126 魔王レオンハルトの一日7
「つまり……変な夢を見てしまったせいで、
クロコドさまを偽物と勘違いしたと」
「貴様が全て悪いのだぞ、ユージ」
玉座に腰かけたレオンハルトは不機嫌そうに言う。
「納得いきませんが……申し訳ございませんでした」
「ふむ、まぁ……良かろう。
それで貴様はなんの用でここへ来た?」
「この書類にサインを……」
そう言って一枚の命令書を差し出すユージ。
ここに来てもまた書類。
「はぁ……いったいなんの命令書だ」
「お待ちください魔王様!」
書類を受け取ろうとすると、クロコドが待ったをかけた。
「こやつはわしを出し抜いて、
都合のいいように政策を進めようとしています。
そちらではなく、こちらの書類にサインを!」
そう言ってクロコドも書類を差し出す。
面倒になったレオンハルトは両方の書類を受け取り、どちらにもサインすることにした。
さっさとサインすれば、この厄介な来訪者たちは納得して部屋を出て行く。俺は早く朝食を食べたいんだ。
レオンハルトはペンを手に取り、さっそくサインを……。
『最初から命令書の内容にきちんと目を通していたら、こんなことにはならなかったはずです』
誰かの声が聞こえる。
確か夢の中でそんなことを言われたような……。
テキトーにサインをしてしまったら後で困る。そんな不安が不意に頭をもたげた。
「…………」
今一度、渡された書類の内容を確認する。
クロコドの書類はゲンクリーフンの外壁の補修に関する内容。ユージが用意したのは街道の整備に関する内容。
どちらも国の運営に欠かせない政策である。
しかし……。
「これ、両方とも実行に移すとなると、
予算が足りなくなるのではないか?」
「そうです! さすがは魔王様! その通りです!」
クロコドが大声を上げる。
「この骨は街道の整備になど金を使わせて、
我が国の防備をおろそかにしています。
こやつの言う通りにしていたら国が崩壊します!
強力な外壁があればどんな敵でも鎧袖一触!
直ちにわしの用意した書類にサインを!」
「ふぅむ……」
クロコドの言い分は一理ある。
ユージはどう反論するのか。
「ユージ、貴様から何か言うことはないか?」
「では……発言させていただきます。
確かにクロコドさまのおっしゃる通り、
外壁の補修は急務かもしれません。
しかし、それよりも先に街道の整備を行い、
各地との連絡経路を確保すべきです。
経済的にもプラスに働きますし何かと便利かと」
「ううむ……」
どちらの言い分も正しいような気がしてきた。
しかし……。
二枚の書類を見比べるレオンハルト。
どちらのかの政策を実行に移せば、もう片方にまで予算が回せなくなる。果たしてどうするべきなのか……。
『作者の気持もよく考えるですの。文章をよく読んで、書いた人が何を思っているのか。文脈から推測して答えを導き出すですの。』
また声が聞こえて来た。
これも夢の中で言われたことのような気がする。
作者の気持ち?
レオンハルトはそれぞれの命令書と、それを持ってきた二人の顔を見比べる。
内容から察するに、クロコドはこの国の防衛力を強化しようと思っているのだろう。万が一人間の軍勢が押し寄せたとしても国土を守り切れるよう、何か方法はないかと考えた末に、外壁の強化を思いついたのだ。
方やユージはどうだろうか?
彼は以前から内政に力を入れている。経済面での強化はこの国に多大な利益をもたらすだろう。しかし、防備を疎かにしてはいくら繁栄したとしても意味がない。
どちらかと言えば、優先順位が高いのはクロコドの提案の方。街道の整備は後でゆっくりと……。
いや、待て。
「ユージ、貴様は国土の防衛に関して、
どのように考えているのか」
「私は有事の際にはまず戦力の集中を行うべきかと思います。
それにかかる手間や時間を減らせれば、
どんな敵でもたやすく殲滅できるかと……」
「ふむ……なるほど」
考えがまとまった。
「では、ユージの提案する街道の整備を優先しよう。
外壁の補修はその後だ」
「魔王様⁉ どうしてですか!」
抗議するクロコドに、レオンハルトは落ち着いた口調で告げる。
「いいか、クロコドよ。
貴様もこの国の防衛力を強化しようと、
このような提案をしたのだろう。
しかし、いくら立派な外壁があったところで、
戦うための人員が集まらなければ意味がない。
街道の整備が整えば、
地方から軍団を呼び寄せるのも難しくないだろう」
「しっ……しかし……」
「納得いかないか。ふむ、ではこうしよう」
レオンハルトはゆっくりと玉座から立ち上がる。
「幹部たちが所有する地方の領地へとつながる街道。
これらを優先的に整備するのだ。
そうすれば軍団が移動しやすくなるし、
幹部の連中も首都との行き来がしやすくなるはずだ。
敵が何処からせめて来ても対応しやすくなる」
「「…………」」
「防衛力の強化には戦力の集中が一番だ。
何処の誰が攻めてこようと、
我々の手にかかれば鎧袖一触。
たちまち粉砕されるだろう」
「あの……それさっきわしが……」
「私の言葉も……」
二人は何か言いたそうにしていたが無視する。
「ということで、命令書を作り直せ。
どの街道の整備を行うか二人でよく相談せよ。
その上で改めて書類を持ってこい」
「「……はっ」」
レオンハルトは書類を突き返す。
納得したのか、二人は書類を受け取り部屋から出て行った。
「ふわぁ……疲れたんもぅ」
玉座に腰かけた背伸びをするレオンハルト。
久しぶりに仕事らしい仕事をした気がする。
しかし……あの妙な夢はなんだったのか?
まるでこうなることを見越していたかのような内容。
あれは……本当にただの夢だったのか?




