144 あのテルルの息子
「はぁ……」
俺はため息をつく。
あれやこれやと追われているうちに、一日が終わってしまった。
心が休まる時がない。
俺はとぼとぼと暗くなった街を歩き続ける。
本来なら、直ぐにでも魔王城へ帰って天使の襲撃に備えるべきなのだが、なかなか足が進まない。
疲れているのではない。
この身体が限界を迎えそうなのだ。
スケルトンの身体ってのは本当にもろい。少しでも無理をしたら直ぐに壊れてしまう。早く新しい身体に乗り換えるべきなのだが、今日はもうだめだ。
ゲブゲブは眠っているだろうし、この時間に起こすのは気が引ける。
そんな感じで、一人暗くなった街を歩いていると、道端でうずくまっている人影を目撃する。往来のど真ん中で何をやっているのだろうか?
気になった俺は声をかけることにした。
「あのぉ……どうされたんですか?」
「ううっ! ほっといて下さいッス!」
この声……もしかして……。
「ヴァルゴか? この前、面接に来た……」
「そうッス! 自分はヴァルゴちゃんッス!
見事に面接でぼろを出した、
元ニートのヴァルゴちゃんでーッス!」
酔っているのか、べろんべろんの状態。
このまま放っておくわけにはいかない。
「立てるか? 一緒に来い。
こんなところで寝ていたら風邪を引くぞ」
「うひひひひ……。
風邪をひくくらい、なんてことないっス!
自分はもうだめでありまーッス!」
「なにを自棄になっているんだ。
ほら、立てよ。自分の足で歩け!」
「天は我を見捨てたもうたッス!
こんな世界、消えてなくなればいいっス!」
深夜の街のど真ん中で、ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるヴァルゴ。手が付けられない。
とにかくここから移動させないと迷惑になってかなわん。住人が目を覚まして怒り出したら、俺にはとてもなだめられそうにない。
彼の体は結構な大きさなので、俺が無理やり連れていくことはできない。力を入れて引っ張ろうものなら、両手がすっぽ抜けてしまうだろう。
「面接がダメだったのがショックだったのか?」
「うへへへへへ! 当たりっス!
自分はもぅ、ダメでありまッス!」
「どうしてダメだと思う?
もう一度、チャレンジすれば良いじゃないか」
「何をしても無駄ッス!
無駄無駄無駄無駄ぁ!!!」
こいつ、完全に居直ってやがるな。
ここまで落ちぶれると逆にすがすがしい。
「どうして面接で自分の過去を話さなかった。
きちんと説明していれば俺は……」
「はい嘘っ! ッス! 絶対に嘘ッス!
自分の話を聞けば呆れてものも言えなくなるッス!」
「じゃぁ、話してみろよ」
「いいっスか? 語りつくしちゃうッスよ⁉」
どうでもいいからさっさと話せ。
俺はお前をここから移動させたいんだよ。
ヴァルゴは俺のことなどお構いなしに、自分の過去について語り始めた。
彼はフォロンドロンで育ち、学校では優秀な成績を収めていた。大学にも進学し、将来を有望視されていたと言う。
卒業後はドラゴンに仕える士官として立派に働き始めた。
しかし……そこではミスを連発。
指示されたことを忘れてしまったり、大事な壺をうっかり壊してしまったりと、些細なミスを繰り返してしまった。
それでも直ぐに首にはならず、上官たちは彼を長い目で見ることにした。
……のだが。
ヴァルゴのミスはなくならず、日に日に上官たちからの評価も悪くなる。
そしてある日、彼は決定的なミスを起こす。
ヴァルゴは酒を輸入する手続きを行う際に、個数のゼロを一個多くつけてしまい、大量に酒を発注するミスをやらかした。
上司に報告するべきだったのだが、あろうことか彼はそのミスを隠蔽しようとした。直ぐに発覚して周囲からひんしゅくを買う。
ミスは誰にでもあることだが、それを隠そうとするのは悪質。
彼は周囲からの信頼を完全に失ってしまう。
このことがきっかけとなりヴァルゴは仕事を与えられなくなった。
完全に孤立してしまった彼だが、仕事を頑張ろうとする気概はあった。
しかし、それも最初の内だけ。
仕事を与えられず、何もせずに職場で過ごしているうちに、心は完全に死んでしまった。
何をするにもやる気が起きず、だらだらと怠惰に過ごす毎日。このままではダメだと思った彼は思い切って退職を決意。
彼の父であるテルルは知り合いの誘いでゼノへ仕官しに来ていた。
父へ支払われた賃金がそれなりの額だったので、ヴァルゴはゼノで働くことを決めたのだと言う。
「その結果が……これッス!
自分はただの役立たずのでくの坊!
必要としてくれる人なんていないッス!」
道端でそう喚く彼の姿は、なんとも惨めだった。
彼の父のテルルは立派な人だった。
どんな時でも弱音を吐かず、困難に直面した時は素直に人を頼り、感謝の気持ちを忘れない。
俺は心の底から彼を尊敬していた。
しかし、目の前にいる彼は……テルルの息子とは思えないほどに情けない。彼の語った過去はあまりにみじめで、とても聞いていられなかった。
彼があのテルルの息子だなんて……。
正直言って信じたくない。
「必要としている奴ならここにいるぞ」
「そんなこと言ったってぇ。
幹部にしてくれるわけじゃないッスよね?」
「当然だ、お前なんか幹部待遇で迎え入れてどうする。
俺が頼みたいのはボディーガードだ」
「は? ボディーガード? 護衛ッスか?」
ヴァルゴは俺を見上げて目を丸くする。
「ああ、俺の身を守ってくれ。
最近ちょっと、物騒でな。
お前のような頑丈な壁役が必要なんだ」
「は? 壁? 自分を壁にするつもりッスか?」
「そうだ。他に何をやらせても上手くいかないんだ。
ならせめて一つのものを守れるくらいに、立派になれよ」
俺はそう言って彼の胸を拳の裏で叩く。
「分かりました……やってみるッス。
でも、一つだけ約束して欲しいっス。
もし自分がユージさまを守り切れたら……。
自分を幹部にすると……」
「あっ、それはなしの方向で」
「ええっ……」
ヴァルゴを幹部にするつもりは無い。
その器ではないだろう。
幹部には他の候補を考えないとなぁ。もっと優秀な人材でないとダメ。
簡単に見つかりそうもないので、根気強く探し続ける必要がありそうだ。
「あっ、そう言えばユージさま」
「……なんだ」
「ついさっき、妙なものを見たッス」
「妙なものぉ?」
「はい、獣の皮を被った人間ッス」
そんなのがいるのか?
何処に?
「なんだそりゃ?」
「ほら、あそこにいるッス」
そう言って、裏路地の方を指さすヴァルゴ。
そちらの方を見ると……。
「よぉ、クソ骨。久しぶりだなぁ」
全身に獣の皮を被った何者かが、ゆっくりと大通りへと歩み出てくるのが見えた。
「その声は……マティスか?」
「その通りだ、大正解ぃ。
いるのは俺だけじゃぁねぇんだぜ」
獣の皮を被ったマティスが指を鳴らすと、空から翼を持った一人の少年が下りて来た。
金髪の髪を肩まで伸ばしたその少年は、中性的な顔立ちでとてもかわいらしく、まるで本物の天使のよう。
つまりコイツが……。
「お前が、天使の勇者か?」
「その通りだよ。
僕が天使の勇者、セレンだ。
よろしくね骨の賢者さん。
そして……さようなら」
天使は右手を掲げる。
そこからまばゆい光が放たれ……。




