170 ミィと魔王
魔王の部屋。
ミィとレオンハルトは並んで腰かけている。
「あのさ……ミィちゃんって言ったっけ?」
魔王がミィに声をかけた。
「はい、そうですけど……」
「ユージに買われて、どれくらい経つの?」
買う、と聞いて眉をひそめるミィ。
あまりいい気分ではない。
「数か月くらい……ですね」
「そうかぁ。もうずいぶんになるんだね。
ユージとは仲良くなれたの?」
「それなりに……は」
「そっかぁ、よかったねぇ」
何が良かったのだろうか。
良く分からない。
ミィは魔王のなれなれしい態度に警戒心を抱く。
「ミィちゃんはどこで暮らしてるの?」
「マムニールさまの農場で面倒を見てもらっています」
「そっかぁ、よかったねぇ」
「あの……さっきからなんなんですか?
私に何を聞きたいんですか?」
ミィがそう言うと、レオンハルトは慌てて両手をふる。
「ちょっとお話しようと思っただけだよ。
ほら、待ってるだけって退屈じゃない?」
「別に退屈でも構いませんけど……」
「ほんとぉ?」
「……はい」
だんだん、相手をするのが面倒になってきた。
しかし、邪険に扱うわけにもいかない。
どうしたものか。
「あっ、そうだ。
ミィちゃんはお祭りのこと知ってる?」
「ええ……ユージさまから聞いていますけど……」
「とっても楽しいイベントになると思うから、
絶対に参加してね!」
「はぁ……」
そんなことを言う魔王だが、半獣の奴隷たちの参加は純潔獣人が認めないと、ユージから聞かされている。
「私たちは参加させてもらえないそうですが」
「え? そうなの?」
「ええ、獣人は人間が嫌いなので、
私たちハーフの参加は認められないと」
「ううん……そっかぁ」
腕組みをして苦い顔をする魔王。
「魔王様は私たちが祭りに参加することに、
なんの不快感も覚えないのですか?」
「うん、別に」
「どうして?」
「どうしてって聞かれてもなぁ」
どうやらレオンハルトは人間の血を引くハーフに対して、差別的な意識を持っていないらしい。
これは意外な発見である。
「魔王様は私たちのことを嫌いではないのですか?」
「うん、別に嫌いじゃないよ」
「人間の血が流れているのに?」
「あまり気にならないねぇ。
俺にとって人間って言ったら、
食べるか、殺すしかない相手だけど、
半分獣人なら仲間みたいなものだからね」
あっけらかんとそんなことを言う魔王に、ミィは少なからず恐怖心を覚える。
目の前にいるのはライオンのきぐるみを着た人間ではない。根本的に価値観を異にする異種族なのだ。
「私たちが……仲間?」
「うん、だってそうでしょ。
君の血には獣人の血が流れてるんだから」
「でも、半分は人間ですよ」
「だとしても、半分は仲間だよね。
俺はあんまり細かいことを気にするのが嫌なんだ。
半分仲間ならそれでいいと思うんだけどなぁ」
魔王はそう言うが、他の獣人はそう思っていないはず。
そのことについて、どう考えているのだろうか。
「獣人たちはそう思っていないようですけど」
「まぁ……街の連中はそうかもね。
皆ハーフの人たちを必要以上に怖がってるんだ。
人間の血が流れてるからって、
俺たちと大して変わらないのにねぇ」
それはどうだろうか?
見てくれは大分違う。
少なくとも、レオンハルトの容姿は人間のそれとは大きく異なっている。
「魔王様は、どうしてそう思われるのですか?」
「昔ハーフの子に良くしてもらったからね。
俺が戦場へ連れていかれた時に、
奴隷の女の子に面倒を見てもらったんだ。
ちょうど、今の君くらいの年齢だったかなぁ」
「その人はどうなったんですか?」
「……死んだよ」
魔王はどこか遠い目をして言った。
「彼女はとてもやさしかった。
臆病な俺を抱いて何度も頭を撫でてくれた。
母親は俺を生んで直ぐに死んじゃったから、
世話をしてくれたその子が母替わりだったんだよ。
彼女が死んじゃった時は、悲しかったなぁ」
「その人の名前は?」
魔王はミィをじっと見て言う。
「彼女の名前はイレーヌ。
君と同じ黒髪で、背の低い女性だった。
笑った時の顔がとてもきれいでね。
俺は彼女とずっと一緒にいたいと願ったよ。
その願いは聞き入れられなかったけど」
寂しそうに言う彼に、ミィは優しく語りかける。
「魔王様が願えば、
その人の魂はずっと一緒にいてくれると思います。
アナタの胸の中で……」
「胸の中で……かぁ。
なんかロマンチックだね」
レオンハルトは胸のあたりをさすって笑った。
「でも良かったです。
魔王様が人間を嫌っていないって分かって」
「うん? 人間は嫌いだよ?
軽く絶滅させたいと思ってるけど?」
「え?」
ミィが疑問符を浮かべると、魔王は途端に剣呑な目つきになった。
「イレーヌを殺したのは人間だ。
あいつらは彼女を取り囲んでなぶりものにしたんだ。
俺の目の前で……っ!」
「そんなっ……」
「確かに、彼女には獣人の血が流れていた。
だが半分は人間だったはずだ。
それなのに奴らは……。
奴らは彼女を殺した!
絶対に許せない……絶対にだ!」
魔王の目には憎悪の炎がともる。
先ほどまでとは打って変わって、まるで別人のように恐ろしい顔つきになった。
「その後、俺は味方に助けられ難を逃れた。
けど彼女を救うことはできなかった。
俺は誓ったよ、復讐を。
この地から人間を根絶やして、
永久に平和な世界を作ると、そう誓ったんだ」
……同じだ。
ミィは自分と目の前の魔王を重ね合わせた。
全ての魔王を殺せば平和な世の中が来ると思っていた。
だがそれは違う。
結局のところ、魔王を殺したところで、別の誰かが魔王になるだけだ。それはレオンハルトの場合も同じで、復讐の為に人間を殺したところで、何も変わらない。
平和な世界は永久に訪れないだろう。
「魔王様、私は思うんですけど……。
人間をこの世から根絶しようとしても、
それは不可能だと思います」
「それはなぜだ?」
「殺しても、殺しても、新たに生まれるからです。
私たちがこの世に生を受けたように、
人間たちも新しい命を授かります。
その全てを根絶しようとしても、
海の水を全て飲み干すくらいに無理なことです」
「ふむ……不可能か。
確かに不可能かもしれん」
魔王は眉を開き、やわらかい表情になった。
「怖い話をしてごめんねー。
昔のことを思い出したら、
何かイライラしちゃってさー」
「あっ、はい」
元通りの柔らかい表情になった魔王からは、殺意の欠片も感じない。
先ほどまではあんなに恐ろしい顔をしていたのに……。
「お待たせいたしました」
ユージが戻ってきた。
「おお、ユージよ。話は済んだのか?」
「はい、一応……」
「自分の部下は大切にするんだぞ」
「……はい」
魔王の言葉に頷くユージ。
話が長引いたのか、疲れた声をしている。
「そう言えば、二人は待っていた間。
何を話していたんですか?」
ユージが尋ねる。
「色々と……だ。
なぁ、ミィよ」
魔王が言った。
「ええ、色々とです」
ミィがそう言ってレオンハルトを見ると、彼は柔らかい笑みを浮かべていた。




