147 大した玉ではない
「魔王様の部屋へ入りたいのか?」
シロの目の前に現れたクロコド。
彼は魔王の部屋へ入れてくれるのか。
「……うん」
「よし、扉を開けてやろう」
何とクロコド。
シロに対して滅茶苦茶やさしい。
なんだこの人。
容姿が人間のシロに、なんでこんなに優しいんだ?
もしかして……人間に対して差別意識がない?
獣人至上主義はポーズなのか?
クロコドはそのたくましい両腕で鉄の扉を豪快に押しのける。
バァン!
勢いよく開く扉。
大きい音で魔王は瞬時に目を覚ました。
「うなぁ⁉ なんなの……こんな夜中に?」
ねむけ眼をこする魔王。
ナイトキャップを被ったパジャマすがた。寝るときはいつもこの服に着替えるようだ。
今更だが……獣人としては珍しいタイプなんだよな、この人。ほとんどの獣人は全裸で過ごしているが、この人はいつも服を着ている。
寝る時も服を着る獣人なんて、この人くらいなんじゃなかろうか。
「魔王様……この子が何か用があるようで」
「その子って……確かユージの……」
「ええ、中へ入ろうとしていたのですが、
扉が重かったようで開けられずにいたのです」
「ふぅん……そうなの」
キョトンとシロを見やる魔王。
「で? 俺になんの用なの?」
「……それは」
シロは俺の方を見る。
「シロ、魔王に外へ出るように言ってくれ。
そこで勇者とリザードマンが戦っていると」
「……わかった」
シロはこくんと頷く。
「魔王さま。外へ出て。
勇者と……りざー……り……。
勇者と何かが戦ってる」
「え? 何か?」
シロの意味不明な言動に、
眉を顰める魔王。
「勇者が現れたんだね?
何処にいるのか分かるかな?」
魔王はシロと目線を合わせ、優しい口調で尋ねる。
「…………」
シロは無言で俺の方を見る。
「むぅ、そこに誰かいるのか?」
クロコドが尋ねる。
「ユージがいる」
「……なんだと?」
シロが言うとクロコドは彼女の目線の先へ手を伸ばす。
それは俺がいるのとは別の場所だった。
「へぇ、ユージがいるんだ。
じゃぁ、何を言ってるか教えてよ」
「……わかった」
シロは再び俺を見る。
「シロ、俺に付いて来てくれ。
魔王を案内する」
「……わかった」
俺が言うと彼女はまた小さく頷いた。
「付いて来て、魔王様」
「うむ」
魔王はシロの後へ続いて部屋を出る。
クロコドも一緒に来た。
シロの一歩はとても小さい。
彼女がどんなに頑張って早く走っても、ゆっくりとしか進めない。
トテトテと廊下を歩くシロ。
その後をゆっくりと歩く魔王とクロコド。
なんとも言えない絵面だ。
どがああああああああああんっ!
また爆発音。
戦闘はまだ続いているらしい。
というか、戦闘が終わったらヴァルゴは死んでいるだろう。音がしているのはまだ彼が無事な証拠だ。
しかし……。
どうにももどかしいな、これは。
シロの歩幅に合わせなくてはいけないので、魔王もクロコドもゆっくりとしか進めない。
「シロ、魔王に抱きかかえてもらえ」
「……わかった」
シロは立ち止まり振り返って魔王を見る。
そして両手を前に出して……。
「……だっこ」
小さくそう言うのだった。
「え? 抱っこ? いいけど……」
「はやく」
「分かったよ、んもぅ」
シロを抱きかかえる魔王。
彼がシロを抱えて歩けば、もう少し早く進めるだろう。
「はい、これでよし……と。
それでどっちへ進めばいいの?」
「ユージの進む方」
そう言って俺を指さすシロ。
他の二人には俺の姿は見えていない。
「分かった。じゃぁ、行くね」
魔王は俺のいる方へと歩き出す。
俺は三人を魔王城の出口まで案内し、先ほどヴァルゴと別れた場所へと誘導した。
そこには……。
「ヴァルゴ!」
俺は思わず叫んだ。
そこにいたのは勇者とその仲間たち。
そして地面に伏しているヴァルゴの姿だった。
「この前の勇者か……久しぶりだな?」
「あ? なんだだおま……って!
魔王じゃねーか⁉」
レオンハルトの登場に驚愕するマティス。
「ちっ! なんで魔王がここに……。
おまけに幹部のクロコドまでいるしよぉ」
「ほう、わしのことを知っているのか」
勇者が自分の名前を知っていると分かり、クロコドは感心して声を漏らす。
何気にちょっと嬉しそう。
「この国の勢力はあらかた把握してんだよ。
お前がそこそこ強いのも知ってる」
「うむ、わしが実力者であると知っているのか。
であれば、今の状況が不利であると、
理解しているのだろう?」
「ああ……魔王と幹部を同時に相手にするには分が悪い」
マティスはさっさと逃げたいらしい。
クロコドってそんなに強いの?
