197 適材適所
「ふぅ……」
ハーデッドはベッドに腰かけ、満足そうに隣を見やる。
そこには少年が横たわっている。
彼はぜぇぜぇと荒く呼吸を繰り返し、身体は汗でびっしょりと濡れていた。
「どうだ、少年。感想は?」
「ハァ……ハァ……酷いよ。
あんなにやめてってお願いしたのに……」
「すまない。
貴様の泣きそうな顔を見ていると、
つい意地悪な気持ちになってな。
少しばかりやりすぎてしまった」
「それよりも……君の手、大丈夫なの?」
「ああ、まぁ……なんとか」
ハーデッドは自分の右手を見やる。
掌から手首にかけて、焼けただれたような跡が残っている。少しずつ再生はしているものの、まだちょっとヒリヒリと痛む。
「まさか天使の××に浄化の力があるとはな。
知らずに体内に入れていたら大変なことになった」
「僕も知らなかったよ。
意図せず、君のことを傷つけてしまったから、
そのことは申し訳ないと思ってる。
でも……だからって……」
少年は不満そうにほほを膨らませる。
「別にやり返したわけではないぞ、少年。
貴様があまりに愛おしすぎるから、
ついやりすぎてしまったのだ。
なんなら、今からもう一回やっても……」
「もっ……もう勘弁だよ」
少年は悲鳴にも似た声を上げる。
「そもそも、なんで君はそんなに上手なのさ。
君だって初めてだったはずだろ?」
「余の体内に存在する魂のうち二つは経験豊富な男の魂だ。
女の扱いには慣れているというわけだ。
十分楽しめたであろう?」
「うう……」
少年は恥ずかしそうに眼を逸らす。
ハーデッドはそんな彼の顎に指を添え、無理やり自分の方へと向ける。
そして、唇を重ね、舌を絡ませる。
「ぷはぁ……もう何度キスしたか分からないよ。
飽きたりしないの?」
「飽きる? バカを言え、少年。
この程度のことで飽きてしまっていたら、
冗長な人生をどう楽しめというのだ。
これからずっと貴様を徹底的に味わい尽くしてやる。
余が飽き飽きして手放したくなるまで、
長い年月をかけてゆっくりじわじわとな」
「ハハハ……」
「ということで、もう一回」
「え? あっ……むちゅ」
再びキスをする二人。
それからまた気分が盛り上がってしまいました。
それから二人で風呂に入って身体を清め、あれこれと支度をしていたら時間が無駄にかかった。
ゆっくりと昼食をとる暇もなく、ウェヒカポを捜索する部隊と合流する。
「ということで、俺とハーデッド殿と合同で、
ユージの捜索部隊を結成したいと思いまーす。
みんなよろしくねー」
「よろしく頼むぞ、皆の衆!」
二人並んで挨拶するレオンハルトとハーデッド。
その前には無数の獣人とオークの兵士たち。
スケルトン一匹を探すにしては随分と物々しい様相である。
レオンハルトにとって、あの骨は無くてはならない存在。
絶対に取り戻したいのだろう。
「えー、それでは早速。
現場へ向かいたいところなんだけども。
ユージの部下のサナトさんとフェルくんが、
敵が潜んでそうな場所に見当をつけたので、
そこへ行こうと思いまーす!
じゃぁ、あとサナトさんお願い」
「あっ……はい!」
レオンハルトはサナトを呼び、集まった兵士たちへの説明を丸投げ。
サナトは敵が潜んでいそうな場所を地図で説明。
兵士たちを何班かに分けて、怪しそうなポイントを捜索するよう伝える。
各部隊には白兎族の者が一人付き、敵が残した魔力残渣をもとに詳しい場所を特定。居場所が分かったら部隊を集結させ、一気に突入して勝負を決める。
このように簡単な内容の作戦だが、サナトはそれを説明するだけでも苦労している。
何度も何度も手に持っている書類を見返して、時には読み間違いをして訂正をし、えーっとだの、うーんだの、うめきながら、なんとか説明を続ける。
サナトの優秀さはハーデッドも知っている。
以前に彼女に助けられたのだから決して無能だとは思わない。
しかし、彼女はこうした場で矢面に立つのは苦手なのかもしれない。多数の公衆を前にして話をするのは、それ相応の力が必要だ。
サナトにはそう言う力がないのだろう。
それは見ていればなんとなく分かる。
「クスクス、無様ですの」
サナトのそんな姿を見て、エイネリが笑う。
こういう仕事はエイネリの方が向いている。
ハーデッドはなんとなくそう思った。
もしここにユージとやらがいれば、また違った結果になっていたのだろうか?
