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129 天使の少年

 その少年は生まれながらに羽が生えていた。


 どうして自分の背中に羽が生えていて、他の子供達にはないのか疑問に思う。しかし、母親から授かったものだと父から聞くと、なんとなく納得はできた。


 その羽は彼を特別な存在と証明するのに十分なほど異質。街の人たちは物珍しそうに彼の羽を眺め、時にはからかい、時には羨ましがった。


 少年には性別がない。


 男でも、女でもなく、両方の性質を兼ね備えていた。それも母譲りだと父から聞かされる。


 初潮を迎え、精通を迎え、混沌とした思春期を迎えると、自身の身体に強い違和感を覚えるようになる。


 大人になったらこの身体はどうなってしまうのか。

 不安で、不安でたまらなかった。


 やがて、噂を聞きつけた役人が、都から様子を見に来る。少年の背中に生えた羽を見て彼らは天使だと騒ぎ立てる。


 少年の母は天使。

 父からそう聞かされていた。


 天使の血を引く彼は特別な力を持っていた。


 それは魂を浄化する力。

 アンデッドを問答無用で浄化する。


 その力を人の為に役立てるつもりは無いか。役人たちから尋ねられ、少年は悩んだ。悩んだ末に答えを出した。


 僕は勇者になる。

 そう答えた彼は協会へと連れていかれた。


 協会は勇者を認定する国際機関。多くのつわものたちを地方から集め、勇者としてふさわしい人材を探している。

 少年は自身の力を使い、勇者と認定された。


 それから、多くのアンデッドを倒し、戦いを続ける中で実力を身につけ、一人前の勇者として認められるようになった。

 協会では勇者をランク付けしており、少年はその上位に食い込むようになる。


 上位ランクに認定されると多額の報酬が支払われ、特権も与えられる。周囲からの信頼も厚くなり、パーティーを結成する時は優秀な人材が集まりやすくなる。


 彼はいつも一人で行動していた。上位ランクに認定されてからも、それは変わらなかった。


 やがて、常に一人で行動する彼は孤高の存在として知られるようになる。いろいろな人から協力を求められたものの、全ての誘いを断った。


 アンデッドを倒すのは一人でも十分。

 助けを必要としないのだ。


 大型のモンスターや、盗賊団など、アンデッド以外の相手と戦う依頼は全てパス。


 地下で邪神を崇拝する教団を率いていたリッチ。

 地方の村を襲って回っていたデュラハン。

 古城をねぐらに猛威を振るっていたヴァンパイア。

 数々の強敵を単独で撃破して各地を回り実績を重ねる。


 そして……。


「ふわぁぁぁ……」


 少年は大きく欠伸をする。


 白い大きなベッドの上で一糸まとわず生まれた姿のまま、背伸びをして羽を広げる。


 ベッドの上に落ちた羽を少しずつ集め、テーブルの上に置く。これは朝目覚めた時のルーティーンである。


「ごくごくごく。ふぅ……」


 机の上の水差しからコップにぬるい水を注ぎ、一気に飲み干す。それから再びベッドの上に寝転んで天井とにらめっこ。

 今日は特にすることもないので、のんびりと羽を伸ばすことにする。


 ……暇だ。


 人間の領域内で悪さをするアンデッドはあらかた狩りつくしてしまった。残っているのは不死者の国であるイスレイくらい。

 単独でアンデッドの本拠地に殴り込みをかけるほど、少年は無鉄砲ではなかった。

 一人で出来ることは限られている。


 そろそろアンデッド以外と戦う練習をすべきか。

 いつまでもゴロゴロするわけにはいかない。何かしら行動を起こすべきなのだろうが……。


 新しいことを始めるにはエネルギーがいる。

 一人でやれることは限られているので、できることから始めよう。


 本当なら誰かと一緒に魔族の領域へ行き、魔王討伐に挑戦すべきなのだろう。しかし、それを実行に移すには相当な労苦を強いられる。


 魔族の領域へ行けばアンデッド以外とも戦闘になる。

 そうなったら非常に面倒だ。非情に面倒なのである。


「セレンさま、入ってもよろしいでしょうか?」


 使用人がノックをして尋ねる。

 セレンは近くにあった下着を履いて入室を許可した。


「セレンさま、お客様がいらしていますが、

 いかがいたしますか?」


 入って来たのは高齢の女性。

 メイド服を着た彼女は落ち着いた様子で来客を告げる。


「お客様? って、誰?」

「マティスと名乗っていますが……」

「ええっ? 誰だったっけ?

