165 上級アンデッド
「まったく……なんて仕打ちだ!」
扉の下敷きになったヴァンパイアは服についた埃をはたきながら憤慨する。
「申し訳ありませんでした……」
俺はただ頭を下げ謝罪。
弁明のしようがない。
「それで……あなたは?」
「人を押し倒しておいて、名を名乗れと?
失礼なスケルトンがいたもんだな。
下級アンデッドのくせに……」
ヴァンパイアは忌々し気に舌打ちをする。
「失礼しました。
私の名はユージ。
レオンハルト王に仕える者の一人です」
「ふんっ、貴様が噂に聞くスケルトンか。
ゼノで幹部になったと言う。
なんともまぁ、情けない面構えだな。
こんな輩を幹部に迎え入れるなど、
この国の程度が知れる」
おいおい、待てよ。
俺のことはともかくとして、魔王の目の前でゼノを馬鹿にするのは許せん。国辱もいいところだぞ。
「閣下の手前、その言動はあまりに無礼。
口を謹んで頂きたい」
「我が魔王を拉致して置いて何を言うか。
貴様らが我が主君に対して行った仕打ちは、
血で贖うほかないと知れ!」
逆切れするヴァンパイア。
この人、本当になんなの?
「まぁまぁ、そう怒るな。
彼女を拉致したのは我々ではないと、
先ほどから説明しているではないか」
魔王が言った。
なんとも呑気な口調だった。
「その言葉、信ずるに値する証拠は何もない。
我が主君を拉致した国の親玉が、
何を言おうと言い訳にしかなりませんな」
「閣下に対してその口の利き方は何だ!
無礼だろう!」
流石に我慢ならず、俺は彼の口ぶりをとがめた。
「無礼なのは貴様たちの方だ。
ハーデッドさまをさらっておいて、
弁明の言葉一つよこさない。
このままでは戦争になるが、
それでもよろしいか?」
この人……本気で戦争をするつもりなのか?
こちらの出方を伺っているようにも思えるが……。
「拉致だなんて言いがかりもはなはだしい。
ハーデッドさまはご自分の意志でこの国へ来られた。
私は直接彼女に会って確かめましたので間違いありません」
「では今、ハーデッドさまは何処におられるのか?」
「それは……」
ついさっきどこかへ行っちゃいました。
なんてこの状況で言えるはずねぇ。
「そうそう、確か農場にいるんだよね。
さっきサナトとか言う魔女から聞いたぞ」
魔王が言う。
「その農場はどこにある?
直ぐに会いに行って閣下の無事を確かめる!」
「いやぁ……あの……」
「なんだ、案内できないのか?」
「そう言うわけでは……」
「ではさっさと……うん?」
ヴァンパイアはミィに気づく。
「なんだ、その人間は」
「彼女は私の所有する奴隷です」
「スケルトンが奴隷を所有だと?
下級アンデッドのくせに生意気な……
この奴隷は私が没収する!」
「いや、なにを無茶な……」
「黙れっ! この下級アンデッド!
私はヴァンパイア! 上級アンデッドだぞ!
私の言うことに素直に従え!」
無茶苦茶すぎる……。
法も秩序もあったもんじゃねぇ。
「貴様には今から私の血を注入して、
立派なヴァンパイアにしてやる。
それからたっぷりと可愛がってやるぞ!
うへへへへへへ」
ヴァンパイアは手を伸ばしてミィの手をつかむ。
そろそろ止めないとマズイ。
「あのぉ……お戯れはそれほどに……」
「うるさい! 貴様は黙っていろ!」
「でも、大変なことに……」
「自分の奴隷が奪われるのが、そんなに悔しいか!
せいぜいそこで歯ぎしりでもしていろ!
この女は今日から私の……」
「触るなっ!」
つかまれていた手を振り払うミィ。
すると……。
「はぇ?」
呆けた顔になるヴァンパイア。
それもそのはず。
彼の腕がもげてしまったのだ。
「え? なんで? どうして腕ないの?
ふぇえええ? おかしいよ?」
突然のことに馬鹿になるヴァンパイア。
これから彼の身に降りかかる災難を思うと胸が痛む。
「……じゃぇ」
「え?」
「死んじゃえ! このセクハラやろう!」
「ふぇ⁉ おぶっ!」
ミィの放った右ストレートは、それはもう見事なまでに彼の右頬をえぐった。
「おぎゃぱあああああああああああああ!」
盛大に吹っ飛ぶヴァンパイア。
壁にたたきつけられて大ダメージ。
ミィはさらに追撃を加える。
「このっ! このっ! このこのこのっ!
