168 エイネリ 前編
エイネリの部屋は綺麗に整えられていた。
高級そうな調度品の数々。年季の入ったアンティーク家具。なかなかセンスのある感じに整えられている。小洒落たカフェのような雰囲気だ。
彼女はスツールに腰かけ足を組む。俺は小さな丸テーブルを挟んで向かいに腰かけ、相手が話し始めるのを待った。
「それで……何から話し始めればよろしいですか?」
エイネリが言う。
「そうだな……先ずは君が、
ヴァンパイアになる前のころの話が聞きたい」
「わたくしが冒険者をしていた時の話ですの?」
「ああ、そのあたりから話してくれ」
俺はエイネリが冒険者をしていたとは知らなかった。
彼女がどんな風に活動していたのか気になる。
「わかりましたの。では……」
それから彼女は淡々と自分の過去について話し始めた。
エイネリはそこそこ名の知れた有名な家の生まれで、英才教育を受けて大切に育てられた。彼女の持つ豊富な知識は幼いころから受けた教育によるものらしい。
幼少期は何の問題もなく過ごし、温かい家庭で、愛情をたっぷりに注がれて育ち、すくすくと成長していった。
幼少期のころは本当に語ることが無いらしく、ざっくりとした説明しかなかった。両親や故郷を懐かしむことはなく、これと言った思い出話もない。
本当に要点だけしか話さなかったのだ。
16歳になり成人した彼女は冒険者の仕事に就く。
と言っても、タダの冒険者ではなく、お供を何人も引き連れた、なんちゃって冒険者だ。
冒険者には2つのタイプがいる。
一つは一般冒険者。金に困った奴。まともな職業につけない奴。行き場のない奴が、いやいやながらこの職業に就く。
死と隣り合わせの危険な職業なので、この職に就きたがる奴はあまりいない。にもかかわらず大勢の人が冒険者になるのは、それだけ働き口が限られているからだ。
農民になるにも、商人になるにも、職人になるにも、色々と制限がある。誰でもウェルカムと言うわけではない。
なんの学も技術もない奴が付ける職業と言えば、冒険者か、日雇い労働か、他の仕事の下働きくらい。
なので、冒険者が何人死のうと、いくらでも代わりが見つかるのだ。
もう一つのタイプの冒険者。
それは貴族や金持ちなんかが道楽でやる奴だ。
ある程度の資金があれば、好きなだけ護衛の冒険者を雇える。弾除けに一般冒険者を揃えて、観光気分でダンジョンに潜ったり、魔物の討伐に向かったりする。
そんなことして何になるのか疑問だが、全く無意味というわけではない。それなりに功績を上げれば人々に名前を知られ、ちょっとした有名人になれる。
成功報酬で人件費を賄うことはできないが、売名が目的なので赤字になっても関係ない。要は有名になりさえすればいいのだ。
名前を売って有名になったところで、劇的に何かが改善するわけではないのだが……悪名は無名に勝ると言うし、有名になることは悪い事ではない。
というわけで、やんごとなきご身分の貴族や金持ちなんかは、こぞって冒険者ごっこに精を出すと言うわけだ。
エイネリは言うまでもなく後者。
彼女は金で雇った冒険者と、古くから仕える従者たちを引き連れ、大部隊でダンジョンへと向かい、数の暴力で攻略していった。
そんなことして何が楽しいのか分からないが、とにかく沢山の功績を上げたのだ。
そこそこ有名になり彼女の両親も大喜び。エイネリがダンジョンを一つ攻略するたびに、実家で盛大なパーティーを開いたと言う。
このパーティーについても、エイネリは詳細を省いた。あんまり家のことは話したくないらしい。
金で雇った冒険者に魔物の相手をさせ、自分は何もしないで悠々と進撃する。バカのような行為を繰り返して強くなった気になっていた。
エイネリは自嘲気味にそう語る。
金の力でダンジョン攻略を続けていた彼女だったが、まさか自分が破滅するとは思っていなかった。
その瞬間は突然やってきたのだ。
いつものようにダンジョンへ潜った彼女の前に、アンデッドの集団が立ちはだかる。
敵は今まで戦ってきた雑魚とは明らかに違い、驚異的な強さを誇った。引き連れていた冒険者と従者は瞬く間に全滅。
一人だけになったエイネリはダンジョンを逃げ回る。
最深部まで追い込まれた彼女は、たった一人でダンジョンのボスと対峙。背後から迫るアンデッドたちをいなしながら、目の前の難敵と戦う無茶苦茶な状況に陥る。
なんとかボスを撃破したが、アンデッドの集団まで手が回らなかった。力尽きた彼女は敵に捕らわれてしまう。
イスレイへ連行された彼女は牢屋に入れられ、捕虜となった。
それからはとても辛い思いをしたと言う。
裕福な暮らしになれていた彼女にとって、捕虜としての生活はとても苦しかった。
差し入れられる食事は粗末な物ばかり。牢の中で用を足さなければならない。まるで地獄のような生活だった。
彼女を捕らえたアンデッドたちは、毎日のように拷問を加えた。家畜同然の扱いを受けた彼女は尊厳を奪われ、ついには両手両足を切断されてしまう。
エイネリはその様子を仔細に語る。
あまり聞いていて気分の良いものじゃない。
しかし、彼女にとっては、故郷の思い出話よりも聞いてほしい事柄だったようだ。
自分で歩くことすらできなくなり、もう生きているのも嫌になった。死んで全てを終わらせてたいと思い、殺してくれと懇願する。
その願いは聞き入れられることはなく、ナブコフはヴァンパイアにならないかと提案。
もし血を受け継ぐのなら従者として迎え入れてやる。拒むのなら、永久にそのまま。この牢で飼い続けてやる。
その提案にエイネリは絶望した。
もしその提案を受け入れたらヴァンパイアになってしまう。
そうなったら……。
「ヴァンパイアになったら……。
赤ちゃんが産めなくなってしまうですの」
エイネリはそう言って臍の下あたりをさする。
不死の存在になれば妊娠することは望めない。
ヴァンパイアには生殖能力がないのだ。
「わたくし、いつかお母さんになるって……。
子供のころから憧れていたですの。
いつか王子様が迎えに来て、
わたくしを連れて行ってくれる。
そんな夢を思い描いていましたの。
でも結果は……」
ヴァンパイアになる道を選んでしまったと。
「ナブコフは言いましたの。
もし血を受け入れるのであれば、
悪いようにはしないと。
切り離した両手両足も元通りにできる。
そう言われて……。
わたくしは抗えませんでしたの」
寂しそうに言うエイネリからは、いつものような気丈さは感じられなかった。




