166 切り離されたアンデッドの身体を元に戻す方法
ナブコフの話を総括する。
ハーデッドは失踪の数日前から、地図を眺めてニヤニヤしたり、ナップザックに荷物を詰めたりと、何やら様子がおかしかった。
いつものようにハーデッドの様子を見に行くと、探さないで下さいと記された書置きが残されており、彼女は忽然と姿を消してしまう。
警護を担当する彼は責任問題になると思い隠ぺい工作を開始。
アンデッドたちは魔王に関心を寄せることもなく、マイペースに生活している。ハーデッドの世話をする者はごくわずかなので、体調不良だと言って居室を閉鎖すれば、誰も失踪に気づかない。
しかし、それでも稼げる時間はわずか。
直ぐに彼女を連れ戻さなければ、彼の立場は危うくなる。
どうしようと悩んでいたところへ、トゥエが手紙を持って現れたのだ。
「ハーデッドが失踪した理由について、
何か知っていることはあるか?」
レオンハルトが彼に質問する。
「いえ……それが何も」
「彼女が普段何を考えているか、
全く関心がなかったから分からないのだ」
「そうは言いますが……。
我々下々の者が、魔王様の思想に口を出すなど、
それこそ有り得ないことでして……」
「ふむ……」
両腕を組んで考え込む魔王だが、全く何も考えてないはずだ。今の質問も適当にして、それっぽくふるまっているだけだろう。
普段からハーデッドは配下の者と距離を置いていたようだ。友達なんて一人もいなかっただろうし、さぞ退屈な毎日を送っていたことだろう。
出奔したのも理解できる。
彼女は言っていた。
普通の女の子になりたいと。
彼女を満足させるには、その望みをかなえるほかない。さもなくば、再び出奔を企てるだろう。イスレイのお家問題は永久に解決しない。
「ナブコフとやら。
我々の言うことを素直に聞き入れろ。
そうすれば悪いようにはしない」
「ちっ、スケルトンが偉そうに……」
「あ? 今なんて言った?」
「ふんっ、別に」
顔を背けるナブコフ。
下級アンデッドに上から目線で話しかけられるのは、上級国民として許せないか。
「ちょっと! ユージに失礼な態度を取らないでよ」
「ひぃ! 殴らないで」
「もう殴らないから……だから約束して。
ユージのことを見下したり、馬鹿にしないって」
「しかし……奴はスケルトンで……」
ナブコフ的には強い人間にへつらうより、下級アンデッドに従う方が屈辱らしい。
俺にもミィのような強さがあればなぁ。
「あのぅ……。
そろそろ私の腕を元に戻してほしいんですけども……。
この国に腕の利くアンデッドの医者はいますか?」
ナブコフがちぎれた片腕を持って言う。
「え? それくっつくの?」
物珍しそうに腕を眺めて魔王が尋ねる。
「ええ、我々はアンデッドなもので。
腕がもげようが、首が切り離されようが、
適切な処置を施せば再生するのです」
「へぇ……アンデッドって面白いねぇ。
俺たちの腕が取れたりしたら、
もう二度とくっつかないよぉ」
「あの……本当にあなたがゼノの魔王なのですか?」
「え? そうだけど?」
砕けた態度を取りすぎたせいで、魔王の威厳ゼロのレオンハルト。
そろそろ魔王モードに入ってもらわないと困る。
「閣下、いつもお伝えしていますが……」
「あっ、忘れてたよ。
あははは……おっほん。
余が魔王レオンハルトである!
頭が高い!」
態度を改める魔王。
そんな彼を、ナブコフは不審そうに眺めている。
「おい、スケルトン。
まさかこの男は影武者ではないだろうな?」
いえ、それが正真正銘、本物の魔王です。
「あなたのような愚か者には、
閣下の偉大さが分からないのですねぇ」
「なんだと……このっ!」
ギラリと俺を睨みつけるナブコフ。
ミィが拳を振り上げると途端に大人しくなった。
「アンデッドの医師なんてこの国にはいません。
ご自分の国へ帰って治療すればいいでしょう」
「そんな悠長なことをしていたら、
俺の腕が腐ってしまう!
少しでも早く元に戻したいのだ!
なんとかならんのか⁉」
なんとかしろって言われてもなぁ。
いないものはいな……うん?
そう言えば……。
以前に切り離された両手両足を元通りにした経験がある奴がいたな。
彼女ならナブコフの腕をもとに戻せるかもしれない。
ということで早速呼びに行く。
「もぅ、なんですの?」
急に呼び出されたエイネリは不機嫌そうに口をとがらせる。
「悪いなエイネリ。
早速だが、コイツの腕をもとに戻せるか?」
「腕をもとに戻す? どなたの腕を……あっ」
ナブコフの顔を見るなり固まるエイネリ。
「おおっ! エイネリ! 久しぶりだなぁ!
追放されてから何処へ行ったかと思っていたが、
まさかゼノに身を寄せていたとは!」
どうやら二人は知り合いだったようだ。
「なんだ、知り合いだったのか?」
「ええ、昔ちょっと付き合いがありましたの。
と言っても、ほんのちょっとだけですけどね」
「なーにがちょっとした付き合いだ。
お前に血を分けたのは俺だろうが」
ナブコフが言った。
「え? エイネリがヴァンパイアになったのは……」
「そうさ、この俺がアンデッドにしてやったんだ。
コイツがどうかお願いしますって懇願したから、
仕方なく血を分けてやったんだよ。
なぁ……エイネリ」
俺は彼女の方を見る。
エイネリは歯を食いしばっていた。
「お前がその気なら、また俺の元で……
面倒を見てやってもいいんだぞ」
「気安く話しかけないで欲しいですの。
あなたはもう、わたくしの主人ではない。
今はこうしてゼノで元気にやっているので、
構わないで欲しいですの」
「そんなこと言わないで……なぁ。
また昔みたいに……」
「……ふん」
また昔みたいに?
二人の過去に何があったのかは分からない。
深く突っ込まない方がいい。
しかし、俺のそんな考えとは裏腹に、ナブコフはエイネリの過去を暴露するのだった。
「お前は俺の奴隷だったんだから、
素直に従わないといけないぞ。
エイネリぃ……」
不潔な笑みを浮かべてナブコフが言った。




