120 魔王レオンハルトの一日
朝。
「ふゎあ~~~」
大きなあくびをするレオンハルト。
ベッドからはい出した彼は普段着に着替える。
「ふむ……いい感じだな」
鏡を確認しながらたてがみをくしで整え、服にしわが寄っていないかチェックする。唇を横に開いて白い牙を露出させ、くすみやシミがないかを確認。牙は常に真っ白にしておくのが彼のポリシー。
「よーし、今日も準備完了!」
身支度を整えた彼は、さっそく玉座へと向かう。
勢いよく腰を下ろして足を組み、コキコキと首を鳴らす。
「…………」
そろそろ朝食の時間だ。
それまでここでじっとしていなければならない。
「…………」
誰も来ない。
ちょっと起きるのが早かっただろうか?
「ちわーっす。お食事でーす」
料理人のオークがサービスワゴンに料理を乗せて運んできた。いつもよりも遅い気がする。
確かこの料理人の名前はノインだったか?
「今日のメニューはなんだ?」
「ええっとですね……」
ノインは料理の説明を始める。
朝食は血の滴る生肉のスライス。きれいに洗った臓物の盛り合わせ。そして……。
「おい、それはなんだ?」
「ニンジンにございます」
「ニンジン……だと?」
レオンハルトは野菜が嫌いだ。いつも生肉ばかり食べている。野菜なんてめったに口にしない。
野菜も取らないと栄養バランスが偏ると、以前にユージから小言を言われたことがある。これは奴がメニューに口を出した結果なのか?
あの男……この俺に野菜を食べさせようなんていい度胸じゃないか。
「ニンジンは下げろ」
「あっ……それが……」
ノインは懐から一枚の書類を差し出す。
「ゼノの魔王は野菜を食べなければならない。
ご自分でご命令されたはずですが……」
「んん?」
その書類を手に取り隅から隅まで確認する。
確かに、そこには魔王が野菜を食べることをルールとした内容が明記されていた。命令を発布するために必要な直筆のサインもある。間違いなく自分の字だ。
「ユージのやつ……いつの間にこんなものを……」
「同意されてサインされたのでは?」
「奴が俺を騙して書かせたのだ。
こんなもの、無効だ! 無効!」
そう言ってレオンハルトは命令書を破り捨てる。
しかし……。
「そう来ると思いまして、予備の書類がここに」
「えっ⁉」
さっと、もう一枚書類を取り出すノイン。
先ほどと全く同じ内容だった。
「ユージめぇ……俺を馬鹿にしてぇ!
これもこうだ! びりびりびり!」
「ちなみに、他にも同様のものが数枚」
「なん……だと……? くっ……くそぅ。
ぬおおおおお! こんなものおおおお!」
ノインは書類の束を取り出すが、レオンハルトはその全てを奪い取って一度に破り捨てた。
「ハァ……ハァ……これで……」
「では次にこちらをご覧ください」
「石板っ⁉」
どこからともなく石板を取り出すノイン。
そこには先ほどと同じ文面が記載されていた。
「なっ……なぜ石板を……」
「書類を破られると分かっていたので、
丈夫なものを用意しておいたのでしょう。
さすがはユージです」
「いや……そう簡単にサインできないだろ、それ。
いくらなんでも無理があるのでは……」
「ですがこれは確かに魔王様の字です」
そう言ってノインはトントンとサインの個所を示す。
汚い筆跡でレオンハルトの名が刻み込まれている。試しに自分の爪を当ててみると、文字の太さと爪先のサイズがピッタリ一致。
これは間違いなく自分自身で刻んだ字だ。
「くっ……くっそぅ……」
言い逃れはできない。
石板は紙の書類と違って簡単には破棄できぬ。
しかし、ここで挫けたら魔王の名が廃る。
たとえ石板だろうと……。
「うらあああああああああ!」
石板を両手で持って勢いよく頭突き。
木っ端みじんに砕け散る。
「さすがは魔王様、では次は……」
「まだあるの⁉」
次々と取り出される石板。
しかし、これも全て破壊する。
「ハァ……ハァ……これで……全部か⁉」
「ええ、もう命令書は残っていません」
「ふふふ……もう一つも残っていないと申すか。
ではこれで俺の勝ちだな」
「はい、昼食にはピーマンをお持ちしますので、
そちらはしっかりとお召し上がりください」
「…………」
ピーマンと聞いて目の前が真っ暗になる。
いったいあと何枚、石板を破壊すればいいというのだ。