 どんな人だった?」

「金髪で、黄色と青で彩られた鎧を身に着け、

 初対面の相手に失礼な態度をとるような、

 いかにもチンピラと言った様子の輩でした」

「ああ……アイツか」


 セレンはマティスの顔を思い出した。

 会合で一度見たことがある。勇者とは思えない、噛ませ犬のような男だった。


「どうしますか? 追い返しますか?」

「いや、いいよ。通して」

「このお部屋にですか?」

「うん、構わないよ」

「かしこまりました……では」


 女性は一礼して部屋を出ていく。


 このままの姿でマティスに会うわけにもいかないので、クローゼットから洋服を一着取り出す。

 白いワンピースがあったのでそれを着ることにした。


 セレンが椅子に座って待っていると勢いよく扉が開かれる。


「よぉ、クソガキ。久しぶりだな」


 マティスは得意げな顔をして言った。


「あのさ……見た目で判断しないで欲しいな。

 君なんかよりもずっと僕の方が年上なんだよ?」

「んなこまけぇことは良いんだよ。

 テメェの見た目がクソガキな事には変わりねーだろ」

「はぁ……本当に面倒くさい人だね。

 それで僕になんの用?」


 セレンが尋ねるとマティスは許可なくテーブルの向かいに座る。


「実は……戦争が起きるんだ」

「へぇ、戦争」

「近いうちにゼノがアルタニルに侵攻する。

 俺たちはそれをなんとか阻止したい」

「どうやって?」

「それはまだ考え中だ」

「あっ、そう」


 考え中と聞いて一気にしらけるセレン。

 この男は考えをまとめることもなく話を持ってきたらしい。

 行き当たりばったりだ。


「幸い、マリアンヌの奴がゼノの幹部を何人か殺した。

 だから連中はしばらくの間、軍を動かせない。

 まだ少しは猶予ゆうよがあるんだ」

「その猶予期間のうちに、ゼノへ行って、

 連中を叩けばいいんだね?」

「そう言うことだぁ!」


 はじけるような笑顔で言うマティスを見て、

 セレンはため息をついて肩をすくめた。


「悪いけど、僕の出番じゃないね。

 獣人の相手なら君たちでやってよ。

 僕はイスレイのハーデッドが動くまでは……」

「それがよぉ、いるんだよぉ。

 アンデッドがぁ、ゼノにぃ」


 アンデッドがゼノに?

 どういうことだろうか。


「どうしてゼノにアンデッドが?」

「知らないのか?

 ゼノの幹部にスケルトンがいるんだよ。

 こいつがかなり優秀な奴で、

 ゼノはすんげー勢いで発展してる。

 もしかしたら……」

「アルタニルとゼノが戦争になったら、

 ゼノが勝つかもしれない……ってこと?」

「そう言うことだぁ!」


 ゼノが戦争に勝つ。

 もしそんなことになれば、微妙なバランスで保たれている世界の均衡が瞬く間に崩れてしまう。


「じゃぁ……僕がそのスケルトンを始末すれば……」

「もしかしたら、戦争が防げるかもしれねぇ」

「他にやることは?」

「幹部のスケルトンを消してくれるだけでいい。

 他の面倒なことは全部俺に任せろ」

「ふぅん……」


 マティスは信用できない。

 この男はどうせ口だけだ。


 しかし……。


 アンデッドと聞いて食指が動いた。

 最近は仕事を全くしていなかったので、退屈していたところだ。


「いいよ、協力してあげる。

 でも……条件があるんだ」

「条件? いいぜ、なんでも言えよ」

「じゃぁ……」


 セレンは言う。


「僕のお嫁さん探しを手伝って欲しいんだ」

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