133 怒る住人となだめる獣人
「この度は誠に申し訳ありませんでした……」
「このばか!」
「いい加減にしろ!」
「あほっ! くずっ!」
俺は民衆に向かって頭を下げる。
容赦なく罵詈雑言を浴びせられるが、とにかく耐えるしかない。
子供たちを街へ連れ帰ったはいいが、待っていたのは歓迎の声ではなく、翼人族の暴走を止められなかった俺への叱責だった。
突然、愛すべき子供たちをさらわれたのだ。彼らの怒りも分かる。
翼人族の移住を決定したのは俺だ。だから言い訳は一切せずに、ひたすら頭を下げ続ける。これも役割の一つだと考えている。
「申し訳ありませんでした!」
「ふざけるなばーか!」
「イスレイへ帰れ!」
「消え失せろ骨野郎!」
好き放題言われているが、我慢だ。
ここはとにかく耐えるしかない。
怒り狂った民衆は俺に物を投げつける。
植木鉢が頭に当たり、頭蓋骨が欠けてしまった。
また身体を新しくしないと……。
それにしても……嫌われてるなぁ、俺。
アンデッドが獣人から好かれていないのは知っていた。
しかし、ここまで嫌われているとは思わなかった。
この国を発展させようと身を粉にして働いて来たと言うのに、それに対する仕打ちがこれなのか?
あんまりすぎるだろう。
「やっ……止めて欲しいであります!
ユージさまは悪くないであります!」
「翼人族は黙ってろ!」
「この誘拐犯!」
「小児性愛者!」
「ひっ……酷い!
どうしてそんな風に言うでありますか⁉」
トゥエは抗議するが、言われても仕方ないと思うんだけどな。
元々は君たちが原因だし。
そろそろ誰か間に入ってくれないかな。俺が謝っても民衆の怒りは収まらない。
こんな時に都合よく魔王が来てくれないかなぁ。あの人がいれば一発で解決するんだが、生憎ぶらぶらと街をうろつくような人じゃない。
いっそのこと俺がサンドバックにでもなって民衆の不満のはけ口にでもなろうかな。どうせ別の身体に乗り移ればいいだけだし、それで済むんなら安いものだ。
「そこまでにしてあげて頂戴ねぇ!
ユージさんに怒ってもしかたないわぁ!」
とここで、突然の助け舟。
マムニールが間に入ってくれたのだった。
「マムニール婦人⁉」
「みんなであなたの悪口を言っているものだから、
つい口を出したくなっちゃってね。
ここは私に任せて。
悪いようにはしないから」
そう言ってウィンクするマムニール。
獣人である彼女ならば民衆を落ち着かせられるかもしれない。
「みんなが怒る理由はもっともだけど、
ユージさんを責めても何も変わらないわ」
「うるせぇ!」
「ひっこめっ!」
「その骨野郎をかばうのか!」
民衆はマムニールの言葉に耳を傾けようとしない。
これはダメかと思ったのだが……。
ぱぁん!
マムニールは猫だましをした。
乾いた音が響き渡ると民衆は水を打ったように静かになる。
「みんな、落ち着いて。私の話を聞いて頂戴。
自分の子供がさらわれて怒りたくなるのも分かる。
けれども、それをぶつける相手が違うわ。
ユージさんが子供を誘拐したわけじゃない。
そうでしょう?」
「でも……そいつが翼人族どもを……」
「確かにそうかもしれない。
けど、今回の事件は彼が仕組んだことではないわ。
その証拠にきちんと解決したじゃない。
何が不満だっていうの?」
「それは……」
マムニールが語り掛けると民衆は次第に落ち着いていった。
何か特別なことを言っているわけではないのだが、彼女の言葉には不思議な力があった。母が子供をあやすような優しい響き。聞いていると心が落ち着く。
怒り狂っていた民衆はすっかり穏やかになり、少しずつ解散し始めた。
一人欠け、二人欠け、三人四人といなくなり、残っているのはわずかな人ばかりとなる。
その残った数人に対しても、マムニールは根気強く説得を続ける。
やがて不平不満を漏らす者はいなくなり、全ての人が納得して帰って行った。
「助かりましたよ……ご婦人。
アナタが来てくれなかったら、どうなっていたか」
俺が頭を下げるとマムニールはクスクスと笑う。
「いいのよぉ、ユージさん。
いつもお世話になっているのだから、
これくらい大したことないわ。
その子がこの前言っていた翼人族?」
「ええ、そうです」
「一応、挨拶をしておこうかしら。
私の名前はマムニールよ。
よろしくお願いね」
「よっ、よろしくであります……」
マムニールが差し出した右手を、恐る恐る握り返すトゥエ。
「私はトゥエです。
翼人族の長である、トゥナの娘。
ユージさまの配下の一人です」
「と言うことは、次期族長さんかしら?」
「ええっと……まだそう決まったわけでは……」
困ったようにほほをかくトゥエ。
翼人族の長は力の強さで決まる。候補者同士が戦い、勝った者が族長となるのだ。
その為、トゥエが族長になるには、同じ部族のライバルと戦わなければならない。
翼人族は成長すればするほど肉体はたくましく育つ。トゥエも大人になれば、トゥナのような体形になるのだろう。
それはまだ先の話になるが……。
「小さな男の子が好きなのも分かるけど、
無理やりさらっちゃうのはダメよ。
そう言うのはきちんと段階を踏まないと」
「はい……分かったであります」
「もしかわいい男の子が欲しいのなら奴隷を買うと良いわ。
奴隷市へ行けば、年ごろの男の子が沢山。選び放題よ」
「なるほど」
マムニールのアドバイスを真面目に聞くトゥエ。
本当にそれでいいのかと疑問に思うが、奴隷を買って好き放題するのは普通な事なので、俺は何も言わないことにする。
ショタっ子だろうが、ロリっ子だろうが、奴隷であれば何をしても問題ない。この国の倫理観はそんなもんである。
未成年に手を出すことは前世の世界では割と重罪だったのだが……。ディスレインドでは異世界の倫理観など通用しない。
俺が何か言ったところで、誰も耳を傾けないだろう。
「そう言えば、ご婦人はどうしてここに?」
「イミテさんの所へお邪魔していたの。
工房設置のことで色々と相談に乗ってもらっててね」
「左様ですか」
以前に工房立ち上げの話を持ち掛けたのだが、イミテを紹介したらとんとん拍子に話が進んだ。
イミテが協力してくれるか微妙だったが、ノリノリで手伝ってくれることになった。弟子を持つのが夢だったらしい。
意外である。
マムニールはシャミを修行に行かせている。
イミテの修業はぬるいので、一度始まったらいつ終わるかは分からない。
結構、時間がかかるかもな。
「それはそうと、ユージさん。
例の話は聞いたかしら?」
「例の話……ですか?」
例の天使の勇者のことだろうか?
「その様子だとまだみたいね。実は……」
「え? それは……」
マムニールは驚くべき情報を教えてくれた。
「本当なんですか⁉」
「ええ、本当よ」
マムニールはコクリと頷く。
それが本当であればとんでもないことだ。
国際問題になりかねない。
「ご婦人はどこでその情報を?」
「情報を仕入れるも何も……。
私の家に来ているのよね」
「……え?」
「彼女をどうすればいいのか困っているのよ。
良かったら力を貸してくれないかしら」
マムニールはそう言って俺の手を握る。
またまた面倒なことに巻き込まれそうな予感。




