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188 ハーデッドと天使の少年

「ふぅ……」


 ハーデッドは天井を見上げる。


 そこは真っ白な正方形の空間。

 天井には光源が設置されており、部屋が明るく照らされている。


 この空間へ迷い込んでからまる一日。

 脱出の手立てはいまだに見つからない。


「さて、そろそろ活動再開といこうか。

 こんな場所、早く出て行かないとね」


 背中に白い翼をもつ少年が言う。


 彼とは昨日、出会ったばかりだ。

 まだ名前も聞いていない。


「しかし……ここはなんなんだ?

 魔法で攻撃しても壁に傷一つつかん」

「もしかしたら君のための場所かもね」

「なんだと?」

「他に考え付かないよ。だってこんな……」


 少年は壁をコンコンと手の甲で小突く。


「こんなものを地下の作るなんて。

 誰かを捕まえるにしても、大げさすぎる」


 この施設はゲンクリーフンの地下。

 下水道の奥に存在している。


 誰がどんな目的でここを作ったのか。

 今のところ何も分かってない。

 ただ一つ、明確なのは、二人がこの場所から出られないと言うことだ。


「この施設の持ち主は余をどうするつもりだ?」

「人体実験でもするんじゃないの?

 真祖の血を引く存在だし、不思議じゃないね」

「実験だと? なんと無礼な……」

「無礼も承知の上でしょ。

 そもそも君に無礼じゃない部下なんて存在するの?」

「ぐぬぬ……」


 ハーデッドは何も言い返せなかった。

 普段から彼女を慕う部下など、皆無に近い。


「貴様、あまり余を馬鹿にするなよ?

 こう見えてもイスレイの……」

「はいはい、魔王ハーデッド様なんでしょ。

 何度も同じことを言わなくても分かるから」


 軽くあしらう少年。


 彼と出会ったのは昨日の早朝。

 ゲンクリーフンの裏路地を歩いている時に、ばったりと出会った。


 最初はこちらを警戒していたが、正体を明かすと彼は考え込んだ顔をして黙り、しばらくして一緒に行くと言い出す。


 彼は自分のことを翼人族だと言っていた。最近ゼノへ越して来たばかりだそうだ。

 不審に思ったが、大して危険もなさそうだし、一緒に行動することにした。


 二人で街を歩き回っていたのだが、追っ手を巻くために地下へと潜る。


 ゼノには古い下水道があり、そこを通って行けば安全に移動できると、少年は教えてくれた。


 下水道へ潜ったハーデッドだったが、あまりの臭さに辟易してしまい、さっさと外へ出たいと文句を言った。


 仕方がないと脱出口を探す少年だったが……この部屋の入り口を出口と間違って扉をくぐり、外へ出られなくなってしまう。

 扉があった場所には蓋がされ、魔法で攻撃しても開けることはできなかった。


「確かに、余には忠臣と呼べる者はいないが、

 一国の主であることに変わりはないのだぞ。

 それでも貴様はそんな無礼な口を利くのか?」

「うるさいなぁ……浄化しちゃうよ?」

「浄化?」

「あっ、いや……なんでもないよ」


 少年は時折、意味不明なことを口走る。

 何を考えているのかよく分からない。


 それに……その白い羽。

 本当に彼は翼人族なのだろうか?

 背中の翼が天使の羽に思えてならない。


 以前に、イスレイのヴァンパイアたちから、天使の存在を聞かされたことがある。


 天界に住まう彼らには、白い羽と頭上の輪が備わっていると言う。

 彼に頭上の輪はないが、白い羽はある。

 天使のように見えなくもない容姿。


「貴様……もしや天使ではあるまいな?」

「だったらどうする?」

「戦うにきまっているだろう。

 天使とアンデッドは宿敵同士。

 戦うことを宿命づけられた関係だ」

「へぇ……じゃぁ、僕が本物だったとして、

本気で戦って勝てると思う?」

「無論だ。余を誰だと思っている?」

「イスレイの魔王、ハーデッド様」

「その通りだ!」


 ハーデッドが声高らかに言うと、少年はため息をついた。


「なんだ……ため息なんてついて」

「そのハーデッド様の力をもってしても、

 ここから出られないとすると脱出は難しいなと」

「確かに……余の力でも突破できなかった。

 だが案ずるな少年!

 必ずや脱出経路を見つけ出し、

 ここから出て自由にしてやるぞ!」

「うん……そうだね」


 少年はハーデッドのテンションに付いていけない。

 うんざりした様子で背を向ける。


 彼は壁を触って仕掛けがないか調べているようだ。

 ハーデッドも隣へ行って同じようにする。


「……何してるの?」

「見れば分かるだろう。お前と同じことをしている」

「邪魔になるから他の場所でやってくれないかな?

ああもぅ……僕は一人で調べたいんだ。

 気が散るから他の所へ行ってよ」

「むぅ……」


 あまりに酷い言われよう。

 こんな扱いを受けたのは初めてだ。

 しかし……あまり悪い気はしない。


 イスレイでは誰もが彼女に無関心だった。


 アンデッドは自分のことにしか興味がなく、他人に対して驚くほど無関心。それがアンデッドたちの特性だと知っていたし、変えようとも思わなかった。


 目の前の少年がどんなに冷たい態度をとっても、いまさら気にする必要などない。

 むしろ……。


「……おい」


 ハーデッドは少年の肩をつかむ。


「なに? 手を離してよ」

「貴様、よく見てみると可愛い顔をしているな」

「……は?」

「もっと良く見せてみろ」


 ハーデッドは少年に強い興味を寄せている。

我慢できない、この衝動はなんだ?


 彼の肌は新雪のように白くて美しい。金色の髪は実りを迎えた麦畑のように豊かな色彩。瞳の色は深海を思わせるようなブルー。


 見れば見るほど、美しい。

 その美しさを自分だけのものにしたい。


 ハーデッドは少年の顎に手を添えて、無理やり自分の方を向かせる。


 そして……。

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