195 鈍色のウェヒカポ
「こちらがレオンハルト様の部屋ですの」
エイネリの案内でレオンハルトの居室へ。
この中に、かの獣王がいるのだろうか。
「ねぇ……僕がここにいてもいいのかな?」
心配そうに少年が言う。
「ここまで来て何を言う」
「でも……僕、一応勇者だし」
「不用意にそのことを口にするな。
ばれたら厄介なことになるからな。
疑われたら私が上手く誤魔化してやる」
「うん……分かったよ」
彼を連れてくる必要はなかったが、放っておいたらどこかへ行ってしまいそうなので、手元に置いておきたかった。
「魔王様、いらっしゃいますでしょうか?」
「いるよー。誰?」
中から気の抜けた返事が返って来る。
これが魔王の声なのか?
「エイネリでございますですの」
「うん? ああ……ユージの部下か。入って良いよ」
「あの……実はハーデッド様を……」
「なんでもいいから、早く入って」
「あっ……はい」
エイネリはゆっくりと扉を開ける。
その中では……。
「あはははは! シロちゃん面白い?」
「カラッポ! カラッポ!」
「そうだよぉ、俺の頭の中はカラッポさぁ」
「しゅきいいいいいいいい!」
人間の少女を頭に乗せたライオンの獣人が、仲良さげに戯れていた。
「あの……魔王様?」
「うん? 君がエイネリだっけ?
えっと……それともそっち?」
エイネリとハーデッドを交互に見やるレオンハルト。
頭に乗せた少女がいじったからか、ご自慢の鬣はぼさぼさになっている。
「エイネリはわたくしですの。
ハーデッド様をお連れしましたの」
「え? ハーデッド? 何それ?」
「イスレイの魔王ですの」
「ふぅん……もう一人がハーデッド? よろしくねー」
にこやかに手を振るレオンハルト。
ハーデッドも笑みを浮かべて手を振り返す。
「…………」
「あれ? シロちゃん、急にどうしたの?」
レオンハルトがシロと呼んだ少女はぴょんと飛び降り、部屋の隅に置いてある櫛と手鏡を彼の所へ持って行く。
「整えて」
「……え?」
「乱れた鬣を整えて」
「え? あっ、うん……」
「それと、もっと魔王らしく振舞って。
ユージがここにいたらそう言う」
「え? ユージが?」
キョトンとする魔王。
シロはこちらを向いてペコリと頭を下げる。
「しばらく待っていて。
準備が整うまでもう少し時間がかかる」
「うむ、外で待っていればいいのだな?」
ハーデッドが言うと、シロは小さく頷いた。
「理解が早くて助かる」
「分かった、準備が整ったら教えてくれ」
ハーデッドは二人を連れて部屋から出た。
「ああもぅ……どうなってるですのこの国は。
せっかくハーデッド様をお連れしたのに……
恥ずかしいですの」
顔に両手を当てるエイネリ。
彼女が恥ずかしいと思うのは、この国の一員としての自覚を持っているからだろう。
「この国は住みよいか、エイネリよ」
「獣臭いことを除けば、それほど悪くないですの」
「イスレイと比べてどうだ?」
「それは……比較対象にならないと言うか。
墓場と家畜小屋を比較するようなもので、
どちらが良いかと聞かれても答えられませんの」
エイネリはそう言うが、ゼノのほうがずっと暮らしやすいはずだ。
「ハーデッド様はどう思いますの?」
「生まれて初めてイスレイの外へ出たからな。
この国は賑やかで面白いものが沢山あって、
十分に楽しめたぞ」
「それはなにより、ですの」
エイネリは少しだけほほ笑んだ。
それは初めて見る彼女の自然な表情。
いつも自分の前では不自然にほほ笑むか、もしくは狂ったように光悦とした顔つきなるか、そのどちらかだった。
エイネリを少しだけ理解できたような気がする。
「どうぞ……入って」
扉の向こうからシロの声が聞こえる。
エイネリが扉を開け、再び中へ。
「よくぞ参られた、ハーデッド殿。歓迎しますぞ」
玉座に腰かけ、堂々とするレオンハルト。
先ほどまでとはえらい違いだ。
彼のすぐ傍にシロが立っている。
彼女は背筋を伸ばし、両手を前にしてペコリと頭を下げた。
「うむ、お目通り叶ったこと、嬉しく思う。
余は魔王になってからまだ日が浅く、
至らぬ点も多く、迷惑をかけると思うが、
どうか大目に見て欲しい」
「話には聞いていたが……随分とお若い。
先代とは一度お会いしたことがあるが、
彼とはまた違った風格を持ち合わせている」
「先代と?」
ハーデッドが問うと、レオンハルトは大きく頷いた。
「ああ……と言っても軽く顔を合わせただけだが」
「もしかして、かの大会合の時に?」
大会合。
それは七大魔王が一堂に会する大イベント。
ハーデッドは今の身体になってから、まだそれに参加したことがない。
「その通り。
俺も一度しか参加していないが、
あれは気を使って心身ともに堪える。
できればもう開催してほしくないのだがな」
「その大会合、開催時期は確か来年だったか?」
「……忘れた」
レオンハルトは興味なさげに答えた。
「先代とはどんな話を?」
「ずっと黙っていたから分からんな。
向こうもこちらにあまり興味がなかったようだし……。
積極的に関わろうとは思わなかった」
先代から受け継いだ記憶の中に、ぼんやりとではあるがレオンハルトの姿があった。
ライオンの姿をしていて獣臭いと言う以外に情報はなく、大した関心を寄せていなかったのだと分かる。
「ところでハーデッド殿。
実は昨日から我が配下が行方不明になっているのだが、
何か心当たりはないだろうか?」
「スケルトンの?」
「お耳が早い。そのスケルトンの配下のことだ」
ユージを誘拐したリッチには心当たりがある。
正直に知っていることを伝えよう。
「そのスケルトンをさらった人物に心当たりがある。
確かな情報ではないのだが……」
「不確かでも構わない。
是非とも教えてくれないか、ハーデッド殿。
アイツがいなくなると大変に困るのだ」
「分かった……では……」
ユージをさらったと思われるリッチ。
ハーデッドはその名を告げる。
「そのリッチの名は鈍色のウェヒカポ。
大昔に転身した古株で、周囲からは一目置かれる存在だ。
謁見しに来た時に魂を捕らえる方法を編み出したとか、
そんなことを話していた気がする」
「ふぅむ……では確実な情報ではないのだな?」
「そうだ。だが……」
ハーデッドはユージをさらったのが、鈍色のウェヒカポであると睨んでいる。
何故ならば……。
「奴はこの世界をアンデッドで埋め尽くす気だ。
ゼノへ来たのも、それが狙いだろう」




