123 魔王レオンハルトの一日4
「失礼しますですの!」
「…………」
次々と現れるユージの部下たち。
今度はヴァンパイアのエイネリだ。
「今日は魔王様に、特別授業のお願いに来ましたの!」
「特別授業?」
「わたくしの教え子たちと勝負してほしいですの!」
「…………」
勝負と聞いたら普段は心が奮い立つのだが、今日ばかりは調子が乗らない。今までの流れからすると、好ましい展開にはならないだろう。
一応、勝負の内容を確認しておくか。
「勝負とは……力比べのことか?」
「いえ、算数ですの」
「…………」
思った通りだ。
今までの展開と同じ。
レオンハルトの苦手なものを持ち込むいやがらせ。
おそらく彼女も……。
「貴様も命令書を持っているのだな?」
「はいですの!」
「確認するから見せてみろ」
「どうぞですの!」
エイネリが差し出した命令書を確認する。
そこには……。
「おい、どういうことだ?
何も書かれていないぞ?」
エイネリが差し出したのは白紙の文書。
何も書かれていない。
まさかまた“すかし”かと思って太陽にかざすが、文字は浮き上がらなかった。
「よく見て欲しいですの。
下の方に魔王様のサインがございますの」
「確かに俺の字で俺の名前が書かれているが……」
「そのちょっと上に書いてあるですの」
「ううん?」
確かに、サインの上には汚い字で何か書かれている。
『この命令書には自由になんでも書き込んでいいよ。魔王が命令したのと同じだけの効力があるよ。そのことに同意した上でサインするよ』
ああ……これは間違いなく自分の字。
「お分かりいただけましたの?」
「しかし、これにはまだ何も……」
「わたくしが命令の内容を書いたものがございますの。
サナトの機械で写しをすでに数百枚作ってあるので、
破棄しても無駄ですの。
ついでに石板と鉄板のも用意してありますの」
「……そう」
もう何もかも面倒になったレオンハルト。
今から石板や鉄板を破壊する気にはなれない。
「分かった……勝負を受けよう。
それで、俺と算数で勝負するのは誰だ?」
「今呼びますの! さぁ、入って来るですの!」
ぞろぞろと魔王の間へ入って来る獣人たち。
彼らは肩幅に足を開き、後ろで手を組み、胸を張って横一列に並ぶ。
「わたくしの教え子たちの中でも、
とびっきりできのいい子たちを選出したですの。
さぁ……魔王様。覚悟のほどはよろしいですの?」
「ああ、構わん」
魔王が同意すると、エイネリは目で合図を送る。
生徒の中の一人、ゴリラの獣人が一歩前に出た。
「3+3は?」
「6……です」
エイネリの問いに自信満々に答えるゴリラ。
彼は今世紀最大級のどや顔を浮かべている。
「次は魔王様の番ですの」
どうやら交互に問題を解いていく勝負らしい。
「ふむ……俺はもっと難しくていいぞ」
「では……11+24は?」
「「「どよどよどよ……」」」
エイネリの出した問題を聞いて生徒たちがざわめきだす。
「二桁の足し算……だと?」
「あんな難問、解けるのか?」
「もしかしたら魔王様なら……」
生徒たちは口々に不安の声を漏らす。
それも当然か……二けたの計算など彼らには未知の領域だろう。
「魔王様……お答えを」
「35……だろう。違うか?」
「…………」
「…………」
沈黙。
重苦しい空気が漂う。
獣人たちは生唾を飲み込んでエイネリの宣言を待った。
そして……。
「正解……ですの」
「「「SUGEEEEEEEEEE!」」」
獣人たちはいっせいに声を上げる。
彼らにはまだ理解できないのだ、この領域の問題は。
「では次ですの!」
「はい!」
次に指名されたのはサイの獣人。
彼は前に出るや否や……。
「にくじゅうはち!」
と叫んだ。
「すげぇ! 何のためらいもなく……」
「やべぇぞアイツ!」
「足し算や引き算でも難しいのに……。
掛け算の二の段を……!」
どうやら彼は2×9の計算をしたらしい。
面白い、そっちがその気なら……。
「くいちがく、くにじゅうはち、くさんにじゅうしち……」
「なっ……なんだ?」
「魔王様はいったい何を……」
「まっ……まさかあれは……噂に聞く九の段⁉」
「「「なんだってー⁉」」」
レオンハルトが九の段の詠唱を始めると、獣人たちは顔を真っ青にして戸惑い始めた。二の段でスゴイスゴイ言っている連中には、九の段なんてとても無理だろう。
「くごしじゅうご、くろくごじゅうし、くしち……」
「「「……ゴクリ」」」
固唾をのんで見守る獣人たち。
そして……。
「くくはちじゅういち」
「「「SUGEEEEEEE!」」」
これまた大げさに驚く獣人たち。
九の段など彼らにとっては未知の領域。
驚くのも無理はない。
「さすがですの、魔王様」
「ふむ、俺にかかればこの程度、造作もない」
「では次は……」
また何か勝負する気か?
戦う前から勝敗は見えているのだが?
すでに勝った気でいるレオンハルトの前に、エイネリは大量の紙の束をどさっと置く。
「……なんだそれは?」
「計算ドリルですの」
「は? ドリル?」
「魔王様にはこれを一週間以内に解いてもらうですの。
よろしければ内容をご確認下さいですの」
「うっ……ううむ」
レオンハルトはドリルを一冊手に取る。
内容をさらっと確認すると……。
「なっ……なんだこれ⁉
ひろしくんときよしくん?
どうして二人は池を周回する必要がある?
なぜ目的地が同じなのに、時間をずらして出発する?
いったいなんなんだこの文書は⁉
古文書か何かか⁉」
「その問題集を解いた先にたどり着くのは、
覇王が進むべき栄光の架け橋。
すべからく全ての問題を解いて、
本懐を成し遂げてくださいませですの」
エイネリが何を言っているのか理解できない。
「あっ、それと。作者の気持もよく考えるですの」
「さくしゃの……きもち?」
「文章をよく読んで、書いた人が何を思っているのか。
文脈から推測して答えを導き出すですの。
今の魔王様には足りないことですの」
「作者の気持ちなど考えて何になる?」
「そうすると……おっと、そこから先は言えませんですの。
わたくしの言葉をちゃんと覚えておいて欲しいですの。
たとえ目が覚めようと……」
「うん?」
「失礼するですの」
エイネリは部下たちを引き連れて出て行った。
彼女は何を伝えようとしていたのか?




