159 婚期は絶対逃さない
俺はムゥリエンナの父親に、なぜこんなことになったのかを伝える。
「祭りで? そうかぁ……獣人が土を……。
確かにそう言う習性の連中もいるが……。
なんでうちの娘が担当に?」
「その……成り行きで」
「成り行きかぁ、そうかぁ……」
両腕を組んで悩まし気に眉を寄せるお父さん。
納得はしていないようだが、落ち着いてはくれた。
「これで分かっていただけましたか?
私は彼女に変態行為を強制してはいないと」
「ああ……まぁな。だが仕事は辞めさせる」
「何故ですか⁉」
「それはなぁ……」
お父さんはムゥリエンナの方を見る。
「うちの娘は年ごろだし、
そろそろ結婚を考える時期だろ?
けど、仕事が忙しいって首を縦に振らない。
放っておいたら独身のまま年老いてしまう。
それだけはなんとしても避けたいんだよ」
「確かにそうかもしれませんが……。
彼女はまだ結婚を望んでいません」
「だろうな、それは分かる」
力強く頷くお父さん。
「仕事を始めてから、この子は明るくなった。
毎朝早くに出かけて、夜遅くに帰って来る。
にもかかわらず全く疲れた様子はなく、
生き生きと魔王城へ通い続けている。
以前は引っ込み思案で友達も少なく、
家で本を読みながらダラダラと過ごしていた。
そのころと比べると見違えるようだ」
「だったら……」
「仕事を続けさせろって?
それとこれとは別の問題なんだよ。
この子は自分の世界に入り込んだら、
深いところまでのめりこんでしまう。
あっという間に時間が経って歳を取り、
気づいたら独り身のまま年老いていく。
そんなことになりかねん」
それはどうだろうなぁ?
未来のことなんて分からんのだし、
今から心配してどうするんだよ。
「お言葉ですが、その心配はありませんね。
ムゥリエンナさんはモテるので」
「ええっ⁉ 私がモテるなんて初耳ですけど!?」
「君には言ってなかったからな。
初めて聞くのも当然だろう」
というか、モテるなんて話は聞いたことがない。
テキトーなことを言ってるだけだ。
「ここだけの話ですがね。
ムゥリエンナさんの人気は凄いですよ。
嫁にしたい女性ランキングと言うのが、
魔王城では密かに流行っていて……。
彼女は毎回その上位に食い込むほどの人気です」
「それは本当か⁉」
驚くお父さん。もちろん嘘だ。
そんな糞みたいなランキングを作ってる奴がいたら俺がぶっ潰してやる。
「ええ、獣人もオークもゴブリンも、
他の種族の魔族はもちろん、
同族のラミアたちからも、
ものすごい人気なのです!」
「その人気の理由は?」
「それはズバリ彼女の知識!
豊富な知識により会話の幅が無限大に広がる!
ニッチな話題から、オタ話まで!
どんな話題でも乗って行けるので、
誰とでもディープなおしゃべりが可能!
そんな彼女を男が放っておくはずがない!」
「えっ……ええっ……」
俺の説得にたじろぐお父さん。
適当なことを言っているだけなのだが、
良い感じに押している。
あともう一押しってところか?
「いや……どうしてそうなる?
ただ知識が豊富というだけでは……」
「だまらっしゃい!」
俺は大声で怒鳴る。
「どうして気づかないのですか⁉
自分の娘の魅力に!
どんなに彼女が仕事にのめりこんでも、
婚期を逃すなんてありえない!」
「なっ……なぜ言い切れる!」
「それは……この私が……。
彼女に惚れているからです!」
「ええっ⁉」
驚愕するお父さん。
ムゥリエンナはまだ解説を続けている。
「私はムゥリエンナさんに心を奪われました!
こんなに魅力的な女性は他にいません!
ですので、どうか安心して下さい。
仕事をしようが、しまいが関係ない!
彼女は絶対に幸せになれる!
この私が保証しますっ!」
「うぅ……ううむ……」
お父さんは反論できなくなった。
「できればムゥリエンナさんの魅力について、
ここで語りたいところですが……。
いかんせん時間が足りない。
語りつくせないほどの魅力が、
彼女にはあるのです」
「そんなに熱くなったところで……娘はやらんぞ」
だろうね。
俺はアンデッドだし。
「それは……何とも残念ですね。
ですが仕方ありません。
彼女なら私よりも魅力的な男性と出会えるはず。
幹部の私なんかよりもずっと有能で、
幹部の私なんかよりもずっとイケメンで、
幹部の私なんかよりもずっと……」
「分かった、もういい」
げんなりした顔でお父さんが言った。
「アンタの言うことは良く分かった。
ムゥリエンナが仕事を続けることに文句は言わない。
だがな……お前との結婚は絶対に認めない。
絶対にだ!」
「ええ、構いません。
それでも俺の思いは変わらない!
俺はムゥリエンナさんが好きだっ!」
「ツンツン」
シロが俺の身体をつつく。
「……なんだ?」
「私は?」
「もちろん好きだ」
「結婚したい?」
「……いや」
「したい?」
「……うん」
俺はノーと言えなかった。
「……おい」
お父さんが剣呑な目つきで俺を見ている。
「これは子供に対する言葉です。
本気にしないでいただきたい」
「アンタ……適当なことを言ってるだけじゃ……」
「そんなことはありません。
私はいつも本気です」
「とてもそうは思えないが……」
だんだん不審がられてきた。
適当に誤魔化そう。
「そう言えば、お仕事は何をされているんですか?」
「露骨に話を逸らしてきたな。
まぁ……いい、教えてやる。
俺は貿易の仕事をしているんだ」
「ほぅ……貿易の……」
「というか、知らなかったのか?
アンタ幹部なんだろ?
俺たちラミア族は物のやり取りで稼いでる。
その中でも俺は有名な方なんだがなぁ」
お、これは……。
「そうだったのですか……。
大変失礼ながら、存じ上げませんでした。
それで……どのような物を取り扱っているのですか?」
「主に取り扱ってるのは鉱石関係だな。
この国には鉱山がないだろ?
だから他所から持ってきてゼノで売るんだ。
今は戦争の準備の真っ最中だからなぁ。
儲かって、儲かって仕方がないよ」
ホクホク顔でそう語るお父さん。
ラミア族は魔王の領域各地の国に定住しており、各地の仲間と連絡を取り合いながら、それぞれの国が要求している品を融通し合うのだ。
割と儲かっているらしく、ラミア族の中には裕福な生活をしている人が多いと言う。
ムゥリエンナのお父さんは、その中でも有力な立場にあるそうだ。
「それはそれは……凄いですね」
「あっはっは! そうだ!
俺たちラミア族は金もうけが得意で……」
彼は楽し気な表情で話し続ける。
もうムゥリエンナに結婚しろとは言わなそうだが、話の勢いは止まらない。
……いつ終わるんだろう。




