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141 限界

「お待ちください」


 部屋にベルが入って来た。


「なんだ貴様は⁉ そこをどけ!」

「どきません。少しで良いので、話を聞いて下さい」

「なんだと⁉ 奴隷のくせに意見するというのか⁉」


 そう言うアンタも元奴隷じゃねぇか。

 俺は心の中でツッコむ。


「ご自分に危機が迫っているにも関わらず、

 護衛を一人もつけずに飛び出すのは危険です。

 どうか……どうか、思いとどまって頂きたい」

「むぅ……余に危険だと?」

「その通りです。

 アナタは危うい状況に立たされているのです」

「くぅ……」


 ベルの必死の説得により、ハーデッドは歩みを止めた。


 ……流石ベル。

 やるじゃないか。


「おい、ユージ!

 余に危険が迫っていると言うが、

 いったい何が起こっていると言うのだ!

 正直に申せ!」


 俺の方を見て怒鳴るハーデッド。

 そう怖い顔をするなって。


「恐れながら、申し上げさせて頂きます。

 ハーデッドさまの命を狙う輩がゼノに侵入したようです。

 それは……天使の勇者にございます!」

「天使の勇者……だと?」


 キョトンと首をかしげるハーデッド。

 噂については何も知らなかったようだ。


「はい、その通りです。

 最近、天使の力を持った勇者が猛威を振るい、

 各地のアンデッドを打倒して回っています。

 その勇者がゼノに現れたとの報告を受け、

 警備を強化している真っ最中なのです。

 そんな状況で出歩かれては……」

「ふんっ、勇者だと!?

 真祖の血を受け継いだ余にかかれば、

 天使の力など恐れるに足りん!