死ね死ね死ね死ね死ね!
うんこやろう! くそやろう!
ばーか! ばーか!」
「あべべべっべべべべべしっ!」
マウントとって殴る、殴る。
何度も顔面を殴り続けるミィは、相手が泣いても殴るのを止めなかった。
「ごべんなざい、ゆるじでぐだざい」
「ふんっ!」
土下座して謝罪するヴァンパイア。
仁王立ちして鼻息を荒くするミィ。
この子と本気で喧嘩したら絶対に勝てない。
怒らせないように気をつけよう。
「やりすぎだよぉ、かわいそうじゃないか。
泣いてるからそろそろ許してあげて」
まぁまぁと仲裁に入る魔王。
この人、流石に呑気すぎる。
「それにしても、ユージよ。
こんなに強い人間を従えるとは……。
いったいどこでこの奴隷を手に入れた?
どうやって従わせている?」
「それは……色々ありまして……」
「ふむ……色々あったのか。
それにしても強いな、この少女は。
まるで勇者のようじゃないか」
感慨深くミィを見やる魔王。
まるで……じゃなくて、勇者なんだよなぁ。
「俺はこの子をどこかで見たことがあるぞ」
「え? お目通ししたのはこれが初めてですが」
「いーや、どこかで見たことがある。
そうだな……確か便所で……」
今それを思い出すか⁉
頼む、忘れてくれ!
「あの時は大変でしたなぁ。
閣下が大便を漏らしてしまって……」
「それはもういいだろう。
というか、誰にも言わない約束だったはずだが?」
「申し訳ございません。
つい口が滑ってしまいました」
「んもぅ……うかつだなぁ」
魔王は笑って許してくれた。
やっぱりこの人、器でけーわ。
「それはそうと、このヴァンパイアは何者ですか?」
「イスレイからの使者だ。
名前は……えーっと、なんだったかな」
ついさっき聞いた名前を忘れてしまったのか。
この人の記憶力、本当に大丈夫かな。
「忘れてしまったものは仕方ありませんね。
本人に直接聞くことにしましょう。
おい、お前!」
「ひぃ!」
ボコボコにされたヴァンパイアはおびえきっている。
それでも死者を束ねる者たちの端くれか。
「お前、名前はなんという?」
「私の名前は……ナブコフと言います」
「ナブコフ、お前の地位は?」
「一応幹部です」
コイツが幹部?
だとしたら弱すぎない?
「いいか、正直に答えろ。
お前はハーデッド失踪の責任を、
我々に擦り付けようとしたな?」
「そんなことは……ないです」
「ミィ。もうちょっとコイツを殴ってくれるか?」
「お願い止めて!」
両手で顔を隠すナブコフ。
さっきまでの態度が嘘のよう。
「だったら正直に答えろ」
「はい……本当のことを申しますと、
我々はずっと前から憂慮していました。
彼女がどこかへ行ってしまうのではないかと、
心配で、心配で」
「心配しながら、国を出るのを止められなかったのか」
「はい……そうです」
何とも情けない話だ。
聞いてあきれる。
「ついに彼女は姿を消してしまいました。
警護を担当していた私は責任を問われ、
血を奪われて下級落ちする運命。
どうすればいいかと頭を悩ませているところへ、
ゼノからの知らせが届いたと言うわけです」
トゥエが手紙を届けたことで、
彼は責任転嫁する先を見つけたわけか。
「そこで私は考えました。
彼女が消えた責任をゼノに押し付けてしまえと。
そうすれば追及されなくて済む。
だから……」
「あんな横柄な態度で我々を脅そうとしたのだな?」
「そのとおりですぅ……」
ナブコフは自らの非を認めた。
初めから素直にそうしろっての。
「あっ! こんなところに腕が落ちてるよ!
さっき落としたやつでしょー。
今度はなくしちゃだめだよぉ」
魔王がナブコフの腕を持ってきてくれた。
彼のそんなあっけらかんとした態度を見て、ナブコフはポツリと言う。
「この国……おかしいよ」
俺もそう思う。




