115 創作活動は難しい6
それからエイネリは一心不乱に絵を描き続け、小一時間ほどでデッサンを完成させた。はやい。
人が絵を描くのを間近で見るのは初めて。線が書き足されるごとに人の姿に近づいていく過程が新鮮だった。
「え? なにこれ……え?」
サナトは出来上がった絵を見て固まる。
エイネリの描いたその少女はあまりに……完成度が高かった。
まるで生きてその場にいるような印象を与えるその絵は、とてもサナトの描いた絵を模倣したものとは思えない。
「なにこれ……全然違うじゃない」
出来上がった二つの絵を見比べるサナト。
正直、俺は微妙な気持ちになった。
後から出て来た神絵師が、最初に描いた人の絵をマネして、それよりもずっとクオリティの高い作品を作り上げてしまった。
二つの作品を見比べたら、誰もがエイネリの方の絵が素晴らしいとほめるだろう。
だが……最初にサナトの絵を見た俺からしたら、結局は模倣に過ぎない。オリジナルの絵の方が素敵だと思う。
「ええ、違うですの。でもよく見て欲しいですの。
この作品はあなたの作品のなくして成立しなかったですの」
「…………」
二つの絵を再度、見比べるサナト。
確かに、エイネリの描いた絵はサナトのデザインを模倣している。細部に至るまで、完璧にコピーしていた。
服装はもちろん、髪型や体形、ポーズまで。何から何まで一緒。
違うのはクオリティだけ。
「確かに……私の描いた絵と同じよね。
でもやっぱり……」
「確かに、私の方がずっと上手に描けていますの。
誰の目から見てもそれは明らかですの。
ですけど……ユージさまやムゥリエンナさんは、
そう思ってはいないはずですの。
……ですよね?」
エイネリが射貫くような視線を俺へと向ける。
「ああ……そうだな」
「どうしてそう思いましたの?」
「いや……その……そうだな」
俺はサナトの描いた絵を手に取る。
「エイネリの描いた絵は確かに素晴らしい。
けど……うまく言えないが、なんとなく……。
俺はサナトの絵が好きなんだ。
確かに上手でもなく、ありふれたタッチで、
目を引くような要素はないかもしれない。
だけど……俺はサナトの描いた絵が好きだ」
「…………」
サナトは俺を見つめたまま目を潤ませる。
「私も、サナトさんの描いた絵が好きです。
とっても素直で可愛らしくて、
物語の主人公って感じがして素敵です」
「むっ……ムゥリエンナさんまで……」
「だから素直に喜んだらいいと思いますよ。
エイネリさんもきっと私たちと同じ気持ちで……」
「違うですの!」
突然、大声を上げるエイネリ。
急にどうした?
「わたくしは……わたくしは違いますの。
サナトのことなんか大っ嫌いだし、
その女が描いた絵も大っ嫌いですの。
でも……わたくしには……こんな可愛らしい絵は……。
絶対に描くことができないですの。
私には想像力がこれっぽっちもないですの」
エイネリは寂しそうに言う。
「だから……私が絵を描くには……。
必ずモデルが必要ですの。
この絵はわたくしにとって、
唯一無二の可能性を示してくれたですの。
この絵はサナトの作品あっての作品ですの」
普段、犬猿の仲の二人が相容れることはない。
なれ合いなんて絶対にしないし、立ち話するところすら見たことがない。廊下ですれ違えば互いに顔を背け合う。そんな関係だ。
そんな二人が一つの作品を通して、わずかながらも心を通わせようとしている。俺にとっては衝撃だった。
果たして、エイネリの言葉にサナトはなんと答えるのか?




