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187 破滅

「みんなユージが心配じゃないの⁉

 言い争いばっかりして……何がしたいの⁉

 ユージが大変なんだよ!

 もうちょっと真面目にやってよ!」


 ミィは思いのままに感情をぶちまける。


 彼らはユージが集めた部下たちだ。

 行方が分からなくなった主人を心配して、一丸となってこの問題に取り組むと思っていた。


 しかし……結果は見ての通りだ。


 ユージがいなくなった途端にバラバラ。

 互いにいがみ合い、協力しようともしない。


「…………」


 先ほどまで言い争っていた一同は急に黙り、一斉にミィの方を向く。


 誰も何も言わない。

 辺りに重苦しい雰囲気が漂う。


「……なに? なにか言ってよ」


 いたたまれなくなり、ミィは狼狽うろたえたように言う。


 向けられが視線からはマイナスの感情をひしひしと感じる。


 侮蔑、困惑、苛立ち、呆れ、無関心。


 様々な感情を含んだその視線に、ミィは既視感を覚えた。

 以前に似たような体験をしたことがある。


 パーティーを組んで魔王討伐を目指していた時、彼女を村八分にした女冒険者たちが、同じような視線を向けていた。


「あのさ……何か勘違いしてない?」


 サナトが言う。


「勘違い?」

「そそ、アンタはただの奴隷で、

 口出しできるような身分じゃないの。

 ユージさまのお気に入りだからって、

 調子に乗らないで」

「えっ……でも……」


 ミィは思わぬ言葉に困惑した。


「サナトの言う通りですの。

 奴隷が一人前に口を利くのはおかしいですの。

 自分の立場をわきまえるですの」


 エイネリが冷たくあしらう。


「ちっ……偉そうにしやがって……気に入らねぇ」

「同感ですね」


 ノインとアナロワが言った。


「部外者は口を出さないで欲しいであります」

「僕たちはユージさまには従うけど、

 君の言うことなんて知らないよ」


 迷惑そうな顔でトゥエとフェルが言う。


「…………」


 ムゥリエンナは何も言わない。

 しかし、ミィに対して良い感情は抱いていないと、困惑したその表情から読み取れる。


「なんなのだ? みんなどうしたのだ?」


 唯一プゥリだけがその流れに乗らなかったが、彼女は単に空気が読めていないだけだ。


 この場において、ミィは完全に孤立している。


 ユージが必死になって集めた仲間たち。

 彼らは普段、従順に従ってはいるが、誰も彼を心の底から心配してはいない。自分の立場を守ろうとするばかりで、協力し合おうともしない。


 そんな彼らにミィは強い憤りを覚える。


 奴隷だからと見くびって、彼女の主張を聞こうともしない。

 ミィは強い負の感情を抱き始めた。


 こんな奴ら、その気になれば一瞬で皆殺しにできる。数秒もかからないだろう。

 そんな取るに足らない存在が……私を馬鹿にして見下している。


 ふざけるな……有象無象。




 ぬぉっ……。




 その場にいた誰もが空気の変化を感じ取った。


 ねっとりとした黒いものがミィの胸の奥からあふれ、瞬く間に全身を覆って一色に染め上げた。


 漆黒の身体に赤く光る二つの目。ざわざわと逆立つ黒髪。

 先ほどまで普通の少女だったそれは、見るからに不気味な異形の存在へと変貌する。


 実際には、ミィの身体になんの変化も起きておらず、彼女は元の姿のままそこにいる。

 しかし、その場にいた誰もが、一人の少女が変容していく様を目撃した。


 あまりに強い殺意が、容姿の変化を錯覚させ、白昼夢にも等しい幻を瞳の奥に焼き付けたのである。


 その変化はミィの姿だけにとどまらず、部屋全体を侵食していく。


 小さな会議室は地獄の窯のように煮えたぎり、煙に巻かれたような息苦しさを感じる。吐き気やめまい、寒気を覚える者もいた。


 ノインは額から大量の汗が噴き出していることに気づく。拭おうとした手のひらも、びっしょりと濡れている。


 サナトは急に足元が不安定になったように感じて、立っていられず、その場に座り込む。


 フェルは全身に悪寒が走り、両腕を抱える。まるで真冬の雪山に放り出されたかのよう。


 トゥエは舌が乾くのを感じた。何日も水を飲んでいないかのような乾きだった。


 アナロワは暗闇の中に一人取り残されたかのように、絶望的なまでの孤独感を覚えた。


 ムゥリエンナはおぞましき化け物に人睨みされ、恐怖のあまりその場で卵を排卵。


 エイネリは古傷から強烈な痛みを感じ、自分の身体がバラバラになったように錯覚する。


 マムニールは全身が総毛立ち、その場から動けない。


 シャミは両手で顔を覆い、視界を閉ざして現実逃避する。


 誰もがミィに圧倒され、何もできずに固まってしまう。

 それは道端を這っていた小さな虫が、幼い子供に興味本位でもてあそばれるような、あまりに理不尽で絶望的な恐怖だった。


 その中でたった一人、動けるものがいた。


「なんなのだ? みんなどうしたのだ?」


 プゥリではない。

 彼女だけは全く危険を察知できなかった。


「ミィ……止めて」


 ベルはミィの手を取り、彼女のことを抱きしめる。

 そして……耳元で鼻歌を歌った。


「~♪ ~♪」


 この歌は、彼女が何気なく歌うフレーズで、特に意味合いがあるわけではない。


 だが……。


「……あっ」


 それはあまりにあっけない幕切れ。

 無限に続くかと思われた地獄のような時間が、不意に終わりを告げる。


 ミィは元通りの普通の少女へと戻った。


 実際の所、何も変わってはいないのだが、誰もが彼女が化け物に変貌したと錯覚していた。あまりに強力な殺意がそう思わせたのだ。


 その殺意を打ち切ったのはベルの子守歌。

 特別な意味合いの込められていない彼女の歌には、ミィを正気に引き戻すだけの力があった。


「ミィ、こっちへ来て」

「え? あっ……うん」


 ベルはミィを連れ出して部屋を出る。

 残された一同は、彼女が外へ出るのを見送ると、その場で呆然と立ち尽くす。


 あれは幻だったのだろうか?


 突然の白昼夢に混乱する一同。

 ほんの一瞬の出来事だったにも関わらず、その記憶は全ての者の脳裏に焼き付いた。


 あれは間違いなく人間ではない。

 勇者? 魔王?

 いや、そんなものではない。

 あれはもっと恐ろしいものだ。


 破滅。


 その言葉を人の形にしたような何か。

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