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191 普通の女の子になりたい

「こっ……降参……ですの」


 少年を解放したエイネリは、その場に力なくへたり込んでしまう。


「えっと……助かった……のかな?」


 戸惑いながらも少年はゆっくりとエイネリから離れ、ハーデッドの方を見やった。


「こっちへ来い、少年」


 ハーデッドは優しく少年に呼びかける。


 なんとなく、優しく微笑んでみた。

 両手をいっぱいに広げて迎え入れると、彼は胸の中に飛び込んで来る。


「…………」


 少年は何も言わない。

 ハーデッドの身体に抱き着き、幼い子供が母親に甘えるように、胸の谷間に顔を埋めてこすり合わせている。


 ハーデッドは彼の頭を優しく撫でて、自分の胸を押し当てる。


「……あんまりですの!

 わたくしに対してだけ、

 あんまりな仕打ちですの!」


 二人っきりの世界に入りかけたところで、エイネリの言葉が現実へと引き戻した。


「うるさいぞ、どこかへ消えろ」

「こんなにお慕い申し上げているのに……

 わたくしはどうでも良いと?」

「ああ、そうだ。どうでも良いぞ」

「酷い!」


 エイネリはふらふらと立ち上がり、ゾンビのような歩調で近づいてくる。


「……止まれ」

「わたくしも受け入れて欲しいですの。

 その少年のように甘やかして欲しいですの。

 お乳をしゃぶらせて欲しいですの!

「いや、別に授乳などしておらんが?」

「おっぱい吸わせろおおおお!」

「ふん!」

「あぎゃああああああああああ!」


 飛びかかろうとしたエイネリを軽くはじき、壁へたたきつけて大の字にめり込ませる。


「下級のヴァンパイアが、私に勝てると思うか?」

「おっ……思わ゛ない……でずの」


 壁にめり込んだまま、エイネリはかろうじて返事をする。


 こんな状態でも意識があるのだから、アンデッドとはいい加減な存在である。


「さて……そろそろここから出るか。

 おい、エイネリ! 出口がどこか教えろ!」

「あの……」

「なんだ少年?」

「言わなくちゃいけないことがあるんだ。

 実は……僕は……」


 少年は何かを告白しようとしている。

 彼が真実を口にする前に、先にエイネリが答えた。


「ハーデッド様、その子は天使ですの」

「やはりな……だが案ずるな、少年よ。

 たとえ貴様が天界の出身であろうと……」

「ちっ、違うんだ……僕が伝えようとしたのは……」

「その子は半分男の子で、半分女の子ですの」

「む、そうなのか?」


 へーデッドが問うと、少年は小さく頷いた。


「僕はどっちでもない中途半端な存在で……」

「そうか……まぁ、細かいことはどうでも良い」

「え? 気にしないの?」


 キョトンとする少年。

 ハーデッドはにんまりと笑って言う。


「実の所……余はどっちもいける口でな」

「そうだったのでありますの⁉」


 エイネリが勢いよく壁から飛び出した。


「そうならそうと、

 言って下さればよかったですの!

 このわたくしも受け入れて欲しいですの!

 ハーデッドさまあああああああ!」

「寄るな、俗物」

「あぎゃあああああああああ!」


 再び吹き飛ばされて壁へめり込むエイネリ。

 今度は上下さかさまになっていた。


「ねぇ……本当なの?」

「何がだ?」

「僕が半分女でも受け入れてくれるって……」

「ああ、余は男だとか、女だとか、

 そんな小さな枠組みにとらわれたりはしない」

「そうなんだ……よかった」


 少年は安心したように肩を下す。


「どうやら余に心を奪われたようだな」

「うん……もう否定はしないよ。

 乱暴だなとは思ったけど……。

 身体が触れ合っているうちに、なんか……。

 もう全部受け入れてもいいかなって。

 ねぇ……もっと君のことを教えてよ。

 僕はまだ、何も知らないんだ」

「いいだろう……あまり語ることもないが」


 ハーデッドは自分の来歴について簡単に話した。


 自分の体内には三つの魂が宿っている。

 一つはこの肉体の持ち主である奴隷の少女のもの。

 一つは異世界から転生してきた男性のもの。

 一つは真祖の血を引いた先代の不死王のもの。


 三人の魂と記憶は彼女の中で混ざり合い、新たなる人格が誕生した。

 それが今のハーデッドである。


 そして、三人には共通のねがいがあった。

 そのねがいはハーデッド自信の野望となっている。

 すなわち、それは……。


「普通の女の子になりたい……だ」

「え?」


 普通の女の子になりたい。

 そんなありふれたフレーズが彼女の口から出ると、少年は不思議なものを見るかのような顔つきになる。


「え? でも……さっき……」

「ああ、異世界の男のことだな?

 コイツもまた妙な志向の持ち主でな。

 女になって愛されたいという願望を持っていたのだ」

「へぇ……じゃぁ、先代の不死王は?

 どうして普通の女の子に?」

「ああ……あの方は……」


 ハーデッドは思い出す。

 不死王から真祖の血を受け継いだ時のことを。

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