 一発で消し炭にしてくれるわ!」


 自信満々にのたまうハーデッド。

 彼女は相当な力を持っているのだろう。


 単純に考えて最強クラスの実力者だからな。並みの勇者なら太刀打ちできまい。


 しかし……。


「ハーデッドさまに万が一のことがあれば、

 ゼノは責任を問われることとなります。

 そうすれば国際問題に発展し、

 この遺恨は数百年と続くでしょう。

 我々としても、イスレイとは今後も良好な関係を……」

「口ではなんとでも言えるな、ユージよ。

 貴様が心配しているのは、

 己の立場ではないのか?」


 毎度、毎度、同じことを言いやがる。

 だがここは……。


「ええ、否定はしません。

 私は自分の首が心配で、心配でなりません。

 どうかこの哀れな亡霊の言葉に耳を傾けて下さい。

 この通りでございます!」


 俺はそう言って頭を下げる。


 正直に心の内を明かすことが、いい方向に転ぶとは思えない。しかし、下手に出まかせを言えば逆効果と思った。


「自分本位であきれたアンデッドがいたものだな。

 だが今しばらくは貴様の言う通りにしよう。

 もう少しだけ待つ。

 余の計らいに感謝するんだな」

「閣下のご希望に沿うべく、

 一刻も早くお望みを実現する所存。

 何卒、もう少しお待ちください」

「……うむ」


 ハーデッドはどかっとソファに座り、

 不機嫌そうに足を組んで俺を睨みつける。


 ……なんとかなった。


 俺はベルに目で合図して退出を促す。


 彼女は一礼して部屋から出て行った。


「それでは、私も失礼します。

 くれぐれも早まった真似をしないよう……」

「早くせよ。余は我慢の限界である」

「承知いたしました……」


 俺は再度一礼して、部屋から出る。

 扉を閉めると、どっと疲れが襲ってきた。


「はぁ……」

「大丈夫ですか、ユージさま」


 ベルがタオルを持ってきて俺の額をぬぐってくれた。

 汗なんて、一滴もかいていないのにな。


「ユージさま、額が欠けています」

「ああ、これは昨日、植木鉢を投げられたんだ」

「植木鉢ですか? 酷いことをする人がいたものですね」

「俺がアンデッドだからって、みんな好き放題するんだ。

 嫌になっちゃうよ……まったく」

「ご心労、お察しします」


 ベルは本当にいい子だなぁ。

 こんな俺のことでも心配してくれる。


「あの、ユージさま。

 こんな時に言うのもなんですが……」

「なんだ、何かあったのか?」

「ミィが……そろそろ限界です」


 マジか。


「限界だと?」

「彼女のストレスは頂点に達しているらしく、

 最近ぶつぶつと独り言を言うようになりました。

 早めにユージさまの元へ帰した方がよいかと……」

「それは本当なのか?」

「こんなことで嘘をついて何になりますか?」


 ううむ……ヤバいな。


 ミィに我慢させすぎてしまったか。

 昨日はそんな感じは全くしなかったんだけどな。

 俺の前では気丈にふるまっていただけなのか。


「分かった直ぐに会いに行く。

 彼女はどこにいる?」

「今日はシーツ交換の仕事をしているはずなので、

 宿舎にいるかと……」

「ありがとう、直ぐに行く」


 ハーデッドの次はミィか。

 問題は次々に湧いて出る。


 解決しようにも追いつかない。

 多重影分身の術でも使えればいいのだが。






 俺はベルに言われたとおり、ミィのいる宿舎へと向かう。


 宿舎では数人の奴隷が仕事をしており、ミィはベッドのシーツを交換しているところだった。


「ミィ、ちょっといいか?」

「ユージ? 来てくれたの?」

「ああ、君に話があるんだ」

「ちょっと待って、今仕事の途中だから……」


 そう言ってミィは仕事を続ける。


 無理を言って中断させるのもあれなので、大人しく待つことにした。


 小一時間ほどすると、彼女は仕事を切り上げて俺の所へ来る。


「話って……何?」

「最近、無理をしているんじゃないか?」

「え? してないけど?」


 何ともないようにふるまうミィだが、明らかに無理をしている感が否めない。ベルの言ったことは本当のようだ。


「嘘をつけ、俺の目は誤魔化せないぞ」

「無理なんてしてないもん」

「嘘だ、してるだろ」

「してないって言ってるじゃん!」


 大きな声を出すミィ。

 思った通りの反応だった。


「その様子だと、図星だったようだな」

「だから違うって……」

「なぁ、ミィ。俺に嘘をつくのは止めろ。

 正直に話してくれないか?

 俺に嘘をついているよな?

 本当はきつくてたまらないんじゃ……」

「……違う」


 ミィは唇を震わせる。


「私は無理なんてしてない。

 ここでの生活は嫌じゃないし、

 帰りたいとも思ってない」

「じゃぁ……」

「わっ……私が無理をしているのは……。

 あのシロって子が……。

 ずっとユージの傍にいるのが嫌で、

 それを隠さなくちゃいけないからだよ」


 え?

 シロが?


「どういう事なんだ?」

「言葉通りの意味だよ。

 私はあのシロって言う子が怖い。

 だって……心を読むんだよ?

 私の心の中を全て読まれたら……。

 ユージに嫌われちゃうかもしれない!」


 ミィははっきりとした口調でそう言った。


「言っただろう。

 俺は君を嫌いになんてならないと」

「それでも心を読まれるのは嫌だよ。

 私にだってヒミツにしたいことはあるし、

 ユージだってそうでしょう?

 なんでもかんでも考えてることが伝わったら、

 お互いに嫌な気持ちになるよ。

 どうしてそれを分かってくれないの?」


 ミィはぶるぶると身を震わせて訴える。


 どうやらシロの存在が思っていた以上に彼女を追い詰めてしまったようだ。


 俺はなんて答えれば良い?

 どうすれば彼女を苦しませずに済む?


 俺は……。


「ミィ、聞いてくれ」


 俺はミィの方に両手を乗せる。

 そして……。

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