175 三年かかったのだ
俺はプゥリの背中に乗り、シロと共に郊外へと向かった。
やはりケンタウロスだけあって力があり、俺たちを乗せても難なく走ることができた。
つっても、スケルトンと子供だからな。大した重量でもない。
最大積載量はどれくらいなのだろうか?
ヌルとノインを乗せても大丈夫なのかな?
プゥリは速度を上げて走り回る。
雲一つない晴天の空の下。青々とした草原を全力で疾走するのは気持ちが良い。
馬に乗ったことは何度かあるのだが、その時とはまた違った感覚を味わえた。
上半身が完全に人間だからな。馬とは全く異なる生態の生き物。当然のことながら、乗り心地も変わってくる。
馬は素直に言うことを聞いてくれるが、プゥリは走りたいように走る。自分本位で行動するので非常に扱いづらい。
「まったく……走りづらいのだ」
プゥリは文句を言う。
人を乗せて走るのにあまり慣れていない様子。
城下町の大通りを歩かせたときは、通行人が邪魔で思うように前へ進めなかった。障害物が多い場所を移動するのは苦手らしい。
この国でケンタウロスはあまり見かけない。
平たい土地に多く生息しているらしいので、ゼノで見かけてもおかしくはないはずなのだが……。
適当なところでプゥリを止め、かるく話を振って気になったことを聞いてみる。
「なぁ……なんでケンタウロスってゼノにいないんだ?」
「みんな獣人が嫌いなのだ。
あいつらはプゥリたちを下にみるのだ。
だからプライドの高いオスは別の国に住むのだ」
「どこの国に?」
「ヘルドとかフォロンドロンとか……なのだ」
先進国のヘルドならともかく、ドラゴン絶対主義のフォロンドロンに定住?
ちょっと良く分からんな。
プゥリの言った通り、獣人たちの彼らに対する態度はあまりよくない。身体の半分が獣で、半分は人間のような種族は半獣人として見下されている。
ケンタウロスがゼノを避けるのもわかる気がする。
「フォロンドロン?
あそこはドラゴンが幅を利かせてるだろ。
ゼノと大差ないんじゃないのか?」
「そんなことないのだ。
フラフニート様はケンタウロス族に敬意を払って、
自由に草原を走り回る許可を出してくれたのだ」
フォロンドロンに草原?
聞いたことがない。
あそこは魔族の領域でも奥地の方にあり、平地が多いイメージはない。むしろ、ゴツゴツとした岩場が多いイメージ。
「あそこに草原があるのか?」
「草原だけじゃなくて、森もあるのだ。
あまり知られていないけど豊かな土地なのだ。
プゥリの生まれ故郷なのだ」
「へぇ……」
実は未だにフォロンドロンへは行ったことがない。
なので、どんな土地なのかは噂でしか知らない。
魔族の領域は割と広いので、徒歩で回るにはかなりの時間がかかる。交通手段が限られているので、あそこまで歩いて行く気にはなれなかった。
「君はどうしてゼノに?」
「旅をしてみたかったのだ。
大人たちからは止められたけど、
一度でいいから外へ出て見たかったのだ。
ゼノも聞いていたよりも住みやすくて、
ついつい居ついてしまったのだ。
獣人は好きになれないけど……」
プゥリは渋い表情を浮かべる。
あまりこの土地の生活に慣れていないらしい。
「故郷に帰ろうとは思わないのか?」
「今はまだ……帰らないのだ。
というか……帰れない……のだ」
「どうして?」
「お金がないのだ」
なるほど。
真面目に働かないから、必要な資金が貯まらないと。
この子、無計画な感じの性格だから、給料が入っても直ぐに使ってしまうのだろう。
ゼノは割と食料が安く手に入るので、この国で暮らす分には問題ないんだろうな。
「フォロンドロンは遠いからなぁ。
ここまで来るのにどれくらいかかったんだ?」
「……三年」
「は?」
「三年かかったのだ。
真っすぐゼノを目指したわけじゃないけど、
あちこち走り回ってたらそれくらいかかったのだ」
三年って……よっぽどさ迷ってたんだなぁ。
無計画にもほどがあるぞ。
「真っすぐ走れば三年もかからんだろう」
「そうだけど……地図の見方も分からないし……。
ちゃんと帰れる自信がないのだ」
「道案内がいれば大丈夫だろ?
誰か乗せて一緒に旅をするとか」
「それは嫌なのだ。一人で走りたいのだ」
この子は誰かを乗せて長時間移動できるほど、我慢強くないらしい。
こりゃ、故郷へ帰るのは無理そうだな。
「それでユージさま。
プゥリは何をして働けばいいのだ?」
「しばらくはゴブリンたちと一緒に働いてもらう。
主な仕事内容は地方への郵便配達だ」
「郵便?」
「手紙や小包を運んでもらう」
「ええっ……」
嫌そうな顔。
荷物を持って走るのは嫌らしい。
「嫌でもやってもらうぞ。仕事だからな」
「分かったのだ……」
一気にテンションが下がったプゥリ。
この子と付き合っていくのは苦労しそうだ。
プゥリに乗って別の場所へ移動。
ハーデッドの捜索をしたいところだが、今はまだ別の用事を済ます必要がある。
捜索については、既にフェルたちに手伝ってもらっている。今の所、めぼしい報告は上がってきていない。
早く彼女を見つけないと大変なことになるのだが……。
あまり危機感は感じていない。
そもそも今回の件はイスレイの問題。何かあっても俺たちが責任を取る必要はない。ナブコフは自分の落ち度だと認めたし、国際問題にはならなそうだ。
ハーデッドは真祖の血を受け継ぐ魔王。誰かに襲われても簡単には負けないだろう。農場を襲撃した連中も大したことなかったし、ミィに加勢してもらえればなんとかなる。
というか、平和すぎるんだよなぁ。
ハーデッドが誰かに襲われたら、間違いなく騒ぎになる。魔法の打ち合いになるだろうし、戦闘になれば居場所が分かるはずだ。
助けるのは戦いが始まってからでも遅くはない。
唯一の懸念は天使の勇者。ハーデッドと直接対決したらヤバいことになる。それでも簡単には負けないと思うが……。
そう言えば……サナトの友達が気になることを言っていたな。確かマミィとか言ったか。
ハーデッドが背中に羽をはやした少年と、並んで歩いている姿が目撃されたと言っていた。もしそれが翼人族ではなく天使の勇者だとすると……。
ちょっとややこしいことになりそうな予感。
「よし、ここで下ろしてくれ」
俺はある場所で下ろしてもらうことにした。
そこではクロコドが行進の訓練をしている。
城下町から離れた畑も小屋もないただの荒れ地で、何百人もの兵隊が並んで歩いている。
足並みはバラバラで、列もぐちゃぐちゃ。それでもゆっくりと集団での行進ができている。
これならまぁ……行進の途中でパニックにはならんだろう。
「うわぁ……凄いことになってるのだ」
集団で行進する軍隊を目にして、プゥリは目を輝かせる。
「用事があるからここで待っていてくれ。
直ぐに戻る」
「……私は?」
シロが俺の服の袖をつかんだ。
「一緒に来る?」
「うん、一緒がいい」
こんな大勢の人がいる場所で一人にはできんよな。
シロの手をつないで歩き、アナロワを探す。
プゥリは夢中になって行進の様子を眺めていた。
楽しそうで何より。
「すまないが、アナロワはどこだ?」
俺は責任者的な人を見つけて声をかける。
「アナロワ? ああ……あそこだ」
熊の獣人はある方向を指さした。
そこには……。




