196 世界をアンデッドで埋め尽くす
「世界をアンデッドで埋め尽くす?」
レオンハルトは首をかしげる。
「そんなことをして、何になると?」
「それは余もよく分からない。
ウェヒカポが何故そのようなことを企むのか、
奴に聞いてみたことはないのでな」
ハーデッドは肩をすくめる。
「ふむ……しかし、厄介なことになったな。
ウェヒカポとか言うリッチは、
ユージと引き換えにハーデッド殿の身柄を要求している。
我々は何としても彼を取り戻したいのだが……」
「申し訳ないが、余は取引材料になるつもりはない」
「無論、我々としても貴殿を差し出すのは避けたい。
イスレイとの国際問題になりかねぬので」
ハーデッドはそれを聞いてホッとしていた。
彼らを敵に回さずに済んで幸いである。
「ユージ殿を取り戻す算段は付いているのか?」
「敵は姿を隠ぺいする術に長けているようでな。
姿はおろか、匂いや音さえも遮断し、
追跡を振り切ってしまった。
我々では追うことができず、対応に苦慮している」
「であれば……協力者が必要だな。
あのリッチとは一度ことを構えている。
余もユージの捜索に手を貸そう」
「これはありがたい。
その献身に敬意を表する」
レオンハルトは礼を言うが、むしろ迷惑をかけたのはこちらの方だ。
ウェヒカポを何とかするのは自分の役目。
ハーデッドはそう自覚している。
「そのウェヒカポと言うのは、何者なのか」
「奴は……」
ハーデッドは以前に起こった出来事について話す。
あれは彼女にとっての初仕事。
イスレイの治安は決して悪くない。
欲求が希薄なアンデッドたちは、他人を羨むことはなく、興味すら抱かない。
住人同士のトラブルはほとんど起こらず、誰もが陰気に平和な生活を送っている。
事件が起こったのは地方の村。
住人であるヴァンパイアたちが次々と失踪。
原因を探るために向かった部隊も、同様に姿を消してしまった。
付近に強力な魔物が住み着いていると噂が立ち、並みの兵力では対抗できないので、力を貸してほしいと要請される。
どうせ暇だしと気軽に引き受けた彼女だが、現場に赴いて愕然とした。
村には何重にもバリケードが張り巡らされ、まるで戦争でもしているかのような物々しさ。
住人たちは完全武装で見張りを立て、24時間体制で警戒に当たっている。
にもかかわらず、いまだに行方不明になる者がいる。
一人、また一人と姿を消し、村人も、兵士も、すっかりおびえていた。
不思議なことに、犠牲者はヴァンパイアのみ。
デュラハンとリッチは被害を受けていない。
ということで、デュラハンを引き連れて山狩りを行い、リッチたちに魔法で捜索させた。
すると……案外すんなりと敵の正体が判明。
山の中に魔法で入り口が隠された穴倉があり、付近に大量の血痕が残されていたのだ。
敵の本拠地に違いないと思ったハーデッドはデュラハンたちを率いて突入。
その奥にいたのは……。
「ウェヒカポはヴァンパイアたちを材料にして、
生物をアンデッドにする実験を行っていたのだ。
何人ものヴァンパイアが解体され、血を抜かれ、
奴の実験材料にされていた」
苦々しい顔で告げるハーデッド。
あの時のことは思い出したくない。
ウェヒカポは数々の罠を張って待ち構えていた。
問題を起こしたのもハーデッドをおびき寄せるため。
全ては真祖の血を手に入れる計画だったのだ。
「どうしてそんなことをするのかと問うと、
奴は高笑いしながらこう答えた。
この世の全ての生物をアンデッドにすると」
「そんなことしたら、世の中つまんないと思うけどなぁ」
砕けた口調になるレオンハルト。
表情も柔らかくなっている。
「こほん」
「……おっと」
隣にいるシロが咳払いをすると、途端にきりっとした表情になるレオンハルト。
どうやら緊張感を保つのが苦手らしい。
「気を使わなくても結構だ。
余は誰にでもこういう態度なのでな。
無理に合わせなくても構わない」
「え? 本当ぉ?」
「……ダメ」
すかさずシロが待ったをかける。
「え? シロちゃん、なんで?」
「他の国の魔王を前にして、
一人だけふざけてたら示しがつかない」
「でも、緊張してお話しするのは疲れるよぅ」
「それでもダメ。耐えて。
王としての威厳を保って。
それがあなたの務め、義務」
「ううん……分かったよ……んもぅ」
レオンハルトは面倒くさそうに言う。
シロと言う少女は何者なのか?
ハーデッドはじっと彼女を見つめる。
向こうも視線に気づいたのか、こちらの方を見返して来た。
その無垢なる瞳の奥に、何やら不思議な力強さを感じる。
「おい、少年」
「え? 何?」
「あのシロと言う少女、何者だ?」
「良く分からないけど……。
オートマタか何かじゃない?」
少年は言う。
オートマタは魔法使いによって作り出された人工生命体。
人の手を介さずに、自立して動く機械生物の総称だ。
彼女は見たところ人間にしか見えないが、精巧に作られた人形と言う線も捨てきれない。
「それで……そのあと、どうなったのか?」
「余はウェヒカポと死闘を繰り広げ、なんとか退けた。
だが……やつを取り逃がしてしまってな」
「ふむ……」
あの事件以来、ウェヒカポの行方は分からず、捜索が続けられていた。
まさかこんな場所で出くわすとは……。
「これでウェヒカポの狙いは分かった。
全ての生物をアンデッドに作り替える為、
真祖の血を手に入れようとしているのだろう。
だが……それが確かなら、
貴殿が問題の解決に赴くのは危険な気もする。
飢えた猛獣にわざわざ餌をやる必要もない」
「確かに……そうだ。
余は大人しくしているべきかもしれん。
だが、そうするとユージは帰ってこんぞ」
「ううむ……」
レオンハルトは腕組みをして考え込む。
「分かった、じゃぁこうしよう」
「……?」
「俺も一緒にいく。
もし貴殿が危険にさらされたら、この俺が守る。
それでいいだろう」
「ほぅ……」
それは思わぬ申し出だった。
てっきり玉座でふんぞり返って、何もしないとばかり……。
「レオンハルト殿が余を守ってくれると言うのか。
大変に心強いが、よろしいのか?
自ら手を煩わせるような問題でもあるまいに」
「いや、ユージがいなくなったら大変なことになる。
あいつはどんな面倒ごとを押し付けても、
なんでも解決してくれる便利な駒だからな。
この国に必要不可欠な人材だ」
酷い言われようだな。
あのスケルトンも苦労しているのだろう。
レオンハルトはユージに大変な信頼を置いている。
彼が自ら動いてまで取り戻したい人材。
少しばかり興味がわいた。
「それでは早速、捜索に……と、言いたいところだが。
余とその連れは昨日から何も口にしていなくてな。
申し訳ないが食事を用意してほしいのだが、可能か?」
「ああ、直ぐに用意させよう。他に必要なものは?」
ハーデッドはにんまりと笑って答える。
「身体を清めたいので湯あみの準備を。
それと……ベッドのある個室を所望する」
「個室を? なんのために?」
「なぁに、戦場へ赴く前に心残りをなくしておく為だ。
直ぐに済ますので、少しばかり時間が欲しい」
「ふむ……」
レオンハルトは少年の方を見やる。
「貴殿も良い趣味をしているな」
彼はそう言って、にやりと笑った。




