135 わがままな不死王さま
ハーデッドがヴァンパイアになったのは数年前。
奴隷として買われた彼女は血液を吸われる家畜として生きる運命にあった。しかし、そうはならずに先代の王から血を受け継いでしまう。
本来であればハーデッドは上位のヴァンパイアとして転身するはずだった。しかし……どういうわけか……彼女は真祖としての血を受け継いでしまったのだ。
真祖とは、ヴァンパイアの核となる存在である。その存在が健在である限り、ヴァンパイアは繁栄を続ける。
逆に真祖が消滅してしまった場合、新たに眷属が生まれなくなり、彼らは絶滅の危機に立たされるわけだ。
真祖の血とは、王たるものの証明。
代々受け継がれてきたそれは、王にとって命そのものであり称号でもあった。それを先代から受け継いだハーデッドは否応なく不死王の称号を受け継ぐはめになる。
真祖の血を受け継がせると同時に先代は死亡。後に残されたハーデッドは先代に忠誠を誓っていたヴァンパイアたちに、本人の意思と関係なく王として祭り上げられる。
……というわけらしい。
「不死王となった余は城の中で孤独に暮らし、
今までずっと耐えて来たが、もう限界。
余はもう閉じ込められるのは嫌なのだ。
自由に世界を見て回りたいのだ!」
切実にそう訴えるハーデッドは何処からどう見ても普通の女の子。
王様らしさは全くない。
「それで……私たちにどうしろと?」
俺は彼女に何が望みなのかを尋ねる。
「この国を余に見せて欲しい。
ゼノを一通り見て回ったら他の国へも行くつもりだ」
「つまり、観光がしたいと?」
「まぁ……そんなところだ」
観光……ねぇ。
それなら外交チャンネルを通して正式に依頼してくれればいいのに。
「あのぅ、そう言うことでしたら、
先ずは外交官を通して……」
「それではダメなのだ!
余は自由に動きたいのだ!」
「自由に……とは、どういうことでしょうか?
いったい何がお望みなのですか?」
「それは……」
自由とひとえに言っても、いかようにも解釈できる。彼女が何を望んでいるのか、自由という単語からは推し量ることはできない。
「なるほど、分かったわぁ。
ハーデッドさまは誰にも縛られずに、
自分の意志で街を見て回りたいのねぇ。
分かるわぁ」
マムニールは理解できたらしい。
俺にはよう分からん。
「そうだ! 流石はマムニール!
余の心情を見事に理解してくれたようだな!
この国に来て良かったー!」
すんげー嬉しそうにするハーデッド。
まるで小学生である。
「ですが……ハーデッドさま。
自由に出歩かれては我々も困ります。
できれば一度イスレイへ戻って、
きちんとしたプロセスを踏んだうえで……」
「それではダメだと言っただろう!
どうして理解してくれないのだ!」
「あのですね……イスレイの国にもメンツがあります。
誰の許可を得るでもなく勝手に飛び出してきたあなたを、
私の独断で匿うことはできないのですよ。
これが露呈すればイスレイと我が国の関係がこじれます。
そうなって困るのは……」
「ふんっ、貴様は自分の首を心配しているのか」
それは誤解だ。
俺が心配しているのは……。
「私が憂いているのは国民です。
国と国との関係が崩れれば、
不利益を被るのは他ならぬ国民なのです。
私には彼らの生活を守る義務がある」
「何をわけの分からぬことを……」
わけが分からない……か。
分かりやすく説明したつもりだったんだがな。
「ハーデッドさまぁ。
ユージさんの言っていることはもっともよぉ。
アナタが好き勝手に行動したら、
イスレイとの外交問題に発展するわぁ」
「マムニール殿⁉ 余の味方ではないのか⁉」
いつ彼女がお前の味方になったんだ。
そもそもここはアウェーだろう。
「とにかく、勝手に出歩かれたら困るのです。
大人しく国へお帰り下さい」
「貴様、アンデッドであろう⁉ その態度は何だ⁉
それでも余に忠誠を誓った者の端くれか!」
「私が忠誠を誓ったのはレオンハルト王ただ一人。
あなたに忠誠を誓ったつもりはありません」
「全てのアンデッドは余に忠誠を誓った下僕!
