180 じゃぁ結婚して
「そうか……まだ見つからないか」
魔王城へ戻った俺はフェルから捜索の結果を聞いた。
「数十人でくまなく探しましたけど……」
「手がかり一つなかったと?」
「はい、申し訳ありません」
しょんぼりするフェル。
責めているわけじゃないのだが、彼は期待に応えられずにがっくりしている。
白兎族は魔力の残渣を察知することができる。
ハーデッドは存在自体が魔力の塊みたいなもので、彼女が歩いた場所には必ず痕跡が残る。そうならないのは……。
「彼女はゲンクリーフンにいないのかもな」
「だとしたら彼女は何処に?」
「分からんな……見当もつかん」
ハーデッドは何処へ消えたのか。
マミィは街の中で彼女の姿が目撃されたと言う。
その話が全くのでたらめであるとしたら、フェルたちが彼女の足取りを掴めないのも分かる。
だが……。
俺にはどうしても彼女の話が嘘だとは思えない。確証があるわけではないが……。
ハーデッドはまだゲンクリーフンの中にいる。
そう思えてならない。
「フェル、悪いが明日も捜索を続けてくれ。
どこかに隠れているのかもしれん」
「だとしたら、どんな場所でしょうか?
僕たちに察知できないとなると……。
よほど深い場所にいるのかもしれません」
深い場所……か。
勇者たちのアジトとかはどうだろうか?
「勇者のアジトは? あそこは探したのか?」
「ええ、すでに。
あそこには常に見張りのオークがいるので、
誰かが入り込んで隠れるのは無理かと」
「ふむ……」
勇者のアジトではない……と。
「他に隠れられそうな場所はあるか?
お前たちの能力で察知できない場所。
魔力の残渣をくみ取れないような空間とか」
「いや……ちょっと思い当たらないですね。
どこかの建物の地下室とか……。
魔王城を隠れ場所にするとは思えないですし」
「ううむ……」
地下に潜れば白兎族の能力では追跡が難しい。
しかし……そんな場所は限られている。
勇者のアジトでないとすると……。
「下水道……か」
「下水道?」
フェルは首をかしげる。
「ああ、ゲンクリーフンの地下には下水道があるんだ。
未だに機能はしているが……随分と古くてな。
あそこに隠れているとしたら、
お前たちの能力でも追跡は難しいだろう」
「でも……下水道ですよ?
一国の王がドブネズミの住処に?」
ううん……。
あのわがままが下水道に隠れるとは思えない。くさいだの、汚いだの言って、飛び出してくるはずだ。
万が一下水道に隠れていたとしても、丸一日もたないはず。
「ちょっと考えにくいが……。
これだけ探しても見つからないとなると、
それ以外に考えられないな」
「じゃぁ……今からでも……」
「いや、今日はもういい。
皆も疲れているだろうからゆっくり休んでくれ。
明日からはゴブリンと翼人族も捜索に参加する。
下水道を探すのはそれからでもいい」
「……わかりました」
フェルはコクリと小さく頷く。
「そう言えば、お祭りの方はどうなってますか?」
「ああ……そっちは順調だ。
魔王を説得に行かせて、住人達も納得した。
パレードの準備も着実に進んでいる。
後は当日までに装飾と出店を間に合わせるだけだ」
「良かった……大丈夫みたいですね。
僕たちに出来ることがあったら言って下さいね。
なんでも手伝いますから」
「ああ……」
これ以上、彼らを酷使するつもりは無い。
けどまぁ……いざとなったら頼るかもな。
猫の手も借りたい状況だし。
「話は以上だ、下がってくれ」
「分かりました。失礼します」
フェルは一礼して部屋から出ていく。
「ユージはこの後どうするの?」
隣にいるシロが尋ねてきた。
「農場へ行く。ミィに会わないといけないからな」
「……私は?」
ミィと会うのでシロを連れては行けない。
彼女はまだ受け入れる気になっていないからな。
「すまないが……」
「お留守番?」
「……そうだ」
「わかった」
シロは文句を言うでもなく、素直に従う。
この子は本当に物分かりが良いのだが……。
逆に心配になってしまう。
もう少しわがままを言っても良いと思うのだ。
「シロは一人で置いて行かれるのは嫌じゃないのか?」
「寂しい。けれども仕方ない」
「確かに仕方ないけど、文句の一つくらい……」
「行ったところで何も変わらない。
ユージを困らせるだけ。
それは本意ではない」
ううむ……えらく達観している。
見た目は完全に幼女なのだが。
中身は随分と大人びて見える。
「なぁ……ひとつ、変なことを聞いても良いか?」
「……何?」
「シロはどうしてそんなに聞き分けが良いんだ?
君は生まれたばかりの存在だろう?
本当だったら子供っぽくわがままを言うはずだ」
「確かに」
「なんでだか分かる?」
「分からない」
シロは自覚こそしているものの、自身の精神がそれなりに成熟している理由を知らない。
この子は巨大化するまで、ずっと嬰児の形態をしていた。もしかしたらあの状態の時から既に、成熟した精神がやどっていたのかもしれない。
「ここへ来る前のことは覚えているかい?」
「……何も」
「じゃぁ、自分のことで分かっていることを教えてくれ」
「何も分からない。
気づいたらユージがいて、サナトがいて、フェルがいた」
「ううむ……」
シロにはここへ来る以前の記憶が存在しない。
彼女に聞いても何も分からないだろう。
「私は今、幸せだよ」
「……え?」
「ユージが一緒にいてくれて、皆も優しくしてくれる。
不満に思うことは何もない」
「そうか……」
シロは俺を心配させまいと気丈にふるまっている。
本音ではずっと一緒にいて欲しいと思っているはずだ。
それなのに彼女は本音を言わない。
わがままを言われても困る。
だが、何も言わないのも不安になる。
俺はもっと彼女に気を使うべきなのだろう。
「何かして欲しいことがあれば、遠慮なく言ってくれ。
君の望みを叶えるのが俺の務めだ」
「じゃぁ結婚して」
「うーん……それは……」
「望みを叶えるのがユージの務め」
「そうですね……はい」
結婚つってもなぁ。
俺なんかと結婚して何をするっていうんだ?
性欲なんて無いから夜の相手なんてできないし、一緒に食事をすることも、眠ることもできない。
この俺に彼女は何を望むというのか。
「ユージはこれからもずっと私と一緒にいる。
それが私の望み」
「……分かった」
まぁ、シロを見捨てるつもりは無いので、一緒にいる望みは叶えられるだろう。結婚は無理だけどさ。
さて……そろそろマムニールの農場へ行かないとな。
窓の外を見ると、もう真っ暗。
すっかり夜になってしまった。
「そろそろ行かないといけない。
悪いけど今晩は一人だ」
「……うん」
「今度二人っきりになれる時間を作るから、
それで大目に見てくれ……な?」
「わかった」
シロは素直に言うことを聞く。
これで癇癪を起されたら俺も困るのだが……その方が彼女の意思がはっきり分かる。
俺はもっとシロを理解したい。
それが彼女の為になるとは限らないが……。




