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182 奴隷は家畜

「……なんだ、その恰好?」


 ミィは白いパーティードレスを着ていた。

 スカートの裾は膝丈くらい。


「えっと……マムニールさんが着てみろって」

「え? なんで?」

「もうすぐお祭りだからオシャレしたらって」

「ええっ……?」


 あの人、何考えてんだ?


 ミィは表向き奴隷として扱っているので、こんな格好でお祭りに参加させられるはずない。


「あらぁ……ユージさん、来てたのー?」


 マムニールがやってきた。

 あらぁ……じゃねーよ。


「マムニールさま、これはいったい……」

「いつも粗末な奴隷服ばかりだと退屈でしょう?

 気分を変えて明るい服装になったら、

 この子も喜ぶかなって」

「左様で」

「どう? 綺麗になったでしょう?」


 確かに……今日のミィは綺麗だ。


 いつもオシャレなんてしてないからな。

 本人もあまり気を使ってなかったし。

 俺もそれでいいと思っていた。


 だが……こうして改めて見ると……ミィがものっすごい美人であることが分かる。きちんとした身なりを整えるだけでこうも違うのか。

 正直言って、驚いた。


「ええ、とても綺麗です。まるで月のようだ」

「あらあら、ユージさんお上手ね。

 良かったわね、ミィちゃん。

 褒めてもらえたわよ」

「……はい」


 ミィは顔を赤くしてうつむく。

 照れてる顔も可愛い。


「しかし……いいのですか、ご婦人。

 こんな上等なドレスを……」

「ええ、お代は結構よ。これは私からの気持ち」

「それは……なんとお礼を言ったらいいか……」

「いいのよこれくらい。

 いつもお世話になってるんだから。

 あっ、そうだ、これも見て頂戴」


 マムニールは手招きをして誰かを呼ぶ。

 しばらくしてベルがこちらへやって来た。


「彼女の着ている服を見て。

 アナタのアイディア通り、刺繍をしたわ。

 これで彼女たちもお祭りに参加できるわね」


 ベルは簡素なワンピースを着ていた。

 服には店の名前の刺繍が施されている。


「よくこんな短期間に用意できましたね」

「ええ、婦人会で声をかけ合って作ったの。

 まだ一着しかできてないんだけど……。

 本番までにはあともう数着できあがるわ。

 これでうちの子たちもお祭りに参加できるわね」


 マムニールは一人でここまで話を進めたのか。

 スポンサーも自分で見つけてくるなんてスゲーな。


 あの提案をしたとき、ここまでできるとは思ってなかったが、彼女は直ぐに動いて形にした。

 マムニールは本当にすごい人だよ。

 将来もっとビッグになるんじゃないかな。


「そうそう、パレードのことなんだけど……。

 婦人会の参列は認められたのかしら?」


 ああ……そう言えばそんな話してたな。


「いえ、ただいま交渉が難航しておりまして……。

 お望み通りの報告が出来るよう善処しますので、

 今しばらくお待ちを」

「頼んだわよ、ユージさん。

 婦人会の面々も、みんな参加するつもりでいるから、

 彼女たちの期待を裏切らないでね」

「はい、なんとしても幹部たちを説得します」


 もちろん、交渉なんてまだしてない。

 すっかり忘れていたのだ。


 明日にでもレオンハルトとクロコドに提案しよう。

 あの二人を説得すれば……まぁ、通るだろ。


 行き当たりばったりでやっているが、今回も大丈夫なはず。


 こんなテキトーな感じでも、なんとかなるのがこの国の良い所。前世だと、こう単純には行かなかった。

 脳筋ばっかりの国ってのも実は悪くない。


「ベルは当日、参加するつもりなのか?」

「はい、奥様から許しを頂けたので……」

「良かったな。けど、気をつけろよ。

 獣人の中には君たちを目の仇にしている奴もいる。

 全ての住人が受けれてくれるわけじゃないから、

 そのことを忘れるな」

「はい、心得ました」


 ベルはペコリと頭を下げた。


「シャミは?」

「え? 私ですか……?

 私なんかよりも他にふさわしい人が……」

「あら、シャミちゃんも参加予定よぉ」


 マムニールが言うとシャミはぎょっとした表情になり、しっぽをピーンと立たせた。


「え? 私がですか!?」

「ええ、ダメかしら?」

「ダメと言うことは……」

「なら決まりね、あなたも参加するのよ」

「……はい」


 不安そうにあたりを見渡すシャミ。

 他の奴隷たちの視線が気になるようだ。


 周囲には俺たち以外に誰もいない。

 だが……なんとなく視線を感じる。


 嫉妬したくなる気持ちも分からなくもない。今まで平凡な評価だった奴が、急に上司に気に入られて出世したら、他の部下は面白くないはずだ。


 シャミがマムニールに認められたのは、仕事ぶりが評価されたからか。それとも他に理由があるからなのか。

 俺にはちょっと分からない。


 ふと思ったのだが……俺の部下たちも似たような状況になってはいまいか。


 全ての部下に対してきちんと平等に接し、働きに応じて適切な評価を下さねば不満が生じる。


 一部の部下に対する贔屓が過ぎれば、足並みは乱れ、連携がとりづらくなる。

 それだけは避けたい。


 今のところは大丈夫だと思うが……。


「ねぇ……ユージ」

「なんだ、ミィ?」


 ミィは上目遣いで俺を見る。


「これから……デートしない?」

「デート?」

「ほら、約束したでしょう?」


 そう言えばしたな、約束。

 今から果たせと。


 別に時間がないわけじゃない。

 どの店も閉まってるし、遊べる場所は無いと思うが、ちょっとくらい付き合ってやろう。


「よし、良いぞ。何処へでも連れて行ってやる。

 今まで頑張ったから、今日はご褒美だ。

 なんでも言うことを聞いてやろう」

「わーい! やったぁ!」


 子供っぽいしぐさで喜ぶミィ。

 見ていて微笑ましい。


「いいなぁ、ミィちゃん……」

「あら、シャミ。あなたもユージさんとデートしたいの?」


 マムニールが尋ねるとシャミは……。


「あっ、いえ……そう言うわけじゃなくて……。

 私も恋人みたいな関係の人が欲しいなって」

「そうね……恋人ね。

 今は無理かもしれないけど……。

 アナタが自由を勝ち取れば叶うかもしれないわね」


 マムニールはそう言ってシャミの頭を撫でる。


 奴隷が誰かと恋人になるなんて不可能だ。

 ……主人が許可すれば別なんだろうけど。


 奴隷同士にあえて生殖行為をさせている者もいる。

 だが、それは恋人になるのとは違う。あくまで奴隷の繁殖が目的であり、彼らが幸せになることを願っているわけではない。


 奴隷は家畜。

 自由な恋愛など許されるはずがない。


 けれども……もしシャミが自由を手にしたのなら、彼女は本当の意味で誰かと結ばれるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて、戦場へ向かうのだ。


 どんな運命が待っているのかも分からずに……。

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