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152 お出かけの準備

「ということで、協力してくれるか?」

「うん、いいよ」


 俺はハーデッドの護衛としてミィを連れていくことにした。


 彼女が一緒なら天使の勇者くらい簡単に倒せるだろう。


「助かるぞ、本当に。

 この埋め合わせは……」

「お礼なんていいよ、別に。

 私にはこれくらいしかできないから」


 ミィはそう言って両手をパーにして振る。


「そうは言ってもなぁ。

 これは仕事だぞ。ただ働きはダメだ。

 何かしら報酬を用意しないことには……」

「そういうことなら、お願いを一つ聞いてよ」

「お願い?」

「うん、私とデートして」


 デート……かぁ。

 別に構わんが。


 どこへ連れていくかが問題だな。

 なにせ、この国には娯楽と呼べるものはほとんどない。


 ゲブゲブに賭場へ連れて行ってもらったことがあるが、彼女は喜ばんだろう。他には綺麗な夜景とか、お花畑とか、それくらいしか思いつかん。


 この国にはボーリング場もカラオケもゲーセンもない。

 せめて小洒落たカフェがあれば……。


「ユージ? 何考えてるの?」

「いや、君をどこへ連れていくか迷ってね。

 どうすれば喜んでくれるか分からないんだ」

「今からそんなこと悩んでるの?

 ユージが一緒にいてくれればそれでいいよ」


 なんともありがたいお言葉である。


 だが、真に受けてはいけない。

 日ごろから彼女の心の変化に気を配らないと、少しずつ不満が溜まり、必ず反動がくる。こっちが手を割く余裕がないときに限って、最悪のタイミングで爆発したりするのだ。


 ……面倒ごとはできるだけ避けたい。

 これが俺の本音である。


「そうはいくか。

 君とのデートだからな。

 おろそかにはできない」

「本当にそう思ってるのかなぁ?」


 首をかしげて笑みを浮かべるミィ。

 彼女は俺の本音を見透かしているのだろうか?


「そっ、そんなことより……早く準備をしろ。

 人の見ていない場所で着替えてこい」

「わかった」


 ミィは言われたとおりに黒甲冑に着替え、黒騎士になって戻ってきた。


「ただいま」

「よし、行くぞ」

「ねぇ……あの人をどこへ連れて行くの?」

「適当に二時間程度、街を見て回るつもりだ」

「本当にそれで満足すると思う?」


 ミィの言葉にドキリとする。


「いや……あんまり」

「あの人、かなりわがままだから、

 二時間ぽっちじゃ満足しないと思うよ」

「ミィはハーデッドに会ったのか?」

「うん、あの人のお世話をしてるのは、

 ベルと私とシャミの三人だから」


 三人でハーデッドの世話を?

 ちょっと無理がありゃしないか?


 ミィが選ばれたってことは……ベルやシャミと同じくらい信頼されているのか?

