177 敵の動向、国の問題
クロコド曰く。
反対体制派のアンデッドたちは、ハーデッドの引き渡しを引き続き要求していると言う。
今朝早くにも使者が来て、同じ要求を繰り返し伝えに来たそうだ。
つまり……連中はまだハーデッドの身柄を確保できていない。ということになる。
「なるほど……他に何か要求は?」
「いや、特には。
だが連中はかなり焦っているようだ。
どうやら裏で操っている者がいるらしくてな」
「その人物とは?」
「わしには分からん。
連中もはっきりとは明言しなかった。
だが……どうやらヴァンパイアではないらしい」
ヴァンパイアではなく、別のアンデッドがハーデッドの血を手に入れようとしているのか?
いったい何のために?
「ありがとうございました、クロコド様。
引き続き彼らとコンタクトを取って下さい」
「そう言えば昨日、体制派の使者が来たのだろう?」
「それが……」
俺はナブコフの一件をクロコドに伝えた。
「呆れたものだな。
自らの失敗を他国に擦り付けようとするとは……」
「ナブコフの件は決着がつきましたので、
仮にハーデッドの身に何か起こっても大丈夫です。
我々にはその責任はないと突っぱねます」
「だが、イスレイとの関係は悪化するであろうな。
仮にもし真祖の血が失われるようなことになれば、
ヴァンパイアは世界から消えることになる。
もしそうなったら……」
「我が国もその原因を作ったとして、
連中から恨みを買うかもしれませんね」
魔族の国同士で戦う事態は避けたい。
できれば何事もなく本国へお帰り頂きたいものだ。
「ユージよ、これから貴様はどうするつもりだ?」
「今の所、白兎族に彼女を探させています。
それと翼人族にも協力を仰ごうかと」
「ほぉ……色々と手駒が揃っているのだな。
気づかぬ間によく集めたものだ」
「ええ、それなりには……」
つっても、まだまだ人手が足りないんだよな。
この国の行政は満足いくレベルまで達していない。
いい加減な部分があまりに多すぎる。
特に問題なのはインフラ関係。この前確認した下水道もそうだが、あちこちで不具合が生じている。
かつての魔王たちは内政にも精を出し、国民が安心して暮らせる国の土台を作った。しかし……先代も、先々代も、更にその前の魔王も、内政そっちのけで戦争ばかりしていた。
そのせいで生活に必要不可欠な施設が老朽化し、アップデートされぬまま放置されている。このままではこの国の生活水準は大きく後退するだろう。
本当は戦争なんてやらないで、そっちを何とかしたいんだけどなぁ。レオンハルトも、国民も、そのことを分かってくれない。
人手が確保出来たら大規模な工事を行いたい。
ゲンクリーフンのインフラを徹底的に整え、国民が安心して暮らせる綺麗な街を作りたい。
そのためには金と時間が必要だ。
何年かかったとしても……。
「おい、ユージ」
「あっ、すみません。なんでしょうか?」
「また考え事か?
貴様は直ぐに自分の世界へ入り込むな」
「申し訳ありません……」
呆れるクロコド。
これには返す言葉もない。
一人で考え込む癖はなんとかしないとな。
よく注意されるので気を付けた方がいいだろう。
「それで……ハーデッドのことだが……」
「彼女ならなんとしても見つけ出します」
「うむ、その調子で頼むぞ。
悪いがわしはこちらで手一杯だ。
部下の者に手伝わせるので、それで勘弁してくれ」
「ご助力、感謝いたします」
クロコドの部下が役に立つかどうかは分からないが、何もしないよりはましだろう。軽く街を見て回ってくれるだけでも違う。
それから……しばらく練習を眺めて、切りの良い所で中断させてアナロワに話しかけた。
ハーデッドの捜索を手伝ってほしいこと。クロコドに号令のかけ方を教えてほしいこと。その二点を伝えると、彼は快く引き受けてくれた。
アナロワは基本、ノーと言わない。
何でも素直に引き受けてくれるが、無理のさせすぎは禁物。
でも、使い勝手がいいから、ついついあれこれとお願いしちゃうんだよなぁ。
「ユージさま……大丈夫なのですか?」
アナロワが心配そうに言う。
「……何がだ?」
「昨日の爆発騒ぎの件です。
農場に大きな被害が出たと聞きますが……」
「ああ、建物が一棟丸々燃えた。
だが死者は出ていない」
「そうですか……それを聞いて安心しました。
マムニールさまの農場が襲撃を受けたと聞き、
ずっと心配していたのです。
ユージさまと深い関係にあると聞いたので……」
深い関係ってなんだよ。
変な勘違いしてそうで怖いな。
「我が一族の力が必要なら、
なんなりとお申し付け下さい」
「ああ……必要な時は直ぐに指示を出す。
とりあえずはハーデッドの捜索を手伝ってくれ。
彼女を見つけぬことには始まらんのでな」
「はっ! かしこまりました!」
アナロワはびしっと敬礼をする。
「それ……いいなぁ……」
クロコドはそんな彼の姿を見て、見よう見まねで敬礼していた。
「クロコドさま?」
「わしも自分の部下にそれを覚えさせたい。
どういう意味なのだ、それは?」
「挨拶の合図みたいなものですよ」
「ふむ……」
クロコドは敬礼を部下にやらせたいらしい。
まぁ……気持ちは分からなくもない。
俺も気分で彼に覚えさせたからな。
「まだここにいなくちゃダメなのか?」
プゥリが話しかけて来た。
なんかすげーもじもじしている。
「どうした?」
「そろそろ別の場所へ移動したいのだ!」
「辛抱のない奴だな……もう少し我慢できないのか?」
「嫌なのだぁ! 走りたいのだぁ!」
本当にわがままな奴だ。
こんな奴をクロコドはどうしていたんだ?
「ユージよ、彼女は同じ場所にとどまれぬ。
常に何か用事を申し付けて、
あっちへこっちへ走り回るよう指示を出すのだ」
「……左様で」
常に走らせないとダメか。
よくもこんな世話の焼ける奴の面倒を見ていたものだ。
「分かった、今から別の場所へ移動するぞ」
「ユージさまを乗せればいいのか?」
「俺だけじゃない、シロもだ」
「二人を乗せるのは重いのだぁ!」
スケルトンと幼女なんだから大して重くもないだろう。
わがままを言うんじゃない。
俺は彼女の背中にまたがり、シロを抱きかかえる。
合図をするとプゥリは全力で走り始めた。
「ユージさま! お気をつけて!」
アナロワが敬礼をして見送ってくれた。
その隣でクロコドが同じようにしている。
大人を真似する子供みたいでかわいい。
それから俺たちは翼人族の所へ向かった。
ハーデッドの捜索を手伝ってもらうためだ。
それと……。
「トゥエはいるか!」
「ここにいるであります!」
俺が呼びかけると直ぐに彼女が飛んできた。
「これはなんだ⁉」
「……すみませんであります」
「注意して一週間もしないでこのありさまか!」
「申し訳ありませんであります!」
土下座して謝罪するトゥエ。
謝ったところで許されるものではない。
翼人族の集落には、また男の子たちが連れて来られていた。獣人ショタたちが数人、一塊になって震えている。
以前来た時よりも数は少ない。
しかし、さんざん注意してすぐまたこれとは。
呆れて物も言えない。
「……うん?」
獣人たちの中に見覚えのある人物が一人。
そこにいたのは……。




