162 誰にも取られたくない
それからなんとか場を落ち着かせた俺は、皆と今後の方針について話をした。
明日からは早速祭りの準備に取り掛かる。
残された時間は三日しかないので、その間に急ピッチで作業を進めなければならない。
と言っても、皆はほぼ準備を整えているので、後は必要な資材を組み立てるだけでいい。
「とりあえず、今日は解散してくれ。
みんなご苦労だったな」
俺は解散の挨拶をする。
皆は席を離れ、ぞろぞろと会議室から出て行った。
「あの……ノインさん」
会議室を出て行こうとするノインを、フェルが呼び止めた。
「なんだよ、フェル」
「さっきのこと……なんですけど」
「悪いが、俺はお前の気持ちに応えられねぇ。
俺には好きな奴がいてな」
「そう……ですか」
フェルの耳がしょぼんと垂れる。
ちょっとかわいそうだが……仕方ない。
ノインはそのまま会議室から出ていき、フェルは黙って彼を見送る。しばらくその場に立っていたが、彼もゆっくりと歩き出して部屋から出ていく。
「ユージさま!」
サナトが話しかけて来た。
「私、ユージさまのこと……」
「分かったから。今はやめてくれ。
俺は誰とも結婚する気はない」
「そんなことが聞きたいんじゃないんです!
私は……私の気持ちを受け止めて欲しい。
そう思ってるだけなんです!」
気持ちを受け止めて欲しい……か。
無理な話だ。
誰かに好意を抱かれるのは悪い気分じゃない。
むしろ嬉しいとさえ思う。
ムゥリエンナも、サナトも、どういう理由か分からないが、俺のことを好きになってくれた。これ自体は喜ばしい事実だ。
しかし……俺が誰かと結ばれたところで……相手を幸せにする自信がないのだ。
「受け止めろって言われてもなぁ……無理だよ。
俺をよく見てみろ、どう見てもただの骨だろ。
こんな体で抱きしめてやっても、
暖かくもないし、気持ちよくもない。
こんな俺に何を期待してるんだよ?」
「それでも私はあなたが好きです。
ずっとモヤモヤ悩んでましたけど、
彼女のお陰ではっきりしました。
私はあなたのことが好き。
誰にも取られたくない」
そう言って俺をじっと見るサナト。
俺は返答に困った。
なんて言ってやればいいのか。
「ユージさま。私ともキスして下さい」
「え? なんで?」
「ムゥリエンナさんとはしたのに、
私とはできないんですか?」
「いや……それは……」
この流れは……断れそうにないなぁ。
「分かった。一回だけだぞ」
「じゃぁ、目をつむって下さい」
おかしなことを言うな、この子は。
瞼がないのにどうやって閉じろと?
「あのなぁ……俺には瞼なんて……」
「いいから、早くしてください」
「はぁ、分かったよ」
俺は身をかがめてサナトの身長に合わせる。
すると、彼女はそっと唇を俺の口にくっつけた。
とてもキスとは言えない。
俺の前歯に彼女の唇を当てただけだ。
それでもサナトは満足したようで、嬉しそうにほほ笑んでいた。
よかったんだか、わるかったんだか。
「これで……満足したか?」
「ええ、一応は」
「どうして俺のことなんか好きになった?
理由でもあるのか?」
「ううん……なんとなく、ですね!」
嬉しそうに言うサナトに、なんとも言えない愛おしさを感じる。
「じゃぁ、俺はこれで失礼するぞ」
「あの……ムゥリエンナさんとの結婚。
本当の話じゃないんですよね?」
「しつこい、何度も言わせるな。
俺は彼女と結婚するつもりなんてない」
「本当ですね?」
「ああ、本当だ」
それを聞いてサナトは……。
「はぁ……よかったぁ」
安心したようにため息をつくのだった。
そんなに俺が好きなのかぁ。
「じゃぁ、今度こそ行くからな」
「あの……ユージさん」
「まだ何かあるのか?」
「あそこ……」
サナトは部屋の入口を指さした。
ムゥリエンナがこちらの様子を伺いながら、ハンカチを噛んで悔しそうな表情を浮かべている。
目からはとめどなく涙を流していた。
「ちゃんと説明した方がいいんじゃないですか?」
「うむ……そうだな」
それから俺はムゥリエンナに、サナトとも結婚しないことを伝える。
なかなか話を聞いてもらえず時間を費やすことになった。
会議を終えた俺は農場へと向かう。
すっかり遅い時間になってしまった。
シロは俺の部屋に置いて来た。ミィにも会うつもりなので連れていけないと思ったからだ。
ハーデッドは一日放っておいたが、大丈夫だっただろうか?
昨日買い物に付き合ってやったので、それなりに不満は解消できたかと思う。
とりあえず今日もアイツの様子を見に行って、次のわがままが何か聞いてやろう。昨日は割とあっさり満足してくれたので、また外へ連れて行けば大丈夫なはずだ。
行き交う人でにぎわう大通りを進みながら、マムニールの農場のある方を眺める。丘の上にあるあの農場は、ここからでも見える場所にあるのだ。
つってもすっかり夜になっているので、かろうじて明かりがいくつか見え……。
どがああああああああああああああん!
農場で爆発!
燃え上がる炎!
え? なんで⁉
周囲の人も爆発に気づいたのか、農場の方を見ながらざわついている。
俺は大急ぎで農場へと向かう。
また勇者たちが襲ってきたのだろうか?
マティスたちが現れたとしても、ミィがいるから大丈夫だとは思うが、敵が複数となると彼女一人では危険。
早く助けに行かないと……。
だが、行ってなんになる?
スケルトンの俺にできることは足止めくらい。
それも一瞬の間だけ。
それでも……俺は前へ進んだ。
ミィを助けるために。




