194 黙れ豚
「……と、言うわけだったのだ」
「ふぅん……」
ハーデッドの話を聞き終えた少年は、適当に相槌を打った。
二人は既に下水道を脱出して外へ出ている。
「で、結局のところ、君は誰の意志を受け継いだのさ」
「それが……余にもよく分からんのだ。
気づいたら今の人格になっていたからな。
あの少女の魂は今も余の中にあるが、
彼女が主人格になったとは思えぬのだ」
少年は嘗め回すようにハーデッドの身体を見つめる。
「じゃぁ、今の君の身体は少女のものだけど、
別人格が乗っ取っちゃったってことかな?」
「人聞きの悪いことを言うな。
これは余の身体だ。他人のものではない。
だがまぁ……ある意味では間違いでもない。
先代の不死王や、コータの魂も共存しているのだから、
乗っ取ったと言えばそうなのだろう」
「ふぅん……」
魂が混ざり合う感覚を伝えようとしても、上手く言葉にならずに理解してもらえない。無理に分かってもらう必要もないだろう。
ハーデッドにとってこの身体は自分のものであるし、三つの魂も今の人格を形成する為に必要な要素である。
「それはそうとさ……それ、やめたら?」
「何をだ?」
「君が乗っているそれ」
「うん?」
ハーデッドは首をかしげる。
少年は何が言いたいのだろう?
「趣味が悪いよ。恥ずかしい」
「辱めを受けているのはエイネリの方だぞ」
「それでも、そんなのに乗っていたら恥ずかしいよ」
「そうか?」
ハーデッドは自分がまたがっている存在を見下ろす。
それは四つん這いになり、ギャグボールを口にあてがい、目隠しをして、首に縄をつけられたエイネリだった。
「これの何が恥ずかしいのだ?」
「獣人もオークもドン引きしてるよ。
そんなのに乗ってたら、
魔王としての品格が落ちると思うけどな」
二人が歩いているのは、街の大通り。
大勢の獣人やオークやその他の種族が行き交っている。
二人とすれ違う人たちは、奇異の視線を向ける。
ある者は面白がり、ある者は不気味がり、ある者は軽蔑の目を二人へと向ける。
少年はそれに気づいて嫌になったが、ハーデッドは全く気にしていない。
メンタルが強いのか、空気が読めないのか、それとも底抜けにバカなのか。
「誰に何を言われようとも構わん。
これくらいやらぬと、
コイツは自分の立場をわきまえぬ。
徹底して叩きこんで教育してやるのだ」
「教育ならもっと他にやりようがあるでしょうに。
僕だったら絶対にそんな手段はとらないよ」
「ほぅ、では聞くが、貴様ならどうすると言うのだ?」
「…………」
少年はしばし悩む。
そしておもむろに口を開いた。
「僕だったら……そうだな。
誰も見ていない場所でやるね。
誰も見ていない、人目のつかない場所でね」
「ほぅれ、貴様も同じ考えではないか」
「いや、言ったよね? 誰も見ていない場所でって」
「人目があろうとなかろうと、
やっていることが同じなら同じなのだ。
素直に認めたらどうだ?」
「いや……もう、なんでもないです」
少年は意見するのを止めた。
「安心するのだ、少年。
貴様と致すときは、妙なプレイなどせずに、
いたってノーマルな行為にとどめておいてやる。
まぁ、貴様が所望するのなら別だが?」
「いや、僕はそんな……。
って、本当に僕とするつもりなの?
魔王なのに……いいの?」
「なんだ、貴様。いまさら怖気づいたか?」
ハーデッドが言うと、少年は……。
「怖気づいたと言うか……なんというか。
僕なんかと関係を持って、誰も咎めないのかなって」
「細かいことは気にするな、少年。
余に口出しできるものなどイスレイにはおらん。
それでだ少年。さっそく今夜、どうだ?」
「おお゛! もごっ! もごごごっ!」
馬になっているエイネリが反応を示した。
「おい、豚ぁ! 誰が発言を許した⁉
貴様は無様に這いずっていればいいのだ!
ほうら、さっさと歩け! この豚っ!」
「お゛っ! おお゛!」
エイネリのしりをビシバシと叩くと、彼女は身もだえして身体をくねらせる。
「動くなこの豚っ! 乗りにくいではないか!」
「お゛! お゛! お゛!」
「あんのぉ……そこで何を?」
気まずそうな顔をした二人のオークが話しかけて来た。
彼らは門の前で槍を持ち、見張りをしている。
いつの間にか魔王城の入り口まで来ていたようだ。
「見てわからぬか?
できの悪い配下に立場を分からせているのだ」
「見間違いでなきゃぁ、その人はエイネリ様ですよね?
その方はこの城で働いているので、
アナタの配下ではなく、レオンハルト様の配下。
そもそもあなたはどこの誰なの?」
「イスレイの魔王、ハーデッド・ヴァレントである」
ハーデッドがそう言うと、門番たちは顔を見合わせた。
「あの……ハーデッド様? 本当に?
それを証明することはできますか?」
「うむ、これを見ろ」
ハーデッドは右手を差し出し、手の甲の紋章を見せる。
「これで分かったであろう。
余がハーデッド本人であると」
「あのぉ……それ見せられても、
我々にはなんなのか分からないので、
きちんと判別できる人を呼んできます」
「あっ、ちょっと待って下さい」
少年がオークを呼びとめた。
「面倒だからエイネリさんに事情を説明してもらったら?
その方が手間を省けていいでしょ?
それに、このまま城へ入るのは嫌だよ。
一緒にいて恥ずかしいし、本当にやめて」
「分かった……貴様の言う通りにしよう」
ハーデッドはエイネリの身体から降りて、彼女の拘束を解いた。
「ぷはぁ! 空気! 美味しいですの!」
「エイネリ、面倒だからお前から説明しろ」
「分かりましたですの!」
エイネリは門番に事情を説明。
ハーデッドが本物であると証明する。
「ということで、この方を通してほしいですの!」
「わっ……分かりました」
オークたちは道を開けた。
二人とも腑に落ちない様子ではあるが、エイネリの言葉を疑ってはいないようだ。
「さぁ、行くぞ!」
「ねぇ、ここまで付いて来て聞くのもなんだけど。
魔王城でいったい何をするつもりなのさ?」
「決まっているだろう。
魔王に会って、この国を案内させるのだ。
ユージとか言うスケルトンは、
余を自由にさせてくれなかったからな」
「あっ、そのユージさまなんですけど……」
エイネリが発言する。
「実は昨日から行方不明になってるですの。
イスレイのリッチに魂ごとさらわれたとか」
「なんだと?」
ハーデッドは眉をひそめる。
そんな芸当を全てのリッチが出来るわけではない。
「もしかしたら奴かもしれんな」
「心当たりがありますの?」
「ああ、一人だけな。
レオンハルト殿の所へ案内しろ」
ハーデッドは急いで王のとこへと向かった。