 だとしたら大変、喜ばしい。


「三人で……か。大変だったな」

「うん、何をやっても文句を言われるからね。

 最悪な気分だったよ……ホント。

 でも、あの人悪い人じゃないと思う。

 物を投げたり、叩いたりはしなかったから」

「それは普通のことじゃないのか?」

「…………」


 ミィはじっと俺を見る。


「なっ、なんだ……」

「ユージは奴隷がどんなふうに扱われるか知ってる?」

「いや……」

「奴隷はね、叩いて言うことを聞かせるの。

 鞭で叩いて、棒で殴って、足蹴にして、

 とにかく叩いて、叩いて、叩き続けるんだよ。

 そうしたら、従順な奴隷ができ上がるんだって」

「なんで急にそんな話を?」


 俺が尋ねると、ミィはため息をついた。


「私がね、ハーデッドのことで愚痴ったんだ。

 わがままでどうしようもない奴だって。

 そしたら、シャミが教えてくれた。

 奴隷がどんな風に扱われているかを」

「……シャミが?」

「うん、彼女のお母さんは純粋な人間の奴隷で、

 この農場で働かされていたんだって。

 毎日、マムニールの旦那さんから殴られて、

 ぼろぼろになるまで働いてたみたい」

「そうだったのか……」


 死んだマムニールの旦那は奴隷を酷使していたんだなぁ。


 俺が彼女を説得する前は、この農場でも奴隷が使いつぶされていた。旦那が死ぬ前はもっと酷かったんだろうな。


「それが……どうハーデッドの話につながる?」

「あの人は奴隷を殴ったり蹴ったりしないから、

 別に悪い人じゃないってシャミが……」

「……なるほど」


 ハーデッドが殴らなかったのは、単に他人の所有物だと理解していたからじゃないのか? 奴隷に優しくしたわけじゃないだろう。


 だが、シャミはハーデッドを悪人ではないと判断した。

 彼女の人の見る目を信じてみようかな。


「むやみやたらに人を殴るような奴じゃなくて良かったよ。

 君が殴られてたら大変なことになっただろうな」

「うん、普通に殴り返しただろうからね」


 魔王と勇者のガチの殴り合い。

 見てみたい気もするが……もし本当にそうなったら困るどころの話じゃない。


「さぁ、そろそろ行くぞ。

 ハーデッドを待たせている」

「……うん」


 俺はミィを連れてハーデッドの所へと向かう。

 そこでは……。


「なんだと⁉ 余にこんなボロをまとえと言うのか!」


 ぼろぼろのローブを床にたたきつけ、ハーデッドはわめき散らす。俺は彼女が床に叩きつけたそれを拾いあげ、やれやれとかぶりを振った。


「それを着ていただかないと、

 お姿を隠すことができません。

 何卒、ご理解を……」


 ベルは頭を下げて頼み込むが、ハーデッドは首を縦に振らない。


「ぬかせっ! 余は乞食に身をやつすつもりはない!

 このままの格好で外へ出る! 異論はないな⁉」

「いえ、あります」


 俺が言うと、ハーデッドは燃えるような瞳をこちらへ向ける。


「……なんだと?」

「ハーデッドさま、落ち着いて聞いて下さい。

 あなたがこの国へお越しになっていることは、

 おおやけにはされていません。

 もし勝手に国を出たと知れれば、

 イスレイは大いに混乱するでしょう」

「構うものか、承知の上だ」

「ハーデッドさまは構わないかもしれませんが、

 我々が構うのです。

 この前も申し上げた通り……」

「国際問題になると?」


 その通りだよ、馬鹿野郎。


「本来であれば、直ぐにでもあなたを本国へ送り届け、

 イスレイの人々を安心させるべきでしょう。

 それを行わず、あなたを匿っていると知れれば、

 国と国との問題に発展します。

 何卒、理性あるふるまいを……」

「ふんっ! 着ればいいのだろっ⁉ 着れば!」


 ハーデッドはベルからボロローブをひったくり、それを身に着けた。


「うっ、これは……臭い!」


 顔をしかめるハーデッド。

 ずっと使わないでしまっておいたらしいので、そりゃ匂うだろう。


「後はこれをお召しになって下さい」


 ベルは白い布切れを差し出す。


「その布は?」

「これで口元を隠すのです」

「はぁ……顔まで隠せと抜かすか。

 まぁ良い。着けてやる……かせ」


 ハーデッドは布を口に巻いた。


 これで、何処からどう見ても、彼女は何の変哲もない一般人。

 とてもイスレイの魔王には見えない。


「準備ができましたね。

 では、行きましょうか」

「うむ……よしなに頼むぞ。ユージよ」


 俺はミィとともにハーデッドを連れて街へと繰り出す。

 何事も起こらないといいのだが……。


「行ってらっしゃいませ」


 ベルは農場の出口まで見送りに来てくれた。

 深々と頭を下げて俺たちを見送る。


「行ってくる。できるだけ早く帰るからな」

「あまり無茶をなさらないようお願いします。

 もしも何かあったら……」


 何かあったらただ事では済まない。

 それは俺もよく理解している。


 ハーデッドを狙うのは天使の勇者だけじゃない。

 イスレイのアンデッドたちも、彼女の持つ神祖の血を欲しているのだ。


 たった2時間の外出だが何が起こるか分からない。


 今から不安である。

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