171 前向きに
エイネリとの話を終えた俺は、ハーデッドが行方不明になったことを報告。
案の定、魔王は俺に全てを丸投げし、全てを任せると言ってきた。
特にあれこれしろという指示はなかったので、俺の好きにやらせてもらおう。
全く関心を持たないのはどうかと思うが、妙な思いつきで変な指示を出されるよりはまし。
ついでに、翌日の視察についても相談。
住人が祭りの開催に反発しているので、視察がてら説得にあたって欲しいとお願いした。嫌がらずに承諾してくれたので、明日の朝に彼を連れて街へ繰り出そう。
魔王に報告を終えた俺はミィを連れて農場へと向かった。
もう火事は完全に収まっているだろうし、後片づけで人でも必要なはずだ。今から手伝いに行こう。
「ねぇ……ユージ」
農場への帰り道でミィが話しかけて来た。
「……なんだ?」
「ユージは魔王のことどう思ってるの?」
レオンハルトのことを?
なんて答えればいいんだろう。
「そうだなぁ……。
頭空っぽで普段から何も考えてないけど、
やる時はやる人かなぁ」
「尊敬してる?」
尊敬は……してない。
「まぁ……悪い人じゃないと思うよ」
「そうだね。でも人間をとても憎んでた」
「そら、獣人はみんな人間が嫌いだからな」
「そういうことじゃなくて……」
じゃぁ、どういうことなの?
「あの人は、大切な人を人間に殺されて、
それで人間のことが嫌いになったんだって。
無意味にヘイトを向けてるわけじゃないんだよ」
「へぇ、そうなんだ……」
大切な人を人間に……かぁ。
昔からゼノはアルタニルに何度も喧嘩を売ってるし、長い歴史の中、争いが絶えない。知り合いが殺されていたとしても不思議ではない。
ただそれは戦争行為の中の出来事であって、仲間を殺されたから相手を恨むのはお門違いだろう。失いたくなければ奪わなければいいのだ。
つっても……あの人は無理やり連れて行かされたくちだからなぁ。
一方的に彼の恨みを否定することはできない。
「その人って、友達とか?」
「お母さん替わりに面倒を見てくれた人だって。
獣人と人間のハーフだって言ってた」
「へぇ……ハーフが……」
奴隷のハーフがレオンハルトの面倒を任されていたのか。
普通、獣人がやるべきことだと思うが、先代は奴隷に世話係を任せたんだな。
レオンハルトの話を聞く限り、彼は目をかけて育てられたわけではない。大勢兄弟がいたらしいし、彼だけが特別扱いされたとは思えん。
戦場でも割と雑に扱われていたのかもな。
よくもまぁ、生き残れたものだ。
「人間の血を引くその人に面倒を見てもらっても、
人間のことは嫌いなんだなぁ」
「それは大切な人の命を人間が奪ったからだって。
同じ人間の血を引く彼女を、
人間たちは容赦なくなぶりものにしたって」
「……そうだったのか」
まぁ、戦場ではよくあることだ。
珍しいできごとではない。
血に飢えた兵士はなにするか分かんねぇからなぁ。
戦争になったら、そう言う行為に及ぶ輩もでてくる。
だからって人間の肩を持つわけではない。レオンハルトが人間に対して抱く憎悪は理解できる。
しかしそれは、獣人側でも起こりうることで、別に人間だけがそう言う行為に及ぶわけじゃない。
レオンハルトが人間を憎悪するのは、純粋なヘイトが原因。そのヘイトの根源となりうる行為は、人間だろうが獣人だろうが普通にやるだろう。
戦争が起これば犠牲が増える。
犠牲になるのは決まって力のない市民なのだ。
「私……何が正しいのか良く分からないよ。
ずっと魔王を殺そうと戦ってたのに、
その行為になんの意味もないって気づいちゃった。
人間も、獣人も、他の魔族たちも、
戦争になったらみんなが悪魔になるんだね」
「ああ……そう言うことだ」
俺はミィの頭を撫でてやる。
そこまで考えられて偉いね、的な感じで。
「ねぇ、ユージ。
誰も争わなくて済む平和な世界って、
本当に実現できるの?」
「俺にも分からん。だが、その努力はする」
「その世界の実現のために、
どれだけ沢山の人が犠牲になるの?」
知らんがな。
俺には想像もつかない。
「分からないが……沢山死ぬと思う。
俺はこの国の幹部だ。
ゼノとアルタニルが戦争になれば、
当然、この国の為に戦う。
双方で相当な犠牲がでるだろう」
「戦争に勝ったら、世界は平和になる?」
「ならないだろうなぁ」
「じゃぁ、どうすれば……」
それはずっと先の話になるだろう。
ゼノが戦争に勝とうが、負けようが、戦争が起こらない世界が実現するわけじゃない。
俺が戦うのは、自分の地位を守るためだ。
この国を平和に発展させるには、俺は幹部として働き続ける必要がある。
戦争になれば、地位を守るため、この国を存続させるために、出来るだけ平穏に争いを収める必要がある。
勿論、負け戦は勘弁だ。
ある程度の戦果を上げて、この国に有利な形で終結させたい。
そのためには、敵を殺す必要がある。
そうすると、また別のヘイトを生む。
レオンハルトのように敵対種族に憎悪を抱く人も増えるだろう。
結局は、同じことの繰り返しなのだ。
戦争は幾度となく行われ、大勢の人々が犠牲になる。
この無意味な徒労の積み重ねを、人類は飽きることなく続けてきた。
話し合いで解決できる問題は少ない。
価値観の違いから生ずる問題を解決する手段として、人々は純粋な暴力を選択する。
この世界ではまだまだそれが続くだろう。
「どうすれば平和な世界になるのか。
俺には皆目見当もつかない。
けれど、前へ進むのを諦めたらダメだ。
俺たちは俺たちの夢を実現する為に、
前向きに努力し続けなくちゃいけない」
「……前向きに」
「そう、前向きに、だ。
俺はこの国を発展させて、素晴らしい国にするぞ。
ハーフの奴隷たちも皆解放して自由市民にする。
それと……人間たちとの和解も……」
「それが実現したら、素晴らしいね」
「ああ……」
人間と魔族の和解。
それが実現すれば、世界はよりよい方向へと進むだろう。
しかし、戦争がなくなるかと言うと、これはまた別の問題。
人種の問題って簡単に解決するわけじゃないからな。
人と魔族との遺恨は和解が成立した後も数百年は残るだろう。
そんなことを話し合っているうちにマムニールの農場へと到着した。
オークや獣人が消火の為に集まっており、完全に鎮火している。被害も別館だけで済んだ。
「あら、ユージさん。
お早いお戻りだったのね」
マムニールが話しかけてきた。
「ええ、報告するだけでしたので」
「それで、ハーデッドさまの件は、
これからどう対応するの?」
「それは……いま考え中です」
「そう……早く解決すると良いわね」
にっこりとほほ笑むマムニール。
「ええ、一刻も早く、彼女を見つけます」
「ハーデッドさんが見つかったら、
必ず私に連絡を頂戴。必ずよ」
「無論です」
マムニールは怒っている。
なにか圧が半端ない。
「ねぇ、ユージ」
「なんだ?」
ミィが袖をツンツンと引っ張る。
「早く見つけた方がいいと思うよ。
じゃないと、マムニールさん。
怒って頭おかしくなると思う」
頭おかしくなるマムニールね。
ちょっと見てみたい気もするが……勘弁。
さっさとハーデッドを見つけて弁償させよう。
そうしよう。




