150 集団行動
「それで……貴様はわしに何を見せようというのだ?」
クロコドが不機嫌そうに言う。
俺たちは魔王城の中庭に来ている。
魔王とシロもいる。
なんでこの二人がいるかというと、昼頃に様子を見に行った際に、魔王が一緒に行って様子を見たいと言ったからだ。
目の前には整然と並んだゴブリン兵。
その数、およそ200名。
「我らユージさま直属の部隊!
恐れながら、ここに推参いたしました!」
びしっと敬礼をきめるアナロワ。
彼の後ろでは他のゴブリンたちも同じように敬礼している。
「なんだこいつらは?
ゴブリンどもがなんの役に立つと言うのだ?
貴様が何を考えているか全くわからんな」
クロコドはゴブリンを見下しているのか、小ばかにしたような態度を取る。
確かに、ゴブリンたちが整列しても、子供がごっこ遊びしているようにしか見えない。
だが、彼らは訓練を積んだ立派な兵士だ。
「ほら、シロちゃん。見てごらん。
ゴブリンがいっぱいだねぇ」
「……そう」
「ユージおじさんは何をするつもりなのかなぁ?」
「……知らない」
「ねぇ……それを振り回すのやめてくれないかな?」
「……やだ」
シロはねこじゃらしをブンブン振り回している。
魔王はそれを見てモジモジ。
かまいたくて仕方がないのだろう。
「早くしろ、時間がもったいない」
「かしこまりました、クロコドさま。
直ぐにご覧に入れます。
よし! アナロワ! 始めろ!」
「はっ!」
アナロワはくるりと振り返り、部隊の方を向く。
そして……。
「右向けー右!」
アナロワが叫ぶと部隊は一斉に右を向いた。
「ぜんたーい! 進めっ!」
さらに続けてアナロワが呼びかける。
ゴブリンたちは足並みをそろえ、前へと進んだ。
「いかがです? クロコドさま」
「え? ああ……そうだな。
ゴブリンにしては……やりおる」
クロコドはゴブリンの行進を目にして、目をぱちくりさせていた。
ゴブリンたちの行進は見事なもので、きっちりと足並みがそろっている。一糸乱れぬ集団行動を前に、クロコドは何も言えずにいた。
俺はゴブリンたちに訓練の一環として、小学校でやるような集団行動を行わせた。
足並みをそろえての行進。
方向転換。
体操の隊形に開いての運動。
などなど。
始めたてのころは足並みが全くそろわず、バラバラに動いていたのだが……繰り返し訓練を行うとぴったりと揃い、安定して行進が行えるようになる。
そうすると不思議な効果があり、ゴブリンたちに一体感が見られるようになった。彼らは互いに尊重し合い、同族同士での揉め事も減った。
ただ一緒に同じ行動をしているだけなのだが、バラバラだったゴブリンの群れが一体となり、立派な軍団へと成長。
集団行動には驚くべき効果がある。
ゴブリンたちは一定のテンポで足並みをそろえて行進して中庭をぐるりと一周。整然とした彼らの姿に、クロコドは目を見張ってその様子を眺めていた。
この光景を誰かに見せるのはこれが初めてだ。
ずっと人気のない場所で訓練させていたからな。
「わぁ、すごいねぇ、シロちゃん」
「……そうだね」
魔王は面白がって拍手をしている。
その隣でシロはねこじゃらしをフリフリ。
「ねぇ、シロちゃん。そろそろ止めてくれないかなぁ」
「……やだ」
まだねこじゃらしが気になるのか、魔王はチラチラとその先端を見やっている。
ねこじゃらしの効果は絶大だな。魔王の興味を完全に引き付けている。他に何か利用できるかもしれないのでストックしておくことにしよう。
「ユージよ……まさかこれを当日行うつもりか?」
クロコドは俺の方を横目でチラチラ見ながら言う。
そんなつもりは毛頭ない。
集団行動の訓練には時間がかかる。
やろうと思って直ぐに出来るものではない。
一週間で仕上げるなんてまず不可能だ。
「まさか、無理でしょう」
「では……」
「クロコドさまには、軍団の先頭に立ち、
アナロワがやっているようにしていただきたい」
「いや……無理だろ」
無理ではない。
やらなければならないのだ。
「当日誰が軍団の指揮を執ると言うのです?」
「貴様がやればよかろう」
「本当にそれでよろしいのですか?