全ての不死者は余の配下、余の眷属!
貴様も余に従うのだ!」
嫌だよ。バカじゃねーの。
この子もレオンハルト並みに頭が空っぽらしい。
……と言うのが段々わかって来た。
明らかに王の器じゃねぇんだよなぁ。
レオンハルトはまだいい。
あの人は王としての自覚があるからな。
何も考えてない以外は王としてまともにふるまっている。
しかし、この子はどうだ。
自分のことしか考えず、家臣や国民がどんなに心配しているか理解しようともしない。
まぁ……彼女に王としての自覚はないのだろう。自分の意志など関係なく血を分け与えられ、強制的に不死王にさせられたのだから。
先代はどうして彼女に王位を譲ろうと思ったのか。俺には全くもって理解しかねる。
それはハーデッドも同じだろう。
「何と言われても、私の意志は変わりません。
我が忠義はレオンハルト王の為に」
「むきー! 何だその態度は!
アンデッドなんだから余に忠誠を尽くせ!
余は不死王だぞ! 不死王なんだぞ!
むきいいいいいいいい!」
癇癪を起すハーデッド。
いよいよもって、ダメかもしれない。
こんな子が国を治めていたら速攻で破滅するだろう。
そうなっていないのは彼女の部下が優秀だから。
どんな人がイスレイの内政を行っているのかな。
一度会ってご教授頂きたいものである。
「マムニール婦人、彼女の身柄ですが……」
「ええ、しばらくはうちで預かることにするわ。でも……」
「はい、イスレイと連絡を取り、
出来るだけ早く迎えに来させます。
それまでは……」
「分かったわぁ。私が彼女の面倒をみるわぁ」
マムニールはハーデッドの受け入れに同意してくれた。
本当にありがたい。
彼女を魔王城へ連れて行っても良かったのだが、それはそれで面倒なことになりそうな気がする。
魔王に言うべきかな。
相談しても良いかどうか迷う。
報告したところで何も変わらんだろう。
魔王もクロコドも、俺に丸投げして知らん顔を決め込むはず。
どのみち俺に全ての責任が降りかかる。
二人とも俺を糾弾するような輩じゃないが、もしもの時は責任を取らなければならない。
だったら……ヒミツにしておいた方がいいかもしれん。
イスレイは王様が失踪したことは秘密にしておきたいはず。このことは公にしない方がよい。
早急にお引き取り願うのがベスト。とりあえず、イスレイへ使者を送ろう。んで、さっさとこの真祖様を引き取ってもらおう。トゥエに頼めばすぐに行ってくれるはずだ。
足の速い伝令がいてくれて助かったなぁ。
ハーデッドの存在は爆弾。国際問題に発展する前に、この問題は速やかに解決しなければならない。
「ハーデッドさま、私は魔王城へ行って、
アナタをどう迎えるかを話し合ってきます。
正式な決定が下されるまでは、
どうかここで大人しくしていて下さい」
「観光は⁉ 街は見れないのか⁉」
そんなに観光がしたいのなら……。
ここで働いてはどうかね?
乳しぼりや家畜の世話の体験ができるぞ。
箱入り娘にはぴったりじゃないか。
……と俺が言うのもあれなので、
ここは黙っておく。
マムニールが勧める分には構わないが。
「ここにいる間は、
私が退屈しないように計らいますので……。
どうかご辛抱くださいな」
「うむ……頼んだぞ、マムニール殿」
マムニールはこちらを見てウィンクする。
彼女は責任を放棄するタイプではないので、
ハーデッドを任せても問題ないだろう。
だが……ちょっと心配である。
「あっ、そうだ。ユージさん。
ミィちゃんに会っていく?」
「え? ああ……」
「彼女、アナタに会いたがっていたわよ」
「……本当ですか?」
ミィが俺に会いたがっていた。
それを聞いて、安心してしまった。
何故なら……。