実際に戦ったところを見たことがないので、奴の本当の実力がどれほどなのか俺には分からん。
「アリサ! 転移魔法だ!」
「分かった……」
アリサは転移魔法の詠唱を始める。
「みすみす逃がすと思うか?」
「あー? 悪いが俺は普通に逃げるぞ。
逃がしたくないんなら頑張れよ。
詠唱が終わるまでの時間を稼ぐくらい、
造作もねぇぜ」
そう言って剣を構えるマティス。
隣でダクトも斧を構える。
「止めておけ、クロコド。
こいつらの強さはそれなりだ。
詠唱が終わるまでに倒せるとは思えん」
「ですが魔王様……」
「構わん。素直に逃がしてやろうじゃないか。
どうせ魔王を前にして逃げ出すような連中だ。
大した玉ではない」
魔王はそう言って勇者たちを見やり、小ばかにしたように笑う。
「あ? てめぇ……この野郎ぅ……。
今、なんて言いやがったぁ?」
眉をピクピク、口元をヒクヒクさせるマティス。
そんな彼を魔王はさらに挑発する。
「ここで仕留める価値もない。
貴様らがいつ攻めて来ても撃退できる。
ハッキリ言って雑魚なのだ。
あえて労力を割く必要もあるまい」
「その言葉、いつか後悔させてやるからな!」
額に青筋を浮かび上がらせるマティス。
獲物を前にした肉食獣のように凶暴な面構え。
今から逃げようとする奴のする顔じゃない。
「どう後悔すると言うのだ? 言ってみろ」
なおも挑発する魔王。
マティスと彼どちらが各上なのか、言うまでもない。
「とにかく徹底的に後悔させてやる!
ぎったぎたのめっためたにしてよぉ!」
「できれば今すぐにでも後悔させて欲しいのだが?」
「うるせぇ! 死ね!」
「マティス、もうかまうな。
もうすぐ転移魔法が発動する」
「畜生が!」
ダクトの言葉に悔しそうに地団太を踏むマティス。
なんとも哀れだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
無言で詠唱が終わるのを待つ一同。
アリサが必死に詠唱を続けているが、なかなか終わりそうにない。
ずっと無言で待ってなくちゃいけないの?
「おい、アリサ。まだかよ?」
「詠唱の途中で発言したら最初からやり直しだ。
黙って待ってろ」
「畜生、分かってるよそれくらい」
「くすくす。マティスは辛抱が足りないね。
終わるまで素直に待てないんだ」
「うるせえよ、イルヴァ。黙ってろ」
なんともほのぼのとしたやり取りを交わす三人。
クロコドとレオンハルトの二人が黙って見守る光景がシュール。
「おっ、どうやら終わりそうだぞ」
「やっとだねぇ」
「ようやくか……畜生! 覚えてやがれ!」
「「おぼえてろー!」」
転移魔法が発動し、四人はどこか彼方へと飛んで行った。
「ふんっ、口ほどにもない奴らだったな」
魔王はそう言って鼻を鳴らす。
パジャマ姿でそんなことを言っても、いまいち決まらない。
「魔王様、このリザードマンはいかがいたしましょう?」
クロコドがヴァルゴの処遇を尋ねる。
「まだ息があるようだから、手当してやれ。
この男の処遇は全てお前に任せる」
「かしこまりました!」
「くれぐれも丁重にな」
「勿論です!」
的確に指示を出しているようだが、魔王は全てを丸投げしているだけだ。
「そう言えば……シロとやら。
ユージはまだその辺にいるのか?」
魔王が尋ねると、シロはこくんと頷く。
「そうか……。
ユージ、聞いているか?
後で俺のところまで報告へ来い。
ただし、明日だ。
俺はもう寝るから起こすなよ」
魔王は相当おかんむりなのか、睡眠を妨げないようにくぎを刺す。
もう起こさないと思うから安心してくれ。
「了解したと魔王に伝えてくれ」
「分かったって言ってる」
シロは俺の言葉を魔王に伝える。
「そうか……良かったぁ。
これで朝までぐっすり眠れるぞぉ」
そう言って背伸びする魔王。
この人、いつも暇なんだから、好きなだけ眠れるはずだろう。睡眠時間なんて気にする必要ないと思うんだが。
「そうだ、シロちゃん。
俺の部屋で一緒に寝るかい?」
魔王は身をかがめてシロに顔を近づけ尋ねる。
「ううん……いい。
ユージと一緒に寝る」
「そうかぁ。残念だなぁ……」
しょんぼりする魔王。
ちょっとかわいそうだ。
「ユージ……」
俺をじっと見るシロ。
「……待ってる」
それから俺は、全速力でゲブゲブの所へ行き、新しい身体を手に入れて、シロの所へと全速力で急ぐのでした。




