172 街角演説
翌日。
俺はレオンハルトを連れて街へ向かった。
「なぁ……俺は何をすればいいんだ?」
きょろきょろとあたりを見渡すレオンハルト。
街の住人たちは彼に注目している。
「祭りの開催に反対している住人が多数います。
彼らを説得して頂きたいのです。
何分、急な決定でしたので、
混乱している住人が多くいるようです」
「ええっ……そうなのぉ?」
そうなのぉ、じゃねーよ。
いきなり祭りを開催して、町のど真ん中でパレードをやるなんて言ったら、住人は反発するっての。
今回の件はレオンハルトが言い出したことだ。
この人に責任を取らせよう。
「で、どうすればいいの?」
「広場で演説でもしてください。
それで丸く収まると思います」
「え? そんなんでいいの?」
他にやりようもないからなぁ。
反発している住人の家を一軒ずつ回って、説得にあたっていたら時間が足りない。いっぺんにやってしまった方が手っ取り早く済む。
大きな広場へ魔王を連れて行き、中央に立たせてせる。すると、歩いている人たちは足を止めて、彼の姿に目を向ける。
立ってるだけで街の注目を集めるのは、流石は魔王と言ったところか。
注目する民衆の数は次第に増えていき、周囲には人だかりができた。
そろそろかな……。
「それでは閣下、早速お願いします」
「お願いするって……何を?」
「祭りを開催する意義を彼らに伝えるのです。
皆が納得すれば、反発する者も少なくなります」
「意義ねぇ……」
そもそもそんなもんねぇんだろうな。
単なる思い付きだろうし。
「まぁ……やってみるよ」
魔王は一歩前へ出る。
すると……。
ざわ……。
空気が変わったのを肌で感じる。
どうやらレオンハルトが魔王モードになったらしい。
「民衆よ! 聞けっ!」
魔王は大声で語り掛ける。
「幾多の戦いの歴史の中で、
我々は苦渋を強いられてきた。
しかし、それを挽回すべく、
新たなる戦いの時を待ち、
ひたすらに牙を研ぎ続けて来た。
そして今まさに戦端が開かれようと……」
魔王の言葉を民衆は真剣に聞いている。
野次を飛ばす者は一人もいない。
この調子なら、すんなり納得してくれるはずだ。
以前から感じていたことだが……。
レオンハルトの支持率は割と高いと思う。
彼の何を気に入っているのか分からないが、民衆が寄せる期待はかなりのもの。やはり純粋な強さが彼らの興味を引き付けるのだろうか?
この前のマティス戦もなかなかだったが、それ以前にも何度か試合的なものを見た。
何十人もの獣人を相手に、たった一人で戦いを挑み、瞬時に敵全員を戦闘不能にする。
その圧倒的な強さを目にしたら、誰だって怖くなるだろう。
しかし、普段の彼からは、そんな恐ろしさは全く感じられず、むしろ馴れ馴れしいまでに距離を詰めてくる。
彼は戦闘モードに入ると途端に恐ろしくなるが、普段は呑気なライオン人間でしかない。
そのギャップが良いのかもなぁ……。
俺は彼の演説を眺めながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。
「必ずや憎き人間どもの軍勢を打ち倒し、
ゼノの輝かしい歴史を取り戻すと全ての民に誓おう!
