの者を滅して無に帰せ!
ホーリーボール!」
放たれた光の弾丸は目標へと飛んでいく。
あれは光属性の攻撃魔法で、標的を一瞬で焼けこがすほどの威力がある。当たればタダでは済まない。
しかし……黒騎士の手から放たれた紫色のもやが魔法をからめとり、消し去ってしまった。
「え? どうして⁉」
「なんだこいつ……人間なのか?」
「分からないけど、ヤバいよあいつ!
レオンハルトより強いんじゃない⁉」
驚愕するアリサとマティス。
突然の黒騎士の登場。更には魔法を無力化したことに対し、二人は動揺を隠せないでいる。
それもそのはず。黒騎士が発動したのは対滅呪文。
対滅呪文はどんな魔法も例外なく無力化する。使い手が限られるうえ、習得難易度も最高レベル。彼らが驚くのも無理はない。
「今の対滅呪文も無詠唱だったし、
あの黒騎士はかなり強いはずよ!」
「だとしてもここで引くわけにはいかねぇ。
おい黒騎士っ! テメェが何者だか知らねーが、
俺に戦いを挑んだのが間違いだったなぁ!
ここには切り札の防具や武器がわんさかある!
その使い方を俺は全部把握してるんだぜ⁉
負けるわけがねぇ!」
盛大にフラグを立てるマティス君。彼がしくじる光景が、見える、見える。
「ふへへっ、先ずはこの兜!
これを身に着ければなぁ……。
どんな属性の攻撃もダメージを半減するっ!
つまりテメェは、二倍のダメージを与えなければ、
この俺を倒せねぇってことだっっっ!
はっはぁ! このクソ野郎!
これでチェックメイトだぁ!」
マティス君は何処から持ってきた兜を勢いよく頭に装着。
これで彼は、圧倒的優位に立てるはず……だった。
「…………?」
何か違和感を覚えたのかマティスは兜をかぶったまま動かない。しばらくして彼は兜を脱ぎ、その中にあったものを確認する。
「なんじゃこりゃあああああああああ⁉」
彼は両目を見開いて叫ぶ。
マティスの頭の上には黒くて太い軟らかめの物体。それは明らかに……。
「なっ、これ……え? なんで? え?」
いまいち、状況が飲み込めていない。匂いや感触から何が自分の身体に付着したのか、彼はもうとっくに理解しているはずだ。
しかし、現実を受け入れることを拒絶している。
ならば教えてやろう。絶望的な真実を。
「うんこだああああああああっ!
うんこ、うんこ、うんこっ!
ウンコが頭に乗ってやがる!
クソ勇者だぁ! 正真正銘、本物の……。
ウンコのついたクソ勇者だあああ!」
俺は叫んだ。
そう、勇者が被ったあの兜はミィが用を足すときに使ったもの。偶然彼はそれを手に取り、愚かにも身に着けてしまったのだ。
……かわいそうに。
そんな彼を俺は全力で地獄へ突き落とす。
「うんこ! うんこ! うんこー!
マティス君はクソ勇者!
ウンコマン! ウンコマン!
マティス君はクソったれぇ!」
「てっ……テメェ……」
目を血走らせ、俺を睨みつけるマティス。
それでいい。ヘイトを全て俺へ向けろ。
戦いの中で最もやってはならないのは敵から目を逸らすことだ。
「魔王ナックルっ!」
「ぼへぇ! うげぇ……」
横から勢いよく殴られるマティス君。目くらましから立ち直った魔王が奴の顔面を勢いよく殴打する。
注意を逸らしていた彼は強烈な一撃をもろにくらい完全にノックダウン。
「っ⁉ マティス!」
彼を助けに向かったアリサは何かを勢いよく地面へと叩きつけた。二人の姿は煙に包まれる。
煙幕を発生させる道具を使ったのだろう。いつでも逃げられるように持ち歩いていたのか? 用意周到な奴らだな。
煙が消えてなくなると二人の姿は見えなくなっていた。どうやらどこかに隠し通路があって、そこから逃げて行ったようだ。
「ふっ、逃げたか。たわいもない」
勝ち誇る魔王。縮れた毛がシュール。
「閣下、よくぞご無事で」
「ユージか、貴様のお陰で助かったぞ。
しかし……その者は何者だ?」
黒騎士の方を見て尋ねるレオンハルト。なんて言い訳をしたものか。
「おい、俺を拾ってくれるか?」
「…………」
無言で俺を拾い上げる黒騎士。魔王の方へと顔を向けてもらう。
「この者は私が作り出した機械生物です」
「機械生物……だと?」
「ええ、死霊術を応用して、
人間の魂を甲冑に封じ込め、
アンデッドとして使役しているのです」
「なんと……そんなことが⁉」
「現にこうして動いているではありませんか」
魔王は顎を擦りながら不思議そうに黒騎士を見やる。
「では……その中身はからなのか?」
「ええ、空っぽでございます」
「妙に人間くさいが?」
鼻をスンスンとさせる魔王。
「そう言う仕様でございます。
人間らしさを失ってしまえば、
人間の社会へ溶け込むことは不可能。
匂いも奴らを欺くための仕掛けでございます」
「ふむ、なるほど。
貴様が死霊術に精通していたのは知っていたが、
まさかこんな代物までこさえるとはな。
ゆくゆくはこの機械生物で兵団を作り、
一大勢力とするのはどうだ?」
んなもん作れるはずがない。今言ったのは全て出まかせだからだ。機械生物なんて知らねぇっての。
「あくまで研究の段階でして……。
実現は遠い未来になるかと思われます。
この試作機も偶然完成したようなもので、
量産化するのはまだ先のことかと」
「ふむ……では予算を割いてやるから、
全力で研究をすすめろ。
これは命令である」
盛大にドヤって勅命を下す魔王。毛がちぢれているのでカッコよくない。
「さて、ここから脱出しなければならぬ。
それにしても……。
なぜ我々はここに呼び出された?」
「勇者の罠ではないでしょうか?
私にもよく分かりません」
「俺一人で切り抜けられたか微妙なところだった。
貴様らがいてくれて助かったぞ、礼を言う」
なんだか良く分かっていない魔王は適当な事を言う俺を信じてくれた。この人が素直で本当に良かった。
さっきの勇者たちの言動からしたら、奴らの仕業でないことは明白なのだがね。
「しかし……変だな。
人間の女にボコボコにされたような気がするのだが、
アレは幻だったのだろうか?」
「おそらく敵が見せた幻術かと」
「幻術にしてはあまりに明瞭な幻だった。
その幻と同じ匂いが、
そこの黒騎士からするのだが?」
気のせいです。気のせいですってば。
魔王をぼっこぼこにした幻と黒騎士はなんの関係もございません。
ええ……ホントに。