117 創作活動は難しい8
「……どうだ?」
出来上がった小説をミィに読ませて感想待ち。
スゲー緊張する。
今までは何とも思わなかったのだが、今回のはかなり頑張って書き上げた自信作。気に入ってもらえるか不安で仕方ない。
彼女はどんな感想を述べるのだろうか⁉
「ええっと……言ってもいい?」
「……うん」
「今までの方が面白かったかな……」
「そうか……」
作風が変わってしまったことで、彼女の好みから外れてしまったらしい。恐れてはいたが、まさか現実になるとは……。
「……ごめんね。せっかく作ってくれたのに」
「いや、いいんだ。なんとなく察してはいた。
それよりもイラストの方はどうだ?」
「ええっと……無い方が良かったかな」
「えっ⁉」
これまた予想外の感想。
……なんで?
「そっ……その挿絵は苦労して……」
「ううん……それは分かるんだけどさ。
私のイメージとはなんか違うなって」
「そうか……」
ミィの中には確固たる主人公像が出来上がっていたのだ。それと合致しない主人公の挿絵は、イメージを阻害するものでしかなかった。
あれだけ苦労して作り上げた作品は、思わぬ形で全否定されてしまう。
「それと主人公の女の子がさぁ……私に似ててなんか嫌」
「……え?」
自分に似ていて嫌?
予想外のコメントだ。
「どうして?」
「ほら……やっぱりお話の主人公ってさぁ、
自分とは別っていうか、違うから応援できるって言うか。
でもこの物語の主人公はなんとなく私に似てて、
あんまり好きになれないんだよねぇ……」
「絵のタッチじゃなくて、デザインが嫌ってこと?」
「……違うの。絵は問題じゃないんだよ」
ミィは険しい顔をして言う。
では何が問題なのか?
「よかったら話してくれないか?
君は何を問題に感じたんだい?」
「ええっと……ユージ、正直に言うね。
私にはこの物語の主人公のが、
私をモデルにしたとしか思えない。
今までの主人公は自由で前向きだったけど、
今回のはずっと後ろ向きで悩んでばかり。
しかも人間関係で……」
「…………」
ミィの言う通りなのかもしれない。
俺は無意識のうちに物語の主人公にミィの姿を重ねて、まったく別のキャラクターを作ってしまったのだろう。
彼女に指摘されるまで気づかなかった……。
「そうか……君はそう感じたのか」
「ユージは自覚してなかったの?」
「いや、まったくそんなつもりはなかった。
しかし……言われてみれば……確かにそうかもしれない。
この主人公は間違いなく君に影響を受けている」
俺はミィから小説を受け取り、内容を再確認する。
所々でミィの仕草や言動をまねているのが分かる。
今まで対人関係になんて言及したことがないのに、新作では何度もそのことについて触れていた。
「そっか……意図的に私をモデルにしたわけじゃないんだ」
「もしそうだったら、君はどうした?」
「怒ったかも……割と本気で」
「…………」
ミィは真面目な顔をして言った。
「でも……違ったんならいいや。
ユージも悪気があってやったわけじゃないし」
「悪かったな……不愉快な思いをさせて」
「いや、不愉快って程ではないんだけどね。
私のために頑張ってくれたのに……。
こんなこと言って逆に申し訳ないと思うよ」
「あっ……」
ミィがこの作品を気に入らなかったのは、ミィのためにと思って書いたからではないか? なんとなくだが、そんな風に思った。
今までの作品は、俺が俺のためだけに書いた作品だ。誰かに見せるとか全く意識したことはない。
だったら……。
「ミィ、悪いがもう少し時間をくれないか?」
「え? また新しい作品を作ってくれるの?」
「ああ、しかし今度の主人公は勇者じゃない。
獣人になった女の子が魔王になる話だ」
「ええっ……?」
あまりに急な路線変更に、ミィは戸惑いを隠せない。
しかし……。
「ちょっと……読んでみたいかも」
彼女は俺の作品に期待している。
……ならば!
「数日間待っていてくれ、今度は本気の俺の作品を見せてやる」
俺は自信満々に言った。
「それで書いたのが……これですか」
ムゥリエンナは俺の書いた新作を読んで、呆れていた。
「ああ、そうだ。面白いだろう?」
「ええっと……正直に言わせて下さいね。最悪です」
彼女はげんなりした顔で言う。
「どこが最悪なんだ?」
「その……あまりに話が急すぎます。
人間の女の子が突然、獣人になって、
魔王の娘に間違われてそのまま魔王になって、
なんの説明もないまま覚醒して最強になって、
徹底的に敵をやっつけるなんて……。
あまりに荒唐無稽ではないですか?」
ムゥリエンナは気に入らなかったらしい。
けどまぁ……これでいいと思う。
今度の主人公は全く悩まない。人間関係は全てうまくいく。獣人からも、オークからも、他の魔族からも、みんなから愛される女の子。
理由付けや納得のいく展開など皆無。
何もかもが都合よく彼女のために動いて、ご都合展開の目白押し。つじつま合わせは完全放棄。整合性もかなぐり捨てた。
真面目な作品を好むムゥリエンナからしたら、受け入れがたいだろう。
「そうか……でも仕方ないんだ。実は……」
俺は小説の主人公のモデルがミィであることを話した。
もちろん、彼女の素性については秘密のまま。
ただの奴隷のケモミミ少女とだけ伝える。
「え? 前の作品はその女の子をモデルに?」
「ああ、無意識のうちにな……」
「そうですかぁ……」
ムゥリエンナは傍に置いてあった挿絵付きのあの作品を手に取る。
「どおりでリアリティがあると思いました。
この物語の主人公って本当にいるみたいだなって、
なんとなく思ってたんですけど……。
まさか実在の人物だったとは」
「意図的にモデルにしたわけじゃないんだ。
なんとなく書いてたら、なんとなく似てしまったというか」
「…………」
ムゥリエンナは挿絵の少女をじっと眺める。
何か思うところがあるのか、彼女は何も言わずに動かない。
そこへ……。
「おお、ユージ。こんなところで何してるんだ?」
「え? 閣下?」
突然、図書館へ姿を現した魔王。
彼はムゥリエンナの持っていた本を取り上げて……。
「「あっ……」」
固まる俺たち。
あの本の内容は勇者が魔族を倒す話!
それを読まれたら……。




