174 働いたら負けな人
「失礼するのだ!」
部屋に入って来たのはケンタウロスの女性だった。
茶色い馬のボディに、茶色いショートカット。
割と小顔でかわいらしい雰囲気。
上半身は胸に布を当てただけ。
ちゃんと服を着てくれないかな。
目のやり場に困る。
「プゥリと言うのだ、よろしくなのだ」
「あっ、どうも。私はユージと言います」
「そうかしこまらなくてもいいのだ。
プゥリはタダの一般人なのだ」
初対面の人にいきなりイキってどうするというのだ。
自分の部下でもないのに……。
「プゥリを雇ってくれるって話だけど。
お願いできるのだ?」
「ああ……勿論だが。
君の得意な事ってなにかな?」
「それはもちろん、走ることなのだ。
この立派な健脚を見るのだ」
そう言って自分の足を叩くプゥリ。
立派な馬足をパカパカと動かす。
「ほほぅ……走ることが得意か」
「そうなのだ。
プゥリにできることはないか?
なんなら仲間を誘って皆で働いてもいいのだ」
「ふぅむ……」
だったら郵便屋さんでもやってもらおうかな。
今の所、地方への連絡は、ゴブリンたちが担っている。
ゴブリンの乗る狼は肉食なので飼育が難しい。おまけに一度に運べる量には限りがあるので、コスパはあまりよくない。
彼女たちに郵送業務をお願いすればグッと効率が上がるはずだ。
「よし、詳しい話はまた後日することにしよう。
とりあえず君は採用だ」
「感謝するのだ!」
「それで一つ確認したいのだが。
クロコドさまのところを辞めるのは何が理由だ?」
「それは……」
プゥリは胸を張る。
おっぱいがプルンと揺れた。
「辞めたいと思ったからなのだ!」
「いや……だからその理由を……」
「理由なんてないのだ!」
「ええっ……」
こんな奴を雇っても直ぐに辞めてしまうかもしれない。
重要な仕事は任せられそうにないぞ。
「クロコドさま……これは……」
「うむ。彼女はな……。
コロコロと気が変わって非常に扱いにくいのだ。
一度こうと決めたことは絶対に曲げぬ性格のゆえ、
わしも扱いには難儀しておった」
それって……完全にダメな奴じゃん。
ダメダメすぎるじゃんか。
「だが、こう見えて素直なところもあってな。
連絡係とか、どこかへ走って移動するとか、
そう言う類のお願いなら聞いてくれる」
「……なるほど」
なら、郵便物を運ぶ仕事は持ってこいだな。
扱いはそんなに難しく思えないのだが……。
「そこまで分かっていながら、
どうして彼女はクロコドさまの元を離れると?」
「……わしに飽きたからだ」
「え?」
「彼女は飽き性なのだ。
一度飽きたら、二度と同じ仕事は任せられん。
色々と仕事をふって今まで世話をしてきたが……。
とうとうわしに飽きてしまったみたいでなぁ」
そりゃ残念だな。
長い目で見てきたと言うのに、あんまりな仕打ちだ。
そうなると、やはり仕事を任せるのは難しい。
郵便の仕事は引き続きゴブリンたちにやってもらうとして、他に何か別の役割を与えるとするか。
それにしても……何が良いんだ?
まっとうな仕事は任せられないので、割と悩ましい問題である。
一度、引き受けると約束してしまった以上、もう取り消しは聞かない。なんとか仕事を与える方向で考えねば。
「分かりました。
彼女に合う仕事が何か、考えてみます」
「くれぐれもよろしく頼むぞ、ユージよ。
彼女はわしにとって可愛い部下だったからな」
「はい、心得ました」
こんな扱いづらいことこの上ない部下を、よくもまぁ面倒をみたよこの人は。
誰も褒めてくれないと思うので、俺が褒めてあげよう。
偉い!
ということで、ヴァルゴとプゥリをトレードした形になったが、ぶっちゃけどっちもどっちなので、得した気分ではない。
ヴァルゴよりもましな人材かと思ったのだが、クロコドの話を聞く限り期待はできないな。
プゥリが何を思って仕事を辞めたのか、話を聞いただけではいまいち分からない。ここは彼女の本音を聞きたいところだが……。
「うん? なんなのだ?」
キョトンとした顔で首をかしげるプゥリ。
この子に詳しい話を聞いても、きちんと話ができるとは思えない。
ということで……。
「シロ、頼んだぞ」
「……うん」
俺は部屋へ戻ってシロを連れてきた。
他人の心を読んで何でも俺に教えようとするシロ。
普段なら困ったことだと頭を悩ませるのだが……。
こういう時は役に立つ。
特に相手が何を考えてるのか分からない場合や、意思疎通が困難な場合。心を読む能力は最高に役立つ。
彼女の力を使ってプゥリが何を考えているのか調べてもらおう。
「…………」
「……どうだ?」
「わくわくしてる」
「わくわく?」
「外へ出て、自由に走り回りたい。
思う存分、世界の果てまで、
何者にも縛られず、ただただ自由に」
「……他には?」
「特に何も」
走ることしか考えてないかぁ。
自分の感情に正直なんだろうなぁ。
レオンハルトとおんなじで、普段から何も考えてないタイプ。
なんとなくそんな感じがする。
「プゥリよ、クロコド様の元ではどんな仕事を?」
「物を運んだり、獣人を乗せたり……なのだ」
「その仕事は楽しかったか?」
「特に……なのだ。むしろ嫌だったのだ」
人に何か言われて仕事をするのは嫌なのか。
「シロ、今のは本音?」
「本音。面倒な要求は嫌い。
誰かを載せて走るのは嫌。
働くのは面倒。ただただ面倒。
働いたら負けかなって思ってる。
死ぬまで走り続けたい。
これが彼女の本音」
うーん……随分とエネルギッシュなニートだな。
働きたくないけど走るのは好きなんだな。
まぁ……全く仕事をふらないのはダメなので、給料分の仕事はしてもらわないと困る。できるだけ複雑な依頼はさけ、彼女に何が向いているのかを考えて行こう。
「プゥリよ……これからよろしく頼むぞ」
「よろしくなのだ」
俺が握手を求めると素直に応じてくれた。
しかし、表情はあまり芳しくなく、微妙な顔つきをしている。
俺のところで働くのが嫌なんだろうなぁ……。
「ユージよ、頼んだぞ。
わしは行進の練習があるのでこれで失礼する」
「はい、お任せください」
俺はクロコドに向かって頭を下げる。
コイツが俺に頼みごとをしたのは初めてだ。
彼の心証を良くするにも、プゥリを上手く扱えるよう頑張ろう。時間はかかるだろうが、少しずつ理解を深めていって……。
「いやぁ、これで自分は安泰ッス!
就職先が決まって良かったッスっ!」
ベッドで横になっているヴァルゴが言う。
コイツもコイツで扱いづらいと思うのだが、果たしてクロコドと上手くやっていけるのだろうか。
まぁ……俺の部下でもなんでもないので、彼がどうなろうと関係ないな。
俺は自分の心配だけしていよう。




