125 魔王レオンハルトの一日6
「クロコドか……どうした?」
「実は……早急にサインして欲しい書類が……」
「……ぐっ」
サインと聞いて途端に気分が悪くなる。
「あの……どうかされましたか?」
「いや、なんだ……その……。
食事中に書類を持ってくるのは……」
「申し訳ありません。ですが時間が……」
焦っているのか、クロコドは落ち着かない。
しきりに魔王の間の入り口を気にしている。
「何かあったのか?」
「理由は後で話します。
とにかくこの書類にサインを……」
そう言って命令書とペンを差し出すクロコド。
ますます気分が悪くなる。
「……よこせ」
書類を受け取ったレオンハルトは、隅々までその文言を確認する。それは外壁の補修に関する命令書だった。
「さぁ、サインを」
「少し待て」
「え? どちらに?」
窓の方へ歩いて行き、光にかざして“すかし”がないか確認する。
「あのぅ……魔王様、何を?」
「ふむ、すかしは入っていないようだな。
クロコド、火は持っているか?」
「え? 火⁉ それを燃やす気ですか⁉」
「違う、あぶり字が隠されていないか確認するのだ」
「重要な書類にそんな悪戯するはずないでしょ!」
クロコドの突っ込みにレオンハルトは首をかしげる。
まさか……彼は何も隠していないのか?
いや、そんなはずはない。
もしかしたら……。
「クロコド……貴様。
もしかしたらこの書類のサインを、
べつの書類に移し替えるつもりではないか?」
「……は?」
「俺が書いたサインの部分だけを切り抜いて、
別の書類へ張り付けるのだ。
そうすれば……」
「んなもん無効に決まってるでしょ!
何を考えておられるのですか!」
「…………」
クロコドは必死に訴えるが、彼の疑いは晴れていない。
完全に潔白を証明するには……。
「よし、クロコド。脱げ」
「……は?」
「全裸になって潔白を証明せよ」
「あの……見ての通り。
わしはマントしか身に着けておりませんが」
クロコドはマント以外何も身に着けていない。
全裸になると言ってもそれを外すだけだ。
「しかし……命令とあらば仕方ありませんね。
おっしゃるとおりに致します」
クロコドは羽織っていたマントを外した。
「……これでよろしいですか?」
「ふぅぅむ……」
いぶかし気にクロコドを眺めるレオンハルト。
まだ何か隠し持っていそうで怖い。
「少し、身体に触るぞ」
「え? 魔王様⁉」
クロコドの身体をボディチェックするが、特に変わった様子は見受けられない。他に書類を隠し持っているようには見えないが……。
「くっ……くすぐったいです」
「貴様、本当に何も隠していないな?」
「ええ、まったく何も」
「本当だろうな?」
「本当ですとも」
クロコドがいまいち信用できないレオンハルト。
そしてある可能性を思いつく。
「まさか貴様……誰かが姿を変えた偽物では?」
「え? 何をおっしゃっているのですか⁉」
「クロコドの皮をかぶったユージの部下。
その可能性がぬぐい切れていない」
「こわっ! わしの皮を⁉
奴の部下にそんなことをする者が⁉」
あまりに突拍子もない話ではあるが、その可能性はゼロではない。憂いを取り払うには、徹底的に調べつくす必要がある。
「では貴様が本当にクロコドであるか確かめるぞ」
「どうやってですか⁉」
「どこかにつなぎ目がないか確かめる」
「つなぎ目などありません! わしは本物です!」
「ええい! うるさい!」
「うわぁっ! 何を⁉」
無理やりクロコドを押し倒すレオンハルト。
「やめて! 誰か助けて!
ご乱心! 魔王様がご乱心だ!
魔王様がわしを……わしの操をおおおお!」
「観念しろ! この偽物!」
二人はくんずほつれつの争いを繰り広げる。
そこへ……。
「あの……二人とも何を……」
ユージが書類を持って魔王の間へ入って来た。
「ユージ助けろ! 頼む!
魔王様が……わしを……わしをぉ!」
「ユージ! 貴様! 正直に答えろ!
こいつは貴様が差し向けた偽物だろう⁉」
「…………」
ユージは二人をじっと眺める。
そして……。
「お楽しみのところ失礼しました」
「「待てぇ!」」
部屋を出て行こうとした彼を、二人で必死に引き留める。




