134 厄介な来訪者
マムニールの農場。
シロが巨大化した時の騒ぎに巻き込まれたものの、農場への被害は軽微で済んだ。既に建物の修復も終わっている。
マムニールは俺を客間へと連れて行った。
扉の前でベルが待機している。
「ベル、彼女の様子はどうかしら?」
「ずっと大人しくしていますね。
特に変わった様子はありません」
「そう、ご苦労様」
マムニールが労いの言葉をかけると、ベルは軽く会釈する。
「ご婦人。この部屋の中に……彼女が?」
「ええ、そうよ」
俺が尋ねると、マムニールは頷いて答える。
「本当にその女性が……あの方なのですか?」
「初めは私も疑ったのだけれど……。
証拠を見せられちゃったからね」
「証拠……ですか?」
「ええ、彼女の手の甲には、
真祖であることを示す文様が刻み込まれていた。
文献でしか目にしたことがなかったのだけれど……。
恐らく、あれは本物ね」
手の甲に刻み込まれた文様。
それがどのようなものなのか分からないが、マムニールを納得させるだけの力はあるようだ。
「いい? 中へ入るわよ」
「ええ……大丈夫です」
緊張する。
中にいるのが本物なら、俺はどう対応すればいいのだろうか。
この部屋の中にいるのは……。
きぃ。
マムニールが扉を開ける。
部屋の中へ入ると彼女の姿が目にとまった。
そこに腰かけていたのは十代の若い容姿をした少女。
真っ青な肌に、灰色の長い髪。燦然と輝く黄金色の瞳。幼い顔立ちとは対照的な大きな胸。
服装は制服のブレザーっぽい感じ。胸元の赤いリボンがやけに目を引く。
明らかに人間ではない。それは肌が青いことで分かる。
口元には立派な牙がふたつ。他のヴァンパイアよりも少し長い気がする。
「お初にお目にかかります。私の名は……」
「ユージであろう。そこのマムニールから聞いておる。
わざわざ自己紹介などしなくてもよい」
「左様で……」
「だが、余は名乗っておいた方がよいだろうな」
彼女はソファから立ち上がって俺の前まで歩いてくる。
俺は跪いてこうべを垂れた。
マムニールも同じようにしている。
「余の名はハーデッド。
イスレイの国の支配者。
ハーデッド・ヴァレントである!」
仰々しい口調で名乗る少女。
そう、彼女はイスレイの国の王。
ハーデッドその人なのだ。
「恐れ入りますが……紋章を拝見させていただいても?」
「構わぬ、見よ」
そう言って自分の右手を差し出すハーデッド。
手の甲には複雑な幾何学模様の紋章が刻み込まれていた。
恐らくこれが、真祖であることを示す証拠。
「確かに、拝見いたしました」
「これで余が本物であると信じたか?」
「はい、勿論でございます」
つっても本物を示す証拠になるかどうかなんて、俺には全く分からない。単にマムニールに調子を合わせただけだ。
「ゼノへはお一人でいらしたのですか?」
「色々と複雑な事情があってな。
しばらくここで世話になる。
諸君らには迷惑をかけるが、悪く思うな」
「ははぁ!」
俺はその場にひれ伏して、ハーデッドに従うポーズをする。
どうやら彼女はこの農場に滞在するつもりらしい。マムニールは同意しているのだろうか?
そもそも、なんでイスレイの支配者がゼノまで来たの? そのわけを聞かせてもらいたい。
「どうしてゼノへ?」
「それには色々と複雑な事情が……」
だからその事情を話せって言ってるだろ。
どいつもこいつも、話の通じない……。
「複雑な事情と言われても、分かりかねます。
詳しい話を聞いてからでないと、
アナタをここで匿うわけにはいきません。
真祖であるあなたを無断で匿えば、
イスレイとの国際問題に発展しますので……」
「ううむ……細かいことはよかろうなのだ」
よくねーよ。
真祖という存在がどれほど重要か、彼女は理解していない。
そもそもヴァンパイアとはどういう存在なのか。
ヴァンパイアは転身者である。
彼らは元々人間で、自らの肉体を転身させて吸血鬼となった。
しかしながら彼らはリッチとは違い、自分自身の力で転身したのではない。転身するには血を受け継ぐ必要があるのだ。
ヴァンパイアの血液には特殊な力があり、体内に取り入れると肉体が変化を起こして転身する。
勿論、全ての人間に適性があるわけではない。半分くらいは肉体が耐え切れずに死んでしまうと言われている。生き残った者だけが不死者へと転身し、ヴァンパイアの一員となるのだ。
彼らは真祖を頂点とした階級社会を形成している。
最下級、中層、上流、それらを管理する支配層。そして頂点に君臨する真祖。
どの階級に血を分けてもらうかも重要で、頂点に近い者の血を受け継ぐほど、強い力を得ることができる。
ヴァンパイアにとって血を分け与える行為は大変危険な為にほとんど行われない。血と一緒に自分の力も分け与えるので、自身の弱体化を招くからだ。
と言っても、弱体化するのは一般の吸血鬼のみ。最上級の支配層は絶大な力を持つので、さほど気にならない程度で済む。
真祖に至っては好き放題分け与えても力は全く衰えないと言う。
真祖であるハーデッドがガチれば、かなりの数の吸血鬼を誕生さられる。彼女がそれをしないのは……ひとえに面倒だからだろう。
血を分け与えるには相当な時間がかかる。なんでも、何時間も相手の首筋にかみついて、ゆっくりと血液を注入する必要があるらしい。
真祖はこの世界にたった一人しか存在しない。
そんな彼女がいなくなったとあれば、イスレイは大騒ぎになっているはずだ。
「どうしても話していただけませんか?」
「まぁ……どうしてもと言うのであれば……」
「では、お聞かせください。
どうしてあなたはゼノへいらしたのですか?
お供を一人も携えずに来た理由は?」
「それは……」
もじもじするハーデッド。
まるで少女のように初々しく振舞う。
「それは余が……外の世界を見たかったから……」
「外の世界?」
「イスレイは退屈なのだ。
あそこには何もない。
死者がうろつくだけで、何も楽しいことがなく、
退屈で、退屈でたまらなかったのだ。
それで……」
「家出をしたと?」
「……そうだ」
王様が家出とか、終わってんなぁ。
イスレイの未来はお先真っ暗だ。
「あの……恐れながら、申し上げます。
王たるあなたがそのような振る舞いをしていたら、
イスレイの臣民は戸惑い混乱します。
一刻も早く国へとお戻りになり、
彼らを落ち着かせるのがあなたの務めでしょう」
「そうは言うが……しかし……。
余がいなくなったところで、誰も気にしたりせぬ。
あの国に住む住人たちは他人に関心など持たぬのだ。
どうせ余はただのお飾り。
だから……」
「家出をしてもかまわないと?」
「……そうだ」
家出の理由があまりにお粗末すぎる。
まるで思春期真っただ中の子供じゃないか。
いや、子供だったな。
そう言えば。
この人がイスレイの王になったのは最近のこと。
「余は普通の女の子になりたいのだぁ!」
ハーデッドは涙目になってそう訴えた。
彼女の身に何があったのか。
詳しく話を聞いてみた方が良いだろう。




