122 魔王レオンハルトの一日3
「失礼しまーす」
「今度は誰だ……」
ぐったりと玉座に腰かけるレオンハルトの元へ、一人の魔女がやってきた。幼い容姿のその少女は、ユージの部下のサナトである。
「魔王の間の警備システムの点検に参りました。
失礼してもよろしいでしょうか?」
「……うむ」
警備システムの点検と聞いてホッとする魔王。
さっさと済ませてさっさと帰ってくれればいい。
面倒なことなど起こらないはずだ。
「じゃぁ、早速始めますね」
「ああ、頼む……おい、ちょっと待て」
「なんでしょうか?」
「外にいるアイツらはなんだ?」
開け放れた魔王の間の扉。
その前に待機する複数のオークたち。
彼らはよく分からない機械を大量に抱えている。
「私の部下ですが」
「いや、それは分かる。
あいつらは何をしようとしている?」
「ですから警備システムの保守点検を……」
「あの何かよく分からない塊は?」
「敵を排除するための自動迎撃システムです」
「じど……げ?」
何を言っているのかさっぱり分からない。
「とにかく今から始めますので、
魔王様はそこで大人しくしていてくださいね」
「うっ……ううむ……」
言い負かされたレオンハルトは黙って見守ることにした。
サナトはオークたちに命じて、よく分からない機械を次々と搬入。魔王の間はたちまち機械の見本市のようになってしまった。
「あの……それどうするの?」
「壁や床に埋め込むんです。
侵入者がそこを通ったら自動で攻撃して、
敵を跡形もなく殲滅します」
「ええっと……殺しちゃうの?」
「ええ、分子レベルまで分解するので、
間違いなく死にますね。
いちころです」
「ぶん……し?」
何かよく分からないが、すっごく危険な気がする。
「あの……それって危なくないの?」
「ええ、大変に危険です。
でも安心してください。
絶対に……あっ! こらっ!
そのボタンは押しちゃダメでしょ!」
サナトが部下のオークを叱る。
「すみませんでした……」
「危うく魔王様が消し炭になるところだったでしょ!
気を付けてよね……もう」
「え⁉ 消し炭⁉」
「そっちの装置も慎重に扱ってね。
下手をしたら魔王様が半分に切断されちゃう」
「切断⁉ 半分⁉」
何やら恐ろしいことが行われている。
本当にこのまま放っておいて大丈夫だろうか?
「あの……サナトちゃん?」
「なんでしょうか、魔王様」
「本当にそれ全部、設置するの?」
「そのつもりですが……」
「今日はやめにして、別の日にしようよ。
それがいいよ。ね?」
「でも……命令書がここに……」
また命令書!
レオンハルトはサナトから書類をひったくる。
「ううむ……」
確かにそこには自分のサインがある。
しかし……書かれているのは、単純な内容。
単に魔王の間の警備を強化すると言うだけ。
「サナトちゃん。
この命令書はあくまで警備の強化を命じただけ。
だから、その内容まで詳しく書かれていないんだ。
何を設置するか決めたら、改めて相談して……」
「あの、最後の一文をよく読んでもらえますか?」
「最後の一文?」
レオンハルトは文書の一番下の文言に目を通す。
そこには……。
『魔王の間の警備に関する仕様を変更する際、魔王の同意なく警備主任の権限で仕様内容の変更を決定できる。この際、サインを新たに求める必要はない。』
というような内容の文書が書かれていた。
レオンハルトには何が何だか、さっぱり分からない。
「つまり、私の権限で色々いじっていいってことです」
「この俺の部屋を?」
「そうです。最強の防衛システムを構築して、
ゴースト一匹通さない最強の牢獄を作り上げて見せます」
「牢獄って言った⁉ ねぇ! いま牢獄って言った⁉」
「すみません、監獄の間違いでした」
「大して変わってないよ⁉」
このままでは魔王の間が好き勝手に改造されてしまう。
なんとかして命令書を破棄できないだろうか。
「おおっとっ! うっかり破いてしまった!」
「あっ! 何するんですか!」
命令書を手で破くレオンハルト。
しかし、問題はここからだ。
「ふっ、こんな紙切れなど問題ではない。
貴様も他のものと同じように、
別の素材で命令書の写しを用意しているのだろう。
さっさと全部出せ、この俺が破棄してやる」
「何か勘違いをされているようですね、魔王様」
サナトは冷たく笑う。
「そんな紙切れ一枚破いたところで、
私の仕事には何の支障もきたしません。
何故なら無限に生成できるからです」
「へぇ……どうやって?」
「こちらをご覧ください」
サナトはそう言って四角い箱を指さす。
「……なんだそれは?」
「文書を無限に生成するマシーンです。
先ほど、魔王様が破棄された文書は、
すでに写しを用意してあります。
その文書をこの箱に投入すると……」
「ががががが……がぴー!」
奇妙な音を立てて駆動する機械。
中からは……。
「がっちゃーん。がっちゃーん」
「この通り、無限に写しが生成されるのです」
「…………」
呆れを通して言葉を失う魔王。
この機械がある限り、決して文書の破棄はできない。
ならば……。
「おおっとぉ! 手が滑ったぁ!」
四角い箱を殴りつけて壊そうと試みる。
しかし……。
「がっちゃーん。がっちゃーん」
無情にも機械は写しを吐き出し続ける。
「無駄ですよ、魔王様。
これには私が防御魔法を何重にもかけているので、
素手でなんて絶対に壊せません」
「ぐぬぬ……」
どや顔するサナト。
ここで諦めたら本当に魔王の間が好き勝手にされてしまう。
何としてもそれだけは……。
「この俺をなめるなぁああああああ!」
焦った魔王は何発ものパンチを無限に繰り返す。
そして……。
「ぴぴぴぴぴっ……ぼごんっ!」
ついに機械は煙を上げて壊れてしまった。
勝った……勝ったのだ。
「ふふふ……さすがは魔王様です。
私の負けのようですね。
今日は大人しく引き下がらせてもらいます。
ですが……第二、第三のコピー機を用意しますので、
その時はまたよろしくお願いします」
「え? コピー機?」
「あっ……それと。
もっとよく考えて欲しいんですよね。
最初から命令書の内容にきちんと目を通していたら、
こんなことにはならなかったはずです。
これ、伏線ですからちゃんと覚えておいてくださいね」
「え? 伏線?」
彼女が何を言っているのかよく分からない。
レオンハルトにはさっぱりだ。
サナトは部下に命令して機械を外へと運び出す。
しばらくしてすっかり元通りになった魔王の間。
一応は問題が解決したのだが……妙に引っかかる。
伏線とはどういうことなのか?




