199 シロの能力
「なんですと?」
クロコドは目を丸くする。
「ここに敵がいると?」
「ああ、他に考えられん」
「ですがここは……」
「湖だな」
「ですね」
ハーデッドが示したのは丘から少し離れた場所にある湖。
その中央。
「アンデッドなら、呼吸をしなくても済む。
湖の底で我々を待ち構えているのかもしれぬ」
「確かに呼吸しなくてもよいのなら、
そこに隠れている可能性は大きいでしょうが……」
クロコドはハーデッドの意見に賛同しかねる様子。
「余の推測に、何か問題でも?」
「あそこには巨大な怪魚が生息しています。
たとえ手練れのリッチであったとしても、
うかつに近づけば痛い目を見るかと」
そう聞いて、逆にハーデッドは確信する。
「むしろ奴は危険な場所を特に好む。
怪魚だろうが、怪獣だろうが、
ウェヒカポにとっては実験材料でしかない。
間違いなくここにいると思うぞ」
「左様ですか……」
クロコドは納得したようだ。
他の幹部たちも反論しない。
「レオンハルト王はどう思われるか?」
「俺もハーデッド殿の意見に同意する」
「よろしい、ならば湖を捜索するとしよう。
直ちに部隊を招集して、ここへ」
「おい! 貴様、何者だ⁉」
テントの入り口が騒がしい。
見張りのオークが誰かを引き留めている。
「はなして! 中へ入れて!」
「ダメだと言ったらだめだ!
誰だ、こんな奴を連れて来たのは……」
「なんだ、どうしたと言うのだ?」
ハーデッドは外へ出て様子を見に行った。
そこにいたのは……。
「……ミィ?」
マムニールの所で世話をしてくれた奴隷の少女だ。
「どうして貴様がここに?」
「それは私が連れて来たからよぉ。
ご主人様が心配だって言うから、仕方なく」
マムニールがゆったりとした歩調で歩いてくる。
後ろには二人の奴隷の従者。
従者の名前は確か、シャミとベル。
二人ともよく世話をしてくれたので覚えている。
「その少女は関係者だ。通してやれ」
「え? ですが……」
「いいから言う通りにしろ。
別に邪魔をしに来たわけではあるまい」
「はぁ……わかりました」
ハーデッドが言うと、オークは大人しく引き下がった。
「よし、ミィ。入れ」
「……ありがとう」
彼女はハーデッドに促されてテントの中へ。
マムニールたちも後に続く。
「おい……何だ貴様らは?」
「どうして奴隷が⁉」
蛙と牛の獣人が不快感を露にする。
彼らからすれば、奴隷がこの場にいること自体あり得ないことなのだろう。
「ご迷惑をおかけします、魔王様。
うちの子がどうしてもと言ってきかなくて、
無礼を承知でお邪魔させて頂きました」
そう言って深々と頭を下げるマムニール。
後ろにいる二人も同じようにする。
「気にしなくていいよぉ、別にー」
「ごほっ! ごっほん!」
「え? シロちゃん、どうしたの?」
「魔王らしいふるまい」
「あっ。そうだったね……んふっ!
余が魔王レオンハルトである!」
今更、態度を改めても遅い。
「それで、ユージは見つかったんですか⁉」
「うむ……どうやら湖にいるようだ。
ここから少し離れた場所にある……って。
どこ行くの⁉ ねぇ!」
「ちょ、待ちなさい! ミィ!」
「あの子って、本当バカっ!」
「ミィちゃん待って!」
レオンハルトが最後まで話し終わるのを待たず、ミィはテントから飛び出してしまう。
マムニールと二人の奴隷従者が慌ててあとを追う。
「神聖な会議の場に奴隷を連れてくるなど……」
「しかも女ですよ、女。何を考えているやら……」
蛙と牛が文句を言っているが、そんな場合か。
ハーデッドが二人を睨みつけると、バツが悪そうに顔を背ける。
相手が魔王になると口をつぐむか。
まったく……なんと情けない。
「おい、クロコド。
貴様は直ぐに自分の部隊を率いて湖へ向かえ。
全軍が集結するのを待っていたら遅くなる」
「分かりました、直ちに……ハーデッド様は?」
「余も直ぐに湖へ向かう。胸騒ぎがするのだ」
ミィの登場は良からぬものをハーデッドに感じさせた。
もやもやとした不安が去来する。
不安の正体が何か、分からない。
なんとも言えないもどかしさを感じながらも、湖へと向かおうとテントを出る。
「……待って」
後を追ってきたシロがハーデッドを呼び止めた。
「なんだ? 余に用か?」
「ミィを助けてあげて欲しい。
彼女は不安に押しつぶされそうになっている。
このまま放置したらミィは……」
「闇に呑まれてしまう……とでも?」
シロは小さく頷いた。
「よく分からんな。あの少女がなんだと言うのだ?」
「彼女は大きな力を持っている。
でも、心はあまりに未熟で不安定。
ユージを失ったことで、彼女は自分を見失い、
力の使い道を誤るかもしれない。
このまま放っておけば世界が危うい」
「それを止められるのは余しかいないと」
「……そう」
えらく期待されたものだ。
世界を救うとは大げさだが、スケルトン一人助けるくらい他愛ない。魔王たるもの、これくらい簡単にこなせて当然。
しかし……シロは何を言っているのだろうか?
あまりに話が大げさすぎる。
冗談を言っているようには見えないが……。
「任せておけ、必ずやユージを助け、
貴様らの元へと返してやろう」
「……お願い」
「それはそうと、シロとやら。
貴様は何者なのだ?」
ハーデッドが問うと彼女は……。
「自分自身の性質をまだよく理解できていない。
けれど、能力は把握している。
私は他人にマナを供給することができる。
あと……心が読める」
「面白い、では余の心を読んでみろ」
「とても純粋で清らか。
悪意のかけらもなく、無垢で透き通っている」
「……は? 嘘をつけ、嘘を」
ハーデッドは自覚している。
先代から受け継いだ魂が穢れていると。
……しかし。
「嘘じゃ……ない。
ハーデッドの心はとても綺麗。
人を貶めたり、苦しめたりしない。
自分に自信を持っていて、
夢と希望をひたむきに追いかける。
アナタはそういう人」
「ううむ……」
純粋だの、無垢だの、そう言われても素直に受け入れられない。
自分の心はもっと汚れていると思っていた。
シロには心を読む力などなく、適当に言っているだけなのかもしれない。
「じーっ……」
穴が開くほど見つめてくるシロ。
返答を待っているのだろうか?
「分かった、貴様の言う通りであろう。
余は純粋で穢れのない魂をしているのかもしれぬ」
「魂は関係ない、綺麗なのは心」
「うむ……そうであったな」
ハーデッドはシロの頭を撫でる。
彼女は表情を一切変えない。
けれども、どことなく嬉しそうにしている。
ハーデッドはそう思った。




