158 ムゥリエンナの実家
俺はシロを連れてムゥリエンナの所へと向かった。
シロの首には奴隷用の首輪をつけてある。
これが無いと外へ連れ出すこともできない。
「ここが……アイツの家だな」
ムゥリエンナの家は比較的裕福な人たちが住む区画にある。
なので建物もそれなりに立派だった。
二階建てでバルコニーがあり、花壇には色とりどりの花が植えられている。普通の感じの見た目だが、ゲンクリーフンの中では高級な方に入ると思う。
「ここにユージのお友達がいるの?」
「ああ……」
ムゥリエンナの両親と会うのはこれが初めて。
彼女は直接スカウトしたからなぁ。
ムゥリエンナと出会ったのは、市場で物を探していた時だった。
彼女は熱心に古本を眺めていて俺から声をかけたんだっけ。
ゼノで本を求める人は少ない。
獣人もオークも読書なんて滅多にしない。
そんなわけだから、本を熱心に求めるムゥリエンナの姿が、俺の目にはとても珍しく映った。
試しに声をかけるとビックリ。
こちらから何も聞いていないのに、早口でまくし立てるように語り始める。
小一時間ほど彼女の話を聞くと、今度は露骨に本を買ってほしいとねだる。初対面の人にものをねだるなんて、相当アレな人だなぁと思った。
んで、結局本を買ってやることにしたのだが、彼女は喜びのあまりお礼も言わずにどこかへ消えた。
その数日後。
市場をうろついていたら古本屋で彼女と再会。また早口でまくしたてられ、また買ってやって、そしたらまた速攻で消える。
それを何回か繰り返した後で、俺は彼女に仕事を依頼。
買い集めた本で図書館を作り、誰でも利用できるようにしたい。そう言ったら、途端に目を輝かせ、彼女は二つ返事で受け入れた。
図書館開設にあたってムゥリエンナはよく働いてくれた。
本の買い付け、登録、整理。利用客の対応。
ほぼすべての仕事を一人でこなしてくれたので、図書館の運営に関して、俺はほとんどノータッチ。
それほどまでに本を愛してやまない彼女が、結婚して仕事を辞めろなんて言われたら、泣きたくだってなるだろう。
図書館を利用する国民は少ないが、国外から来た旅行者の利用率は結構高い。着実に利用者は増えているので、なんとしてでも彼女の両親を説得し、ムゥリエンナに仕事を続けさせてやりたい。
トン、トン、トン。
俺は入り口の扉をノックする。
しばらく待ったが反応がない。
もう一度ノックをする。
それでも反応がないので……。
「ムゥリエンナ! 本を買ってやるぞ!」
「本当ですか⁉」
扉が開いた。
よだれを垂らすムゥリエンナがいた。
「あっ、ユージさま……」
「いるんなら返事をしてくれ。
何度もノックしたんだぞ」
「申し訳ありません。今、立て込んでまして」
どうやら話し合いの真っ最中だったようだ。
「中へ入れてもらえるか?」
「え? あっ、はい……。でも……」
「とにかく中へ入れてくれ。
ご両親と話がしたい」
「はぁ……でも……」
「どうした?」
「その……」
要領を得ない。
何か問題でも発生しているのだろうか?
そうだとしても、俺は帰るつもりは無い。
「おい! ムゥリエンナ! どうした!」
家の中から男の声がする。
ムゥリエンナの父親だろうか?
何かが這いずる音が聞こえると、家の奥から男のラミアが現れた。
「お父さん、あの……ユージさまが……」
「なぁにぃ⁉ ユージだと! 貴様だな⁉
うちの娘をたぶらかして変態行為をさせたのは!」
「え? 変態行為?」
何を言っているんだ、この人は。
「あの、変態行為とはどういうことですか?
私は彼女にそんな行為を強要したことは……」
「嘘をつけ! この……このぉっ!」
額に青筋を浮かばせて目をギラギラさせるお父さん。
いったい何が彼をここまで怒らせるのか。
「とりあえず、落ち着いて下さい。
何があったのか教えてもらえますか?」
「聞きたいのはこっちの方だ!
それになんだ……その……人間の子は⁉
その子にも変態行為を教え込むつもりか?
とんだ変態アンデッドだよ! お前は!」
「子供の前でそう言うことを言うのは……」
「うるさあああああああい!」
ますます怒るお父さん。
これでは手が付けられない。
「とりあえず、お話を聞かせてもらえますか?
良かったら中へ入れてもらいたいのですが……」
「いいだろう! 家の中がどうなってるか見せてやる!」
うん?
家がどうかしたのか?
「分かりました。見せてください」
「付いてこい! ムゥリエンナ、お前もだ!」
「あっ、待ってお父さん……!」
ムゥリエンナの手を引いて行くお父さん。
俺たちは彼の後へ付いていく。
家の中は綺麗に掃除されており、床はピカピカでとても清潔。
割と立派な家で、柱がしっかりとして安定感がある。
建付けも悪くない。
ゼノでここまで良い家に住んでいる人は少ない。
適当に建てた家が多いからなぁ。
ヌルは大工として良い仕事をするのだが、どちらかと言えば少数派。住人たちのほとんどは安普請な家に住んでいる。
この家はきちんとした大工が建てたのだろう。床はきしまないし、壁に穴も開いてない。それなりに金をかけたようだ。
「ここだ! 入れ!」
父親はある部屋の前で這い止まり、バンッと扉を叩く。
この部屋は……?
「もしかして、君の部屋か?」
「はい……そうです」
ムゥリエンナはコクンと頷いた。
どうやら両親が怒っている原因は彼女の部屋の中にあるらしい。
「とりあえず、入れ」
「はぁ……分かりました」
俺はゆっくりと扉を開ける。
すると中には……。
「うわぁ……なんだこりゃぁ」
それは何とも異様な光景だった。
床に敷かれた大きなシートの上に、作業現場でよく見るような盛り土がこんもりと。
「えっと……これは?」
「こっちが聞きたい!
ムゥリエンナはあちこちから土を集めて、
部屋の中で山盛りにするんだよ!
そしてそれを……なっ……舐めるんだ!」
え?
土を?
「ムゥリエンナ? 土を舐めたのか?」
俺が尋ねると、彼女はこくんと頷く。
「え? なんで?」
「だって……獣人の人は土を舐めると……」
「確かにそう言う奴もいるが……。
まさか、彼らの気持ちを確かめるために?」
「……はい」
ムゥリエンナは土を舐めて味見したらしい。
そこまでするか、普通。
「なんでそんなことをするのかと聞いたら、
仕事だって言うじゃないか!
土を舐める仕事なんてありえないだろう⁉
お前がうちの娘に変態行為を教えたから……。
娘は……ムゥリエンナは! うわぁああ!」
お父さんはついに泣き出してしまった。
よほどショックだったんだろう。
どうして仕事を辞めろと言ったのか、その理由は理解できた。
だがなぁ……。
それが結婚につながる理由にはならんと思うのだ。
もう少し詳しく話を聞く必要がある。
「お父さん、説明させて下さい。
土を舐めることを強要してはいません。
ご説明させていただければと……」
「うっ、ううむ……」
お父さんは少しだけ落ち着いた。
きちんと説明すれば誤解も解けるはずだ。
きっと……。