「おいっ! 何言ってんのか分かんねぇぞ!」
「きちんと喋れ!」
「なんで魔女なんかがしゃしゃり出てきてんだ!」
「人間くせーんだよ!」
獣人たちからヤジが飛ぶ。
と同時に、誰かが物を投げつけた。
「きゃ……あっ」
「大丈夫か?」
投げつけられたのは石だった。
サナトにぶつかる寸前でハーデッドがキャッチ。
大事には至らずにすんだ。
「すっ、すみません……」
「よい、気にするな。
しかし、とんでもない奴らだな。
仲間に石を投げるとは……。
この国の国民はどうかしている」
「……私もそう思います」
「こんな国と知っていながら、
ここで働いている貴様もどうかと思うがな」
「うっ……それは……」
サナトは気まずそうに俯いていた。
ふと、民衆に目を向けると、ちょうど石を投げようとしている者が見えた。
ハーデッドはそいつに向かって石を投げつける。
「ごはぁっ!」
顔面に石が命中し、のけぞって倒れる獣人。
「次はどいつだ?
余が直接叩きのめしてやるぞ!
どんどん物を投げてこい!
やり返される覚悟があればなぁ!」
ハーデッドが言うと、兵士たちは急に大人しくなる。
「ふんっ、たわいもない。
サナトよ、さっさと説明を終わらせてしまえ。
こんなところで時間を潰しているのは惜しい」
「はっ……はい! 分かりました」
それから大した騒ぎが起きることもなく、無事に説明は終了した。
「さっきはありがとうございました」
サナトが礼を言いに来た。
「なぁに、構わん。気にするほどのことではない」
「いえいえ、本当に助かりましたので、
お礼を言わせて下さい。
私って、ああいうの苦手なんですよ……」
「……だろうな」
サナトはあまり目立つ存在ではない。
どちらかと言えば裏方に回るタイプだろう。
「それにしてもお久しぶりです。
私の方から挨拶をしに行くべきでしたけど、
遅れてしまって申し訳ありません。
ここ数日、色々と立て込んでいまして……」
「余も貴様がこの国にいると知っていれば、
真っ先に挨拶をしに向かったのだがな。
まぁ……そのことはもういいだろう。
久しく顔を見ていなかったので、
またこうして会えたことを嬉しく思うぞ」
「勿体ないお言葉です」
照れくさそうに頭を下げるサナト。
「しかし……どうしてゼノに?
貴様なら他の国でも働けたであろう。
おまけに幹部級の扱いとは。
獣人ばかりの国で、よく出世できたものだ」
「なんというか……成り行きで」
サナトは謙遜しているのか、
誉め言葉を素直に受け取らない。
「私がこの国で仕事をしていられるのは、
全部ユージ様のおかげなんです。
あの人が仕事を紹介してくれなかったら、
今頃他の国に行ってるんじゃないですかね」
「なるほど……な」
サナトを引き留めるだけの力を持った男ユージ。
彼が何者なのか、がぜん興味が湧いて来た。
「貴様がそこまで褒めるのだから、
ユージとやらは人望があるのだろう。
なんとしても、取り戻さなくてはならんな」
「ええ……そうですね」
「さて、我々もそろそろ行くか。
獣人たちではリッチの術を看破できん。
サナト、エイネリ、余に続け。
ユージとやらを取り戻しに参る」
ハーデッドはユージを必ず取り戻すと決意する。
彼を取り戻すことで、自分に足りない何かが、見つかるような気がしたからだ。