アンデッドが獣人の軍勢を先導し行進するさまを、
衆目にさらすと言うのですか?」
「それは……ううむ」
「であれば、あなたがやるべきです。
クロコドさまが先頭に立って軍を導けば、
民衆はアナタを獣人のリーダーとして認めるでしょう」
俺がそう言うと、クロコドは魔王に視線を向ける。
「魔王様はどうなる?」
「閣下の役割は民衆を導くことですが、
先頭に立つべきは閣下ではなく、あなたです。
閣下は軍に指示を出さなければならないので、
他の者がその役割を負うべきだと、私は考えます」
「ううむ……そうか」
断り切れなかったクロコドは、うつむいたまま返事をしない。
まぁ、この様子なら受けるだろう。コイツは自分に課せられた責任を投げ捨て、無責任に逃げ出すような男じゃない。
「分かった……その大役、わしが引き受けよう」
「ありがとうございます! ありがとうございます!」
俺は何度も礼を言った。
万が一断られる可能性も考えていたが、そうならなくてホントに良かった。俺じゃぁ務まらんだろうし、他の奴に任せるのもダメ
もちろん魔王には絶対に無理。
彼にはその能力がない。
クロコドが受けてくれて本当に良かった。
正直俺は、ホッとしている。
それから今後の計画について色々と相談。
祭り当日までの間、軍を街の外の開けた場所へ集合させ、列になって歩く訓練をすることになった。
町のど真ん中をまっすぐに歩くわけだから、それなりに訓練が必要になる。
安全にまとまって歩けるようになれば御の字。時間が足りるか微妙だが間に合わせるしかない。
クロコドは生き残った他の幹部や自分の部下にも掛け合って、町の中を安全に行進する計画を立てると言う。
パレードの件は全て彼に任せておけばいい。
後で進捗状況を確認しに行くだけで、口を出さなくても済みそうだ。
「よろしければ……
アナロワをアドバイザーとして遣わしますが?」
「うっ、うむ……頼む」
クロコドは小さく頷いた。
ゴブリンにアドバイスを求めるなど、彼のプライドが許さないだろうが……アナロワは非常に優秀な男だ。
きっと力になるだろう。
「ということで、頼んだぞアナロワ。
くれぐれも無礼のないようにな」
「はっ! かしこまりました!」
びしっと敬礼するアナロワ。
彼の姿がとても頼もしく思える。
「お願い……もうやめてね、シロちゃん。
そろそろ我慢の限界だよぉ!」
「限界の先にあるものが何か確かめたい」
ねこじゃらしをフリフリするシロ。
限界が近づく魔王。
この二人を連れて来た意味はなかったな。
部下の前で醜態をさらしてはならないと、レオンハルトは必死に遊びたいのを我慢している。シロはそれを知った上で、ねこじゃらしで誘惑するのだ。
しかし……ねこじゃらしで手懐けられるなんて、チョロイ魔王がいたもんだ。
これが他に知られたら割とマズイ。
勇者がねこじゃらしを装備して襲ってきたら、彼はいったいどうするんだろうか?
「閣下、続きはお部屋に戻ってから……」
「うん。シロちゃん行こうか」
「……やだ」
「え? なんで⁉」
「……飽きた」
ずっと遊んでたら、そりゃ飽きるわな。
……と思ったのだが。
「そんなぁ……」
「ここでなら遊んであげてもいい」
「いや、ここは流石に……」
人目を気にする魔王。
クロコドの方をチラチラ見ている。
「本能を解き放て。欲望の思うままに」
「うーん……」
ねこじゃらしで誘惑するシロ。
魔王がじゃれている様子を誰かに見せたくてしかたないようだ。
そんなことをしたらこの国が終わってしまう。
頼むからやめてくれ。