その為にも! 軍事パレードを開催し、
わが軍の力を人間どもに示すのだぁ!」
「「「「「うおおおおおおおお!」」」」」
広場に集まっていた民衆は大盛り上がり。
この分なら、祭りを開催しても大丈夫だろう。
「じゃぁみんなー! よろしくねー!」
民衆に手を振るレオンハルト。
すっかり元通りになっている。
魔王モードになれば頼りがいがあるんだが、普段の調子だといまいち威厳が足りない。
まぁ、四六時中ずっと怖かったら、俺は気を使いすぎて疲れてしまうので、今のままでいいのかもしれないが。
「それでは、帰りましょうか」
「うん、そうしよっか。
でもお腹空いたなぁ。
どこかで何か食べて行かない?」
「食事……ですか?」
魔王が口にするような食事を提供する店が、城下町にあるとは思えねぇんだよなぁ。
「どこかにいいお店、無い?」
「ええっと……」
どうしようかと困っていると、ある露店が目についた。
「閣下、あそこにしましょう」
「え? あの出店?」
「ええ、あそこなら問題ありません」
「何故だ?」
「何故なら……」
その出店にいたのがノインだからだ。
ノインはすでに出店を始めていた。
他にもちらほらとオークたちが出店を構えている。
そう言えば……祭りの装飾なんかも目に付くな。骨でできたオブジェがそこかしこに建てられている。
街の雰囲気がだんだん変わり始めているな。
「おう、ノイン。早速、ご苦労だな」
「ああ、ユージか。様子を見に来たのか?」
俺は早速ノインに声をかけた。
彼は串焼きを慣れた手つきでクルクルと動かしている。
焼いているのは……カエルかな。
「いや、魔王様に住人の説得をお願いしていたんだ。
困ったことに腹を空かせてしまってな」
「お前がか?」
「いや、魔王様がだよ」
「……だろうな」
などと下らないやり取りをしつつ、ちらりと魔王に目をやる。
ノインが焼いているカエルの串焼きを物欲しそうに眺め、よだれをダラダラと垂らしていた。
「一本貰えるか?」
「ああ、勿論だ。お代は結構だぞ」
「何を言っている、ちゃんと払うぞ」
「じゃぁ3ゼリングくれ」
3ゼリング。
銅貨三枚分ってことだ。
ちなみに銀貨一枚で1000ゼリング。
金貨一枚だと10万ゼリングくらいが相場。
俺は代金を支払って、カエルの串焼きを一本受け取った。
「閣下、どうぞお召し上がりください」
「うむ……」
カエルの串焼きを手に取る魔王。
物珍しそうにしばらく眺めてから、その大きな顎門で勢いよくかぶりつく。
「むふむふ……美味しいよ、これ!」
「お気に召しましたか?」
「ああ、すんごく気に入った!
もっと他にないの⁉」
「ええっと……」
他にオークたちが出している店に目を向ける。
食べ物を売ってる出店が何件かあったので、そっちのも食べてもらおう。
「……これは?」
「果物を飴で固めたものです」
いわゆるりんご飴だ。
「どうやって食べるの?」
「適当に舐めて、適当に齧って下さい」
「ふぅん……がぶり。すっぱーい!」
リンゴはあまり好きではないのか、渋い顔をする魔王。
それでもがりがりと齧って全て平らげる。
「次は?」
「ええっと……うん?」
オークではなく、魔女が出店を開いていた。
ふわふわとした雲のようなものを串にさして並べている。
あれはまさか……。
「あの……」
「あっ、もしかしてユージさまです?」
「ええ、そうですが……あなたは?」
「私はサナトの友達、マミィですぅ。
よろしくどうぞですぅ」
笑顔でウィンクするマミィさん。
たれ目で口元にはほくろ。
髪は水色と目立つ色彩。
魔女帽をかぶって黒いコートを着ている。
ものすげー巨乳だった。
青色の口紅が色っぽい。
「あの、これは?」
「綿菓子ですぅ」
「やっぱり……」
マミィが売っていたのは綿菓子だった。
魔法で動かしているのか、綿菓子を作るマシーン的なものが駆動している。
これにザラメ的なものを入れて、綿菓子を作るのだろう。
しかし……良くできてるな。
魔法でこういう物が作れるのなら、エンジン的な物も作れないだろうか?
「マミィさんはどうしてお店を?」
「ノインさんに声をかけてもらったんですぅ。
私に出来そうなことはないかなって、
色々と考えていたら……。
ユージさまの案が目についたんですぅ」
俺の案?
そう言えば……。
ノインに渡した出店の案の中に、綿菓子の企画も書いていたかな。
実現できるとは思っていなかったので、すっかり忘れていたが……。
「ねぇねぇ、これも食べていいの?」
魔王が顔をずいっと近づけてきた。
「ええ、おひとつどうぞですぅ」
「わーい!」
魔王は綿菓子を手に取り、ちぎって一口ほおばる。
「…………なんだこれ」
「お気に召しませんでしたか?」
「口の中がべたべたするぅ」
綿菓子は気に入らなかったらしい。
甘いものが苦手なのかな?
「そう言えばユージさま、聞きましたですぅ?
ハーデッドさまが行方不明になっているそうで、
例の爆発騒ぎと何か関係があるのかもですぅ」
耳が早いな。
昨日のことがもう噂になっているのか。
「ええ……それなら既に知っています」
「まだ他にも情報があるんですけど、
ハーデッドさま、恋人を見つけたみたいで、
背中に白い羽をはやした翼人族の少年と、
二人で歩いている姿を見た人がいるそうですぅ」
「……え?」
背中に白い羽根?
翼人族にはその色の羽根を持つ者はいなかったはず。
まさか……ね。




