184 騒動の黒幕
不可抗力とはいえプゥリにエッチなことをした俺は、ミィからきついお叱りを受けることになった。
当の本人は全く気にしておらず、触られたくらいで何だと言った反応。もう少し気にしてくれた方が俺としては助かったのだが。
被害者が全く責めないので、セクハラに対する罰はうやむやとなった。
ミィは納得していないもよう。
と、俺たちがそんなことをしているうちに、砦の中からスケルトンたちの親玉が姿を現した。
「騒がしい客人だね。いったい何の用だい?」
現れたのはリッチ。
ぼろぼろの黒い布を身にまとい、人骨を組み合わせて作った大きな杖を持っている。
肌はくすんだ灰色。
がりがりに痩せたその身体からは生気を感じない。転身してからかなりの時間が経っているのか、異様なまでの存在感を放っている。
この前、面接に来た三バカの一人もリッチだったが、あいつとは格が違う。
目の前にいるのはリッチの中でもかなりの古参。何百年もの長い時を過ごしたアンデッド。
……と言った印象を受ける。
実際何年生きているのかなんて知らんし、コイツとは間違いなく初対面。
しかし、そう思わせてしまうだけの存在感がある。
明らかにそこら辺の雑魚とは違うのよな。
「申し訳ありません。
興味本位で近づいたら、スケルトンに襲われてしまい、
自衛のために反撃した次第です。
他意はございませんので、あしからず」
「ほぉ……スケルトンが口を利くのかい。
まさかお前さん……噂に聞くユージさんかい?」
「ええ、私がそのユージですが……」
リッチは口元に手を当ててクスクスと笑う。
女性っぽい仕草だった。
「まさか本物に会えるとはねぇ。
長生きしてみるもんさね」
「本物……とは?」
「お前さんを騙る偽物がいるのさ。
と言っても……。
腹話術でスケルトンが喋っているように見せる、
ただの猿真似だがね……」
俺の偽物がいるのか……。
まぁ、こんな“なり”だからなぁ。
俺の身体は他人の死体を拝借したものなので、スケルトンを用意すれば簡単に成り済ませる。
偽物が現れたところで不思議ではない。
というか、偽物が現れるってことは、俺もそれなりに有名になったってことだ。
むしろそっちの方が驚きなんだが……。
「私の真似をした人は何を考えていたのでしょうね。
そんなことをしてなんの得が?」
「お前さんに成り済まして偽の商談をするのさ。
ゼノで内政を取り仕切っているお前さんなら、
沢山の金を動かせるはずだろう?」
うーん……。
俺はあんまり金には触らないんだけどな。
必要な予算は通しているが、資金は全て俺を素通りして流れている。
金や物資を自分の手で動かすことなんてできない。
「えらく買いかぶられたものですね。
私にそんな権限なんてありませんよ」
「お前さんはそう言うだろうけどね。
世間の一般人はそうは思ってないよ。
まぁ……無条件で信じる奴はあんまりいないよ。
バカが引っかかるだけさ」
そのバカがこの国にはわんさかいそうですね。
既に被害が出ているかもな。
「貴重な情報をありがとうございました。
ところで……あなたは何をしにゼノへ?」
「しらじらしいね、まったく。
なんであたしがこの国にいるのか、
察しがついているはずだろう?」
思わせぶりな発言をするリッチ。
この様子だと……。
「ハーデッド様に関係しているのですか?」
「無論だよ、坊や。
あたしゃね、獣が嫌いなんだ。
こんな獣臭い国へ来るなんて、よっぽどだろう?
他に何か理由があるとでも?」
お前の事情なんて知るか。
まぁ……この国が獣臭いのは同意だ。
俺もそう思う。
「ハーデッド様のことで来訪されたのなら、
彼女をイスレイに連れ戻すつもりなのですか?」
「バカ言っちゃいけないよ、坊や。
私があの小娘を連れ戻すためにこの国へ?
ちゃんちゃらおかしいね!
おかしくて歯が抜けちゃいそうだよ!」
と言うことはコイツ……反体制派か。
ハーデッドから血を取り戻そうとする一派の一員。
しかし……リッチのコイツがなんで?
コイツがクロコドの言っていた、ヴァンパイアを裏で操る黒幕なのか?
「では……あなたも真祖の血を?」
「ああ、無論だね。
あたしゃ、あの子の血が欲しいのさ」
「どうしてですか? だってあなたは……」
「ああ、そうとも。見ての通りあたしゃリッチさ。
でもね……忘れちゃいけないよ。
あたしらリッチがどうしてこの身体になったのか」
「研究を続けるため?」
「イエス、その通りさ」
リッチは指パッチンをして俺を指さす。
妙にテンションが上がって来たな。
「あたしゃね、真祖の血を使って、
大勢のヴァンパイアを生み出す実験をしたいのさ。
あの子に流れている真っ赤な血潮は、
人間を不死の存在に変えてしまう劇薬。
聞いただけで恐ろしくならないかい?
あの子の血を使えば、何千人、何万人という人間を、
アンデッドにできちまうんだよ。
考えただけで胸が躍るね! くぅ!」
一人で騒いでろ。
物語の中盤に出てくる中ボス的なマッド野郎。
コイツはその程度の存在でしかない。
「ということでね……。
あたしゃぁ、あの小娘を探しているのさ。
行方が分からなくなってるって言うけど、
今どこにいるのか知っているかい?」
「いえ……我々も探している途中で……」
仮に見つけたとしても引き渡さないがな。
「じゃぁ、見つけたら私らによこしな。
手下のヴァンパイア共を差し向けたは良いけど、
みーんなやられちまったからね。
アンタたちの協力が必要なんだよ」
「申し訳ありませんが……お引き受けいたしかねます」
「ほぅ、断るって言うのかい?」
俺が答えると、リッチがこちらへと歩み寄る。
なんとも言えないかび臭い匂いが立ち込めた。
「うわ! 臭いのだ! こっち来るな!」
鼻を詰まって遠慮なしにプゥリが文句を言う。
リッチは彼女には構わず俺の方へ顔を近づける。
「なんで? なんでだい?
これはまたとないチャンスなんだよ?
あたしの実験が成功すれば吸血鬼を量産できる。
アンタらの国に援軍を出すことも可能さ。
もうすぐアルタニルへ攻め込む気なんだろ?
手を貸してやってもいいんだけどね」
リッチはそう言うが、手放しでこの話を受け入れることはできない。
「我々がハーデッド様を引き渡したところで、
確実に実験を遂行する保証がありますか?
仮にもし、実験の途中で彼女が逃げ出したら、
我々は反体制派に加担した敵とみなされます。
イスレイとの戦争は避けられなくなるでしょう」
俺がそう言うとリッチは顔を離し、しばらく考え込む仕草をした。
「ふむふむ、まぁ……当然の主張だね。
だけど竜穴に入らずんば卵を得ずって言うだろ。
危険を冒さない限り、成功は手に出来ないよ?」
「触らぬ魔神に呪いなしともいいますね。
私はこの国の政治を預かる身として、
国民を危機にさらすわけにはいきません」
「そうかい……それがお前さんの答えか。
分かった、ならこちらにも考えがある」
そう言ってリッチは杖を構える。
「お前さんには悪いけど、人質になってもらうよ」
「……え?」
すると全身から力が抜け、身体が崩壊していくのを感じた。
俺を形成する骨がバラバラになり、ただの人骨と戻っていく。
「どうだい? 魂だけになった気分は」
リッチの声が聞こえる。
だが意識がはっきりしない。
何も見えなくなってしまった。
ただただ眠い。
何も考えたくない。
俺は……。